第29話 王都は記録を嫌う
王都の中央議事堂。高い天井と冷たい大理石の壁に囲まれたその厳粛な場で、爆発事故の責任を問う公開査問がついに開かれた。
無数の貴族や商会関係者たちが議席を埋め尽くし、冷ややかな視線を議場の中央へと注いでいる。
彼らの視線の先には、ヴォルクハルト工房の代表として立つリナリアと、雛壇の上から見下ろすように立つグロウ商会長のバルテスがいた。
「今回の痛ましい事故は、辺境の無知な工房が、王都の規格を無視して粗悪な安物を作った結果起きたものです」
バルテスが、議長に向けて堂々とした声で演説を始めた。
「魔導具の製造には、王都が定めた厳密な管理体制が不可欠です。それを怠り、ずさんな管理の下で製造された危険な炉が、罪のない民の家を吹き飛ばした。これは明白な管理不備が招いた、必然の惨劇と言えましょう」
バルテスの主張に、議場のあちこちから同調する頷きが漏れる。
王都中心主義の彼らにとって、辺境の町工房が高度な魔導具を安全に管理できるなどとは、到底信じられないことなのだ。
だが、リナリアは怯むことなく、まっすぐに前を見据えて証言台へと進み出た。
「私たちの工房の管理不備ではありません。あの爆発した炉は、何者かが私たちの印を騙って作った悪質な偽造品です」
リナリアの合図で、ミラが重い台車を押して議場の中央へと進み出た。
台車の上に載せられているのは、膨大な書類の山と、真っ黒に焦げた炉の残骸だった。
幸い、リナリアが何より先に救護を優先し、ヴォルクハルト家の治療師を即座に派遣したことで、偽造炉事故に巻き込まれた一家は一命を取り留めていた。
リナリアはまず、爆発した炉の残骸を指し示した。
「この炉の内部構造を確認した結果、魔力の圧力を逃がすための安全部品『逃がし爪』が意図的に省かれていることが判明しました。限界を超えた圧力を逃がせなかったこと。これが爆発の直接の原因です」
議場がわずかにざわめく中、リナリアはさらに金属成分の分析結果をまとめた書類を提出した。
「さらに、この残骸の金属成分を分析した結果、辺境の廃鉱山で採れる鉄ではなく、王都の南区にある大規模鋳造所の合金と完全に一致しました。そして何より……」
リナリアは、台車に積まれた分厚い帳簿の束をドンと机に置いた。
それは、幾度もの爆発と試行錯誤を記した『失敗帳の初版』と、『常火一号の試験記録』だった。
「私たちの工房では、全製品に担当職人と検査者を刻んだ『工番札』を打ち込んでいます。ですが、あの爆発した炉に打たれていた番号は、この帳簿の出荷記録に存在しません。この緻密な試験記録と部品番号の管理台帳こそが、あの炉が私たちの製品ではないという何よりの証拠です」
リナリアが提示した証拠の数々は、前世で培った品質管理の集大成だった。
だが、議場を支配したのは、感嘆ではなく冷酷な嘲笑だった。
「くだらない。辺境の煤まみれの町工房が、自分たちで書いた紙切れなど、何の証拠になるというのかね」
バルテスが鼻で笑い、周囲の貴族たちも一斉に嘲笑の声を上げた。
「事故が起きた後で、自分たちの都合のいいように数字をでっち上げただけだろう」
「そのような泥臭い殴り書きが、神聖な王国の査問で正式な証拠として通用するはずがない」
いくら緻密な記録であっても、それが公的な権威を持たない辺境の工房のものである以上、彼らは最初から「証拠」として扱う気などなかった。
自分たちの常識こそが正義であり、下請けの言い分など紙屑以下だという、圧倒的な権力の壁。
前世で幾度も味わった、どうしようもない理不尽さがリナリアに重くのしかかる。
だが、嘲笑が議場を完全に支配しようとした、その時だった。
「その泥臭い記録の正式性を、王国調達監査局が保証します」
冷徹で、よく通る声が議場に響き渡った。
監査官の軍服を隙なく着こなしたエルネストが、靴音を響かせて証言台の横へと歩み出る。
「グランヴェル監査官……! 君は中立の立場のはずだぞ!」
バルテスが顔をしかめるが、エルネストの灰色の瞳は微塵も揺らがなかった。
「ええ。中立な記録者として、事実のみを提示しています」
エルネストは懐から、王国監査局の厳重な封印が施された書類の束を取り出した。
「これは以前、私がヴォルクハルト工房を正式に監査した際に、自ら書き写し、本部に提出した彼らの記録の写しです」
彼はそれを、議長へと真っ直ぐに提出した。
「彼らの失敗帳、工番札の管理制度、そして試験記録は、事故が起きるずっと前から、この王国監査局の写しと寸分違わぬ精度で運用されていました。事後のでっち上げなど、物理的に不可能です」
議場が、水を打ったように静まり返った。
エルネストは、バルテスと貴族たちを冷ややかに見据えた。
「この記録は、辺境の職人たちが現場で流した血と汗の結晶であり、王国のいかなる公文書にも劣らない正式な証拠です」
王都の権威そのものである監査局が、辺境の町工房の記録を公式な証拠として認めた。
『辺境工房の記録など証拠にならない』という王都側の傲慢な主張は、エルネストの提出した写しによって、完全に崩れ去ったのだ。
リナリアは、エルネストの力強い援護に背中を押され、毅然と顔を上げた。
だが、形勢が逆転したかに見えたその時、バルテスの顔から不敵な笑みは消えていなかった。
彼はわざとらしく手を叩き、議長の注目を集める。
「素晴らしい。なるほど、君たちがそれほど厳密に記録を取っていたという事実は認めよう。あの偽造品が、君たちの工房で作られたものではないということもね」
バルテスの不気味なほどの余裕に、リナリアは嫌な予感を覚えた。
彼は懐から、王国魔導特許局の華美な証明書を取り出し、議場に見せつけるように高く掲げた。
「ですが、議長。根本的な問題が一つ残っています。彼女たちの言う、その『常火』という優れた魔導炉ですが……」
バルテスが切り札を出す。
「その炉の構造は、すでに我が商会が魔導特許局へ出願し、受理されたものです」




