第28話 謝罪は部品にならない
偽造炉の部品が王都のグロウ商会系列の鋳造所で作られ、彼らの物流倉庫を経由していたという動かぬ記録が揃った。
だが、それらの事実を監査局の公的な調書にまとめようとしていたまさにその時、予想外の来訪者が廃工房の扉を叩いた。
「リナリア……! 頼む、私を助けてくれ!」
転がり込むようにして入ってきたのは、元婚約者のセドリック・ラウゼンだった。
かつて夜会でリナリアを「泥臭い」と嘲笑った侯爵令息の傲慢な姿は見る影もない。雪と泥にまみれた外套を羽織り、髪を振り乱した彼は、ひどく怯えた様子で周囲を窺っていた。
「突然どうしたのですか、ラウゼン卿。ここはあなたが嫌悪する煤と泥の工房ですよ」
リナリアが冷ややかに応じると、セドリックは顔を歪め、縋り付くような声を出した。
「すまなかった! 私が愚かだった。あの夜会のことも、これまでの非礼も、すべて謝罪する。だからどうか、私を匿ってくれないか! バルテスの連中が、私にすべての責任を押し付けようとしているんだ!」
セドリックの取り乱した言葉を聞いて、リナリアとエルネストは素早く視線を交わした。
王都魔導商会連合の実力者であるバルテス・グロウが、彼を利用して何かを企んでいたことは明白だった。
「謝罪なら結構です」
リナリアは一歩前に出て、冷徹に言い放った。
「あなたのその薄っぺらな謝罪は、負傷者の治療費にも、壊れた家の部品にもなりません。私が聞きたいのは、あなたが保身のために繰り返す言い訳ではなく、事実だけです」
「事実……」
「ええ。あなたは、爆発事故を起こしたあの偽造炉の製造と流通に、どう関わったのですか」
リナリアの妥協を許さない眼差しに射竦められ、セドリックはがっくりと肩を落とし、ついに重い口を開いた。
「……私は、ただ設計図を渡しただけだ。彼らが『辺境の野蛮な技術を正しく王都で管理してやる』と言うから、以前君の工房に修理してもらったポンプの、あの《常火》ユニットの外装と構造を模写して、バルテスに提供した。まさか、あんな安全部品を省いた粗悪品を作って売り捌くなんて、私は本当に知らなかったんだ!」
セドリックの言葉に、職人たちが一斉に怒りの声を上げそうになるのを、リナリアは手で制した。
「つまり、あなたは私たちの技術を盗み、グロウ商会へ横流ししたのですね」
「違う、私自身は利益など一銭も受け取っていない! レティシアとの婚約を盾に脅されて、仕方なく……」
情けない言い訳を繰り返す元婚約者を見下ろし、リナリアは深い溜息をついた。
私怨で彼をこの場で罵倒するのは簡単だ。だが、今はそんな個人的な感情に流されている場合ではない。最優先すべきは、これ以上の被害を防ぎ、事故の真の責任者を法と記録の場に引きずり出すことだ。
「分かりました。あなたのその証言、王国の公的な場でそのまま話してもらいます」
「なっ……公的な場だと!? そんなことをすれば、私はラウゼン家の継承権を失う! どうか、君の権限でこの件は内便に……」
「内密になどしません。ですが」
リナリアは、背後に控えていたエルネストを振り返った。
「あなたが正式に証言台に立ち、グロウ商会の関与を認めるのであれば、王国調達監査局の保護下に入れます。バルテスによる口封じや、不当な責任の押し付けからは、公的な制度があなたを守るでしょう」
エルネストが、手元のバインダーをパチンと鳴らして一歩前に出た。
「王国調達監査官として保証します。あなたがすべてを証言するなら、身の安全は王国軍が確保する。どうしますか。このまま逃げ続けてバルテスの身代わりとして破滅するか、公的保護の下で罪を軽減するか」
エルネストの冷徹な選択肢を突きつけられ、セドリックはついに観念したように崩れ落ちた。
「……証言する。知っていることは、すべて話す」
小勝ちだった。
セドリックの自白と、彼が提供した詳細な図面のやり取りの記録。そして、エルネストとミラが徹夜で洗い出した物流倉庫の輸送記録。
これらが一つに繋がったことで、王都側が主張する「逃げた小商会が勝手にやった単独犯」という言い逃れは、もはや完全に不可能となったのだ。
「これで、敵の嘘はすべて崩せる」
リナリアは、ミラがまとめた証拠の束をしっかりと抱え込んだ。
印の違い。
存在しない工番札。
金属の成分。
輸送記録。
そして、元婚約者の証言。
すべての記録と証拠が、辺境の小さな工房の潔白と、王都の巨大商会の底知れぬ悪意を明確に指し示している。
もはや、新聞の紙面上での非難合戦など意味を成さない。
数日後。
エルネストの尽力と、動かぬ証拠の提出により、王国は事態の重大さを重く見た。
王都魔導商会連合、そしてヴォルクハルト工房の双方を喚問し、事故の真の責任を問うための『公開査問』が、王都の中央議事堂にて開かれることが正式に決定したのだ。




