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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第26話 印は似ている、でも手が違う

厳重に封をされた大きな木箱から現れたのは、無惨にひしゃげ、真っ黒に焦げた鉄の残骸だった。


 強烈な焦げ臭さが廃工房の冷たい空気に混ざり、周囲を取り囲む職人たちの顔をこわばらせる。


 これが、他領で罪のない一家の家屋を吹き飛ばし、重傷を負わせた爆発事故の元凶だった。



 リナリアは息を詰め、その歪んだ金属の表面をじっと見つめていた。


 王都新聞が報じた通り、残骸の外装には「煤けた炉と小さな火」の意匠がはっきりと刻み込まれていた。


 その印がある以上、世間の誰もがこれをヴォルクハルト工房の製品だと信じて疑わないだろう。



「……なんて悪辣なことを」



 リナリアは強く唇を噛み締めた。


 王都の商会連合は、名称の登録を奪えなかった腹いせに、今度は偽物を流通させて工房の信用を根本から破壊しようとしたのだ。



 だが、無言で印面を睨みつけていた工房長のガスパルが、短く鼻を鳴らした。



「親方。こいつは偽物だ。俺たちの作った《常火》じゃねえ」



 ガスパルの言葉に、工房の張り詰めた空気がわずかに動いた。



「偽物……? でも、はっきりと工房印が刻まれています」



「印の形は似せてある。だが、打った人間の『手』が違うんだよ」



 ガスパルは作業台からヤスリを手に取り、焦げた表面を軽く削って印の輪郭を浮き立たせた。


 そして、自らの右腕に装着した《常火補助具》を軽く叩く。



「王国に登録した本物の工房印は、俺が自分の手で彫って、自分の手で一つひとつ打ち込んでいる。だから、右腕の古傷の癖で、火の輪郭の左下部分がほんのわずかに深く沈み込むんだ」



 ガスパルは、工房にある本物の《常火》の印と、残骸の印を並べて見せた。



「だが、この爆発した炉の印は、機械的で均等すぎる。どこかの器用な彫金師が、俺たちの印の形だけを見て表面をなぞって作った偽の型だ。俺の不器用な手の癖までは、盗みきれちゃいねえ」



 職人たちから、感嘆の息が漏れた。


 長年の勘と、傷を抱えた生身の手仕事が、偽造者の浅知恵を見事に暴き出したのだ。



「それに、ここを見てください!」



 記録係のミラが、分厚い試験帳簿を抱え直して前に進み出た。


 彼女の指先が、炉の側面に歪んで打ち付けられている真鍮の金属札を指し示している。


 それは、工房の誇りとして全製品に取り付けることを義務付けた『工番札』だった。



「この札には、製造番号として『四百十二番』と打たれています。ですが、私の管理している帳簿に、この番号で出荷された記録は存在しません」



 ミラは帳簿の該当ページを開き、リナリアとエルネストに堂々と提示した。



「四百十二番の番号は、現在まだ製造途中の部品に割り当てられている欠番です。王都の連中は、適当な数字を打って本物らしく見せかけようとしたのでしょうけれど、私たちの厳密な工番札の記録制度までは把握していなかったんです」



 ミラの言葉に、ガスパルやエッダたちが大きく頷いた。


 誰が作り、誰が検査したかを明らかにするために始めた制度が、今、彼ら自身の身の潔白を証明する無敵の盾となったのだ。



「これで、印も番号も偽造されたものであることが証明されました。ですが……」



 リナリアは、ひしゃげた炉の残骸の内部へと視線を移した。



「なぜ、この炉は爆発したのでしょうか。いくら偽物とはいえ、《常火》の基本的な構造を模倣しているのなら、そう簡単に爆発するとは思えません」



 リナリアは煤で手を汚すことも厭わず、残骸の隙間に指を差し込んだ。


 焦げた金属片をかき分け、魔力制御の要となるべき部分を指先で探り当てる。


 そして、彼女の顔色が一瞬にして険しいものに変わった。



「……ないわ」



「何がないんですか、お嬢様」



「逃がし爪よ」



 リナリアの声は、冷たい怒りに震えていた。



「魔力の波が限界を超えた時に、圧力を強制的に抜くための安全部品。その『逃がし爪』が、この炉には最初から組み込まれていないのよ」



 職人たちの間に、戦慄が走った。


 逃がし爪は、外からは見えない内部の部品だ。しかし、これを正確に機能させるためには、高度な細工技術と繊細な調整が必要になる。



「外見だけを似せて、コストと手間のかかる見えない安全部品を丸ごと省いたのね。王都の規格に合わない辺境の濁り石を、安全装置もないまま燃やし続ければ……いずれ圧力が暴走して爆発するのは当然だわ」



 リナリアの脳裏に、新聞に描かれていたひしゃげた家屋と、重傷を負った家族の姿が蘇る。



 王都の商会は、自分たちの利益を守り、辺境の工房を陥れるためだけに、意図的に欠陥品を売り捌いたのだ。


 その結果として、罪のない家族が生活を奪われ、冷たい冬空の下で生死の境を彷徨っている。



 前世で、品質を軽視する大企業の傲慢さに泣き寝入りするしかなかった痛みが、今世の経営者としての凄絶な怒りに火をつけた。



「絶対に許さない」



 リナリアは、真っ黒に焦げた偽の炉を睨み据えた。



「職人の名前を騙り、劣悪な偽造品で人々の命を危険に晒した。これは、ものづくりに対する最大の冒涜です。彼らの罪を、絶対に暴き出します」



 壁際で一部始終を記録していたエルネストが、静かにバインダーを閉じた。



「これで、王都新聞が書き立てていた『ヴォルクハルト工房の管理不備』という主張は、完全に崩れましたね」



 エルネストの冷徹な声が、工房の空気を引き締める。



「印の微細な差異、存在しない工番札、そして安全部品の意図的な欠落。この三つの事実は、王国調達監査官の権限をもって、偽造の公式な証拠として保全します」



 小勝ちだった。


 王都の巨大な利権が押し付けてきた不当な罪を、現場の記録と技術的裏付けによって、見事に論破し弾き返したのだ。



「ありがとうございます。ですが、証拠が揃っただけでは足りません。この偽造品を実際に作り、売り捌いた実行犯を突き止めなければ」



 リナリアが顔を上げた時、工房の重い扉が開き、調査に走っていた領主の部下が息を切らして駆け込んできた。



「お嬢様! グランヴェル監査官! 事故のあった他領で、この偽造炉を売り歩いていた小商会の店舗を特定しました!」



「本当ですか! すぐにそこへ向かいましょう」



 リナリアが身を乗り出した瞬間、部下は苦々しい顔で首を横に振った。



「遅かったです。私たちが店舗に踏み込んだ時、その商会はすでに店を完全に畳み、もぬけの殻でした。誰も、彼らがどこへ逃げたのかを知りません」



 王都の闇は、思いのほか素早く、そして狡猾に証拠隠滅を図っていた。

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