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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第25話 常火炉が人を傷つけた日

王都から届いた新聞の一面には、悪意に満ちた巨大な見出しが黒々と踊っていた。


『辺境製安物炉の危険性露呈! 常火炉が爆発事故を起こし、民間人に多数の負傷者』


 その文字を見た瞬間、リナリアの頭の中が真っ白に染まり、足元の床が崩れ落ちるような錯覚に襲われた。



 記事によれば、ヴォルクハルト領に隣接する他領の町で、昨夜《常火》を名乗る暖房炉が突然爆発したという。


 就寝中だった一家は家屋の半壊に巻き込まれ、両親と幼い子供が重い火傷を負って生死の境を彷徨っていると書かれていた。


 紙面には『王都の規格を無視した素人のガラクタが引き起こした惨劇』『安物買いの命失い』という、王都商会連合の意を汲んだであろう辛辣な言葉が並べ立てられている。



 ものづくりに携わる者にとって、最も恐ろしい事態だった。


 前世の町工場時代、リナリアが何よりも恐れていたのは、自社の納品した部品が欠陥を起こし、誰かの命を奪うことだった。その重圧から逃げないために、血を吐くような思いで品質管理を徹底してきたのだ。


 それが今世で、自分の名前を冠した製品が人を傷つけたという。


 リナリアの持つ新聞を持つ手が、ガタガタと激しく震え始めた。



「親方! こんなの嘘っぱちだ!」



 廃工房に血相を変えて駆け込んできたのは、ガスパルだった。彼の後ろには、ミラやエッダたち職人も青ざめた顔で続いている。



「俺たちの《常火》が、寝てる間に爆発するなんてありえねえ! お前も知ってるだろ、親方!」


「はいっ。逃がし爪がある限り、圧力が限界を超える前に必ず魔力は遮断されます。ミラの計算でも、実証試験でも、絶対に爆発しない構造になっているんです!」



 ミラが目に涙を浮かべながら、必死に自分の帳簿を抱きしめて叫んだ。


 職人たちの切実な声が、凍りついていたリナリアの意識を現実に引き戻した。


 そうだ。彼女たちは、絶対に人が傷つかないように、幾度も試作と爆発を繰り返して規格を作り上げたのだ。自分たちの技術を信じなくてどうする。



 リナリアは震える手を強く握り締め、深く息を吸い込んで、経営者としての冷徹な顔を取り戻した。



「分かっています。私たちの《常火》が爆発したとは、私も思っていません。けれど……」



 リナリアは新聞の、ひしゃげた家屋の挿絵を指差した。



「現実に、どこかの誰かが作った炉が爆発し、罪のない人たちが重傷を負って凍えている。彼らが《常火》の名前を信じて買ってしまったのだとしたら、私たちが最初にすべきことは、自己保身の言い訳ではありません」



 リナリアは、背後に立っていた父アランを力強く見つめた。



「お父様! 領の予算から、大至急、見舞金を用意してください。そして、一番早く現地に到着できる優秀な治療師を手配して、ただちに他領の町へ派遣します」


「わ、分かった。すぐに手配しよう」


「エッダ、ガスパル。工房にある中で、一番安全性が確認されている暖房炉を一機、馬車に積んでください。家が吹き飛んだのなら、怪我をした彼らは今、この真冬の空の下で凍えているはずです」



 職人たちは一瞬驚いた顔をした後、リナリアの誇り高い決断に深く頷き、すぐさま指示通りに動き出した。


 自分たちが非難されている逆風の真っ只中で、反論よりも先に被害者の救済を最優先する。それは、ただ利益を貪るだけの王都の商人には絶対に真似できない、現場を知る者としての真の品格だった。



 手配を終えたリナリアは、作業台に向かい、王都の新聞社と商会連合へ向けた抗議の声明文を書き始めようとした。



「私たちの製品ではないと、明確に発信しなければ……」



 ペンを握る手に力がこもる。だが、その手首を、革手袋に包まれた大きな手が静かに、しかし強く掴んで止めた。



「感情的な声明を出すのは、今は逆効果です」



 振り返ると、いつの間にか工房に足を踏み入れていた王国調達監査官、エルネストが立っていた。


 彼はリナリアの手からそっとペンを抜き取ると、冷静な灰色の瞳で彼女を見据えた。



「王都の商会は、あなたが焦って抗議し、ボロを出すのを手ぐすね引いて待っています。事実確認の前に『うちの製品ではない』と切り捨てれば、彼らはそれを『無責任な辺境工房の責任逃れ』としてさらに大きく書き立てるでしょう」



「ですが、このまま沈黙していれば、《常火》は危険な兵器として王国中から排除されてしまいます!」



「沈黙しろとは言っていません。戦うための、正しい順序があると言っているのです」



 エルネストは、リナリアが手配した救護の荷馬車が工房を出発していくのを窓越しに見やった。



「反論より先に、医師と仮設暖房炉、見舞金を送ったあなたの判断は、経営者として見事なものでした。これで、いかなる結果になろうとも、ヴォルクハルト工房の人道的な責任が問われることはなくなります」



 エルネストは再びリナリアに向き直った。



「次に私たちがすべきは、言葉による反論ではありません。現場の事実の確認です。私はすでに、王国調達監査官の権限を用いて、他領の領主に通達を出しました。事故原因の究明と『証拠保全』を名目に、爆発した炉の残骸をただちにこの工房へ移送させるよう手配しています」



 リナリアはハッと息を呑んだ。


 エルネストは、リナリアが動揺している間に、すでに先回りして公的な盾を用意してくれていたのだ。



「ありがとうございます、グランヴェル監査官」



「私は事実を記録するだけです。それが私たちの《常火》でないのなら、あなた自身の手で、それを証明してください」



 翌日の午後。


 重苦しい空気を纏った馬車が廃工房に到着し、厳重に封をされた大きな木箱が運び込まれた。


 工房の職人たちが固唾を飲んで見守る中、ガスパルがバールで木箱の蓋を力強くこじ開ける。



 中に入っていたのは、爆発の熱と衝撃でひどくひしゃげ、真っ黒に焦げた鉄の塊だった。


 強烈な焦げ臭さが鼻を突く。これが、罪のない人々の生活を破壊した元凶だ。



「……なんてこった」



 ガスパルが震える声で漏らし、リナリアは息を詰めてその残骸を覗き込んだ。



 無惨に歪んだ外装の端。


 そこには、本物には到底及ばない粗悪な彫りではあったが、ヴォルクハルト工房の『煤けた炉と小さな火』にひどく似せた印が、はっきりと刻み込まれていた。

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