第23話 採用試験の日
王国北方救援装備の採用試験の幕が、ついに切って落とされた。
王都魔導商会連合によって不当に平坦路へと変更されたコースと、圧倒的な性能を誇る敵の新型機。
極めて不利な条件を突きつけられた中で、辺境の泥臭い輸送橇は走り出さなければならなかった。
北方司令部の演習場に、二つの機体が並び立つ。
一つは、グロウ商会が誇る純白の新型雪上魔導車《白鷲》。
もう一つは、ヴォルクハルト工房が作り上げた、鉄と革の無骨な真っ黒い塊、《雪燕》だ。
「両機、前へ!」
試験官の合図と共に、《白鷲》が甲高い駆動音を響かせた。
機体の下部に仕込まれた高純度魔石が青白い光を放ち、反重力のルーンが巨体を雪面からわずかに浮かせる。
そのまま後部の大型魔導駆動輪が圧雪された平坦なコースを蹴り出し、《白鷲》は瞬く間に猛烈な速度で前方の雪原へと飛び出していった。
観覧席の暖かな天幕から、貴族たちのどよめきと割れんばかりの拍手が沸き起こる。
広告塔であるレティシアは満足げに微笑み、セドリックは隣で勝ち誇ったように胸を反らしていた。
一方の《雪燕》は、重苦しい音を立ててゆっくりと滑り出した。
ガガッ、ガガガッ。
二基直列で配置された《常火》が、辺境の濁り石を燃やして動力を生み出し、鉄の滑走板が雪を押し潰しながら進んでいく。
その速度は、《白鷲》に比べればあまりにも遅く、這うような鈍重さだった。
「なんだあの遅さは。歩いた方が早いのではないか?」
「農具に毛が生えたようなガラクタめ。王都の試験を舐めているのか」
貴族たちから、あからさまな嘲笑の言葉が投げかけられる。
だが、天幕の端に立つ王国調達監査官エルネストだけは、冷徹な灰色の瞳でストップウォッチを見つめ、一切の嘲笑に加わることなく手元の記録帳にペンを走らせていた。
嘲笑を背に受けながら、《雪燕》の操縦席では、片脚の配達少年ノアがしっかりと操縦桿を握りしめていた。
その後方で、リナリアが二基の炉の圧力計を睨み、記録係のミラが必死に揺れに耐えながら数値を書き留めている。
「ノア、焦らないで。速度は時速十五エルのまま、絶対に一定を保って」
「了解です、親方! あんな速そうな車、どうせすぐにバテますよ!」
ノアの言葉通り、試験のコースは中盤から大きくその姿を変えようとしていた。
朝から空を覆っていた鉛色の雲が、ついに本格的な吹雪を降らせ始めたのだ。
吹き荒れる風が、王都の人間が整えた圧雪路の上に、あっという間に深い新雪の層を築き上げていく。
北方の冬が、その真の牙を剥いた瞬間だった。
先行していた《白鷲》の操縦士は、深くなる雪に焦りを感じていた。
車体を浮かせるための反重力機構は、降り積もる雪の抵抗を受けて著しく魔力効率を落としている。
無理に速度を保とうと魔力を最大出力で流し込んだ結果、極低温の環境下で酷使された高純度魔石が、限界の悲鳴を上げた。
純度の高い魔力は、少しでも流れが淀むと繊細な制御弁に詰まりを引き起こす。
王都式の過剰な安全装置が、その魔力の詰まりを異常事態として検知した。
バチンッ!
鈍い破裂音と共に、《白鷲》の青白い光が完全に消失した。
雪を蹴っていた車輪が動きを止め、機体が深雪の中にズブズブと沈み込む。
王都の技術の結晶は、ただの冷たい鉄の棺桶と化し、雪原の真ん中で完全に停止した。
それからしばらくして。
猛烈な吹雪の中から、重々しい駆動音を響かせて黒い影が近づいてきた。
《雪燕》だ。
深い新雪も、吹き荒れる暴風も、この無骨な橇には関係なかった。
ガスパルが滑走板に刻み込んだ深い溝が、確実に雪を噛んで進路を安定させる。
どんなに冷え込もうと、《常火》の心臓部に組み込まれた戻し輪が、濁り石の不安定な波を安全に循環させ続ける。
速くはない。だが、その足取りは決して止まることがなかった。
エッダが縫い上げた分厚い防寒覆いの中で、リナリアは窓の外を見た。
そこには、雪に埋もれて動けなくなった《白鷲》の無惨な姿があった。
操縦士が外に出て、凍えながら必死に魔石を交換しようとしているが、専用の部品と温暖な環境がなければ、王都の高級品は現場では直せない。
どんなに美しくても。どんなに高出力でも。
雪山の極限環境で動き続けられないのなら、それは輸送機としての要件を満たしていない。
「現場で動かない魔導具に、価値はありません」
リナリアは静かに呟き、停止した王都の象徴を横目に、ただ真っ直ぐに前を見据えた。
《雪燕》は、そのまま一定の速度で《白鷲》を抜き去り、吹雪の向こうへと進み続けた。
その頃、スタート地点である北方司令部の天幕では、異変が起きていた。
望遠鏡でコースの先を監視していた将校たちが、慌ただしく声を上げ始めたのだ。
「《白鷲》の魔力反応が消失! コース中盤の深雪地帯で完全に停止しています!」
その報告に、貴族たちは水を打ったように静まり返り、バルテスは持っていたワイングラスを床に取り落とした。
「馬鹿な……! 王都の最新鋭機だぞ!」
セドリックが顔を青ざめさせて叫ぶ。
その横で、エルネストだけが淡々と記録帳にペンを走らせていた。
『グロウ商会製・白鷲。環境要因による魔力詰まりで完全停止。ヴォルクハルト工房製・雪燕。現在も継続稼働中』。
敵の高級品の致命的な欠陥が、監査官の公的な記録として刻まれた瞬間だった。
だが、採用試験の勝敗によるざわめきを切り裂くように、天幕の入り口が乱暴に開け放たれた。
全身を雪まみれにした地元の猟師が、転がり込むようにして飛び込んできたのだ。
「助けてくれ! 試験場近くの村で、急病人が出たんだ!」
猟師は凍りついた息を吐きながら、将校たちにすがりついた。
「子供が高熱を出して痙攣している! 司令部にある特効薬を今すぐ届けてくれ! ……だが、猛吹雪で馬も出せず、道は完全に塞がっちまってる!」




