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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第22話 下請けにしてやろう

王国北方救援装備の採用試験を翌日に控えた、凍てつく真冬の夕刻。


 王都と辺境の中間に位置する北方司令部の演習場は、明日の大舞台に向けて異様な熱気と緊張感に包まれていた。



 リナリアは一人、敷地内の最も良い区画に設営された、ひと際大きな豪奢な天幕へと呼び出されていた。


 それは、試験の審査員たちすらも気を遣う、王都魔導商会連合の専用控え室だった。



 厚い毛皮の入り口をくぐると、外の荒れ狂う地吹雪が嘘のように、生暖かい空気が全身を包み込んだ。


 最高級の高純度魔石を惜しげもなく消費する王都製の大型暖房具が、広い天幕の隅々まで過剰なほどの熱を行き渡らせている。



 豪奢な絨毯の敷かれた奥のソファに、ゆったりと腰を下ろしている男がいた。


 王都魔導商会連合の実力者であり、グロウ商会長を務めるバルテス・グロウだ。



「よく来てくれたね、ヴォルクハルトの令嬢」



 バルテスは手に持ったワイングラスを傾けながら、鷹揚な笑みを浮かべて向かいの席を勧めた。


 彼の瞳には、辺境の小娘などいつでもひねり潰せるという、絶対的な権力者としての優越感が張り付いている。



「明日の試験を前に、君に素晴らしい提案があってね」



 バルテスは卓の上に、一枚の分厚い羊皮紙を滑らせた。


 そこには、王都魔導商会連合の威圧的な紋章が赤々と押されている。



「君の工房が作った、あの真っ黒な《雪燕》とやら。見栄えはひどく農具のようだが、泥臭い辺境の悪路を這い回るだけの執念は評価してやろう。そこで、私の温情だ。特別に、君たちのヴォルクハルト工房を、我が王都商会連合の『下請け』にしてやろう」



 下請け。


 その言葉がバルテスの口から滑り出た瞬間、リナリアの胸の奥で、前世の忌まわしい記憶が冷たく粟立った。



「我が商会の傘下に入れば、魔石の供給も再開してやるし、資金繰りの心配もなくなる。君の父親が抱えている膨大な借金も、私が肩代わりしてやってもいい。没落寸前の辺境伯家にとっては、これ以上ない救済だろう?」



 バルテスは余裕たっぷりに笑いながら、契約書の条件を指先で叩いた。



 リナリアは表情を一切変えず、卓上の羊皮紙に記された条項に静かに目を通した。


 そこに並んでいたのは、辺境への救済などでは断じてない。明白な搾取と、技術の完全な略奪の証明書だった。



 一つ。小型魔導炉《常火》に関するすべての技術と設計図の無条件譲渡。


 二つ。先日、王国に登録したばかりの『工房印』の権利を完全に放棄すること。


 三つ。今後生産されるすべての製品から、製造責任者を示す『工番札』の制度を削除し、すべて『グロウ商会製』の刻印のみを打って納品すること。



「……これが、あなたの言う提案ですか」



 リナリアは、感情を押し殺した低い声で呟いた。



「そうだ。辺境の無名な工房の名前など、世間は求めていない。王都の誇るグロウ商会の美しいブランドが刻まれてこそ、商品は初めて価値を持つのだ。平民の職人どもの汚い名前など、製品の洗練さを損なう不純物でしかない」



 バルテスの言葉は、前世でリナリアを限界まで追い詰めた、大企業の役員たちの言葉と寸分違わず重なっていた。



『おたくの町工場の名前なんて、消費者は気にしてないんだよ』


『うちの大きなロゴをつければ黙っていても売れる。下請けは余計なプライドを持たず、言われた通りの安い部品を作っていればいいんだ』



 その理不尽な要求を飲み続けた結果、職人たちはどうなったか。


 自分たちの魂を削った技術が、誰の役に立っているのかも分からなくなり、顔の見えない消費者のためにただノルマをこなす機械に成り下がった。


 誇りを失った工場は、活気を失い、やがて死んでいった。



 目の前の男は、あのガスパルが古傷の痛みに耐えて叩き出した部品を、ミラが徹夜で弾き出した緻密な計算の結晶を、エッダが祈るように縫い上げた優しい革の温もりを、すべて無価値なものとして奪い取ろうとしている。



「どうしたね? あまりの好条件に、感謝の言葉も出ないか」



 勝ち誇ったように笑うバルテスに対し、リナリアは静かに、しかし明確な拒絶の意思を込めて、その羊皮紙をバルテスの方へと押し返した。



「お断りいたします」



 バルテスの顔から、余裕の笑みがピタリと消え失せた。



「……なんだと?」



「私たちは、あなたの商会の見栄を飾るための部品を作るのではありません。辺境の厳しい冬から、人々の命を救うための道具を作っているのです」



 リナリアは凛とした声で、真っ直ぐにバルテスの目を見据えた。


 その青灰色の瞳には、かつて社員を守れずに過労死した経営者の、二度と同じ過ちは繰り返さないという凄絶な覚悟が宿っていた。



「あの《常火》は、ガスパルたち職人の血と汗の結晶です。誰が作り、誰が安全に責任を持つのか。その誇りの証である『工番札』を手放してしまえば、工房はただの鉄の塊を量産するだけの死んだ場所になります」



「くだらん! 平民の職人など、代わりはいくらでもいるだろう。たかが手駒のくだらない誇りのために、ヴォルクハルト家を救うせっかくの機会をふいにするというのか!」



 バルテスが激昂し、ワイングラスを卓に叩きつける。


 だが、リナリアの意志は微塵も揺るがなかった。



「彼らは手駒ではありません。私の大切な職人であり、共に過酷な現場を乗り越えてきた仲間です。彼らの技術を奪い、尊厳を踏みにじるような契約は、いかなる条件を積まれても結べません」



 リナリアは静かに席を立ち、バルテスを見下ろすようにして毅然と言い放った。



「職人の名前を消す契約には、署名しません」



 天幕の中の空気が、極寒の吹雪よりも冷たく凍りついた。


 過剰な暖房の熱など意味を成さないほどの、濃密な敵意と殺意がバルテスの全身から放たれる。



 彼は苛立たしげに羊皮紙を握り潰すと、先ほどまでの温情めいた大商人の仮面を完全に脱ぎ捨てた。


 その顔に浮かんだのは、自分に逆らう辺境の小さな虫を、跡形もなく踏み潰してやろうという冷酷な権力者の素顔だった。



「……後悔するぞ、辺境の世間知らずな小娘が」



 バルテスは低く、地を這うような声で嗤った。



「王都の商会連合に逆らって、この王国で生き残れると思うな。君たちの泥臭いガラクタがどれだけ雪の上で足掻こうと、王都の圧倒的な美しさと資本の前では無力だと、明日の試験で思い知らせてやろう」



「それは、明日の現場の道が証明することです。私たちの《雪燕》は、止まりません」



「では、試験で潰しましょう」



 バルテスの明確な宣戦布告を背に受けながら、リナリアは一礼し、踵を返して天幕を後にした。



 外に出ると、猛烈な地吹雪が容赦なくリナリアの身体を打ち据えた。


 だが、不思議と寒さは感じなかった。むしろ、胸の奥で燃え盛る怒りと、絶対に負けられないという使命感が、彼女の身体を芯から熱くさせていた。



 この過酷な吹雪の中でこそ、自分たちの《雪燕》は真価を発揮する。


 王都の飾られた美しさではなく、泥臭くても決して止まらない辺境の意地を見せつける。


 前世で守れなかった技術と仲間の誇りを、今度こそ守り抜くために。



 リナリアが顔を上げると、分厚い雪雲の向こうから、かすかな朝の光が差し込み始めていた。


 工房の未来と辺境の命運を懸けた、王国採用試験の当日が、ついに幕を開けようとしていた。

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