第20話 王都製は美しい
王国北方救援装備の採用試験を十日後に控え、王都と辺境の中間に位置する北方司令部の演習場では、事前のお披露目会を兼ねた視察が行われていた。
北方司令部には、王都中央議事堂と軍用転送陣で結ばれた中継室がある。
もっとも、転送できるのは人員と小荷物に限られ、大型魔導具や機体は送れない。
そのため、《雪燕》のような装備は、従来通り陸路で運び込む必要があった。
そこには、王都から足を運んだ多数の貴族や商会関係者、そして王国軍の将校たちが集まっている。
リナリアたちヴォルクハルト工房の面々も、横転事故からの改良を終えた《雪燕》と共にこの場に到着していた。
だが、演習場に集まったすべての人々の視線は、王都魔導商会連合――とりわけグロウ商会が持ち込んだ新型雪上魔導車《白鷲》に釘付けになっていた。
「おお……なんと優美な姿だ」
「まるで雪原を舞う本物の鳥のようではないか」
貴族たちの感嘆のため息が漏れる。
《白鷲》は、その名の通り純白の流線型装甲に包まれ、各所にあしらわれた金細工が冬の薄日を反射して眩く輝いていた。
最高級の高純度魔石を贅沢に何個も使用し、そこから生み出される莫大な魔力で機体そのものをわずかに雪面から浮かせている。そして、後部に備えられた大型の魔導駆動輪が、整えられた平坦な圧雪路を力強く蹴り出し、驚異的な速度で雪原を滑走していた。
騒音は一切なく、ただ風を切る音と、青白い魔力の光が尾を引くだけだ。
王都の技術の粋を集めたそれは、王都の整った環境下においては、間違いなく最高性能を誇る芸術品だった。
デモンストレーション走行を終えた《白鷲》が、観覧席の前に滑らかに停車する。
流れるような動作で扉が開き、中から一人の令嬢が降り立った。
最新の流行を取り入れた豪奢な防寒ドレスに身を包んだ、レティシア・グロウだ。
「皆様、これがグロウ商会が王国に捧げる新時代の翼、《白鷲》にございます」
レティシアが優雅にお辞儀をすると、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
暖かく快適な車内で過ごしていた彼女のドレスには、雪の一片も、煤の汚れもついていない。完璧な美しさを保ったまま、新型機の広告塔としてこれ以上ないほどの役割を果たしていた。
その傍らには、自慢げに胸を張るセドリック・ラウゼンの姿もあった。
「素晴らしい! これほどの速度と快適性があれば、北方の冬など恐るるに足りない」
「やはり、王都の技術こそが至高だな」
称賛の声が響く中、セドリックの視線が、観覧席の隅に控えていたリナリアたちに向けられた。
彼はレティシアを伴って、わざとらしく芝居がかった足取りで近づいてくる。
「やあ、リナリア。君たちも参加枠にしがみついて、わざわざ見学に来たのかい?」
セドリックは、リナリアの後ろに置かれた無骨な鉄と革の塊――《雪燕》を見て、あからさまな嘲笑を浮かべた。
横転事故の教訓を活かし、重心を下げるために積載位置を極限まで低くし、滑走板に雪を噛むための深い溝を刻み込んだその姿は、お世辞にも美しいとは言えない。煤に汚れ、実用性のみを追求した真っ黒な箱だ。
「なんだ、それは? 農具の延長か? それとも、鉄くずの寄せ集めかな」
セドリックの言葉に、レティシアも扇で口元を隠してくすくすと笑う。
「ふふっ。相変わらず、泥と煤の匂いが抜けませんのね。そのような無骨な箱で、私たちの美しい《白鷲》と同じ土俵に上がろうなどと……王国の試験を侮辱しているとしか思えませんわ」
後ろに控えていたガスパルが怒りで一歩踏み出そうとしたが、リナリアはすっと手を出してそれを制した。
悔しかった。
前世の町工場時代、大企業が誇る最新鋭の巨大な工場設備を見学させられた時の、あの惨めな記憶が蘇る。彼らの洗練された環境と、自分たちの油まみれの小さな工場。
見た目では、絶対に勝てない。資金力でも、ブランド力でも。
今の《雪燕》が、《白鷲》の華やかさに遠く及ばないのは明白な事実だった。
「私たちは、美しさを競いに来たわけではありません」
リナリアはぐっと両手を握り締め、震えそうになる声を必死に抑え込んだ。
「雪道で、確実に荷を届けるための道具を作りに来たのです」
「負け惜しみを。まあいい、試験本番で君たちのそのガラクタが雪に埋もれて動けなくなるのを、特等席で見物させてもらうとしよう」
セドリックは鼻で笑い、レティシアと共に貴族たちの輪の中へと戻っていった。
残された職人たちの顔には、悔しさと屈辱が色濃く浮かんでいる。
「……親方。すまねえ。俺の腕じゃ、あんな綺麗な装飾は叩き出せねえ」
ガスパルが絞り出すように言うと、リナリアはきっぱりと首を横に振った。
「謝らないでください。私たちの《雪燕》は、これでいいんです」
リナリアは《雪燕》の冷たい鉄の装甲を撫でた。
王都製は確かに美しい。平坦な道での性能は圧倒的だ。
しかし、あの車輪で雪を蹴る構造では、雪の深さが車輪の半分を超えた途端に前に進めなくなる。反重力で機体を浮かせている高純度魔石も、極低温の環境下では魔力効率が著しく落ちるはずだ。
現場を知る者から見れば、《白鷲》は「整えられた環境でしか動けない温室育ちの鳥」に過ぎない。
だが、それを今言葉で説明しても、ただの嫉妬としか受け取られないだろう。
この悔しさは飲み込むしかない。そして、試験本番の過酷な雪道で、性能という絶対的な事実をもって証明するしかないのだ。
「その通りです。魔導具の真価は、装飾の美しさではありません」
リナリアの背後から、静かな声がした。
監査官の軍服を身に纏ったエルネストが、手元の記録用バインダーから視線を上げずに歩み寄ってくる。
「グランヴェル監査官。あなたも、《白鷲》の走行を見ていたのですね」
「ええ。確かに素晴らしい出力です。王都の平坦な道であれば、最速の輸送手段になるでしょう」
エルネストは淡々と事実を述べる。彼もまた、王都製を頭ごなしに否定したりはしない。優れた部分は正当に評価する。それが彼の公平さだ。
「ですが」と、エルネストは灰色の瞳を細めた。
「彼らの機体の構造と、提出された事前性能表。そして、監査局から配られた試験コースの図面。これらを照らし合わせた時、非常に不可解な点に気づきました」
「不可解な点、ですか?」
リナリアが尋ねると、エルネストは周囲に人がいないことを確認し、声を落とした。
「採用試験のコースは本来、北方の険しい山間部や深い新雪地帯を含む、過酷な複合ルートが予定されていました。しかし、先ほど配布された最終のコース図では……」
エルネストがバインダーを開き、リナリアたちにその図面を見せる。
「コースの大部分が、わざわざ圧雪された平坦なルートへと変更されています。深い雪を想定した難所が、不自然なほど削られている」
リナリアは息を呑んだ。
それは、車輪で走る《白鷲》にとって圧倒的に有利であり、悪路での粘り強さを身上とする《雪燕》の長所を完全に潰すための、あからさまなコース設定だった。
王都商会連合は、ただ美しい魔導具を作っただけではない。
自分たちの製品が確実に勝利できるよう、試験の前提条件そのものを裏から書き換えようと動いているのだ。




