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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第2話 廃工房に残っていた火

王都からの長い馬車の旅を終え、ヴォルクハルト辺境伯領へ戻ったリナリアを待っていたのは、深刻な領地の危機だった。


「王都製の魔導ポンプが止まってしまったんだ。このままでは、クレイン村の畑が三日で枯れてしまう」


 領主の館の執務室で、父である辺境伯アランは深く溜息をつき、頭を抱えていた。


 窓の外では、晩秋の冷たい風が吹き荒れ、どんよりとした灰色の雲が空を覆っている。


 雪に閉ざされる長く厳しい冬が、もうそこまで迫っていた。


「王都魔導商会に修理を依頼したのですね?」


「ああ。だが、商会が寄越した見積書を見て呆然としたよ。不要な交換部品が山のように計上され、莫大な出張費まで上乗せされている」


 人の良いアランは、これまで王都の商会に言われるがまま借金を重ねてきた。


 あの夜会で婚約破棄の違約金と引き換えに、工房の担保管理権を外す書面を勝ち取ってきた娘の報告に安堵の涙を流したのも束の間、現実は容赦なく辺境の領地を締め上げている。


「払えなければ修理はしないと、商会の代理人は鼻で笑っていた。あのポンプがなければ、クレイン村の冬越しの作物は全滅だ」


 アランの言葉に、リナリアは静かに頷いた。


 現場の足元を見た、あからさまな不当請求だ。前世の町工場時代、大企業の購買担当から幾度となく突きつけられた理不尽と全く同じ構造だった。


「お父様。見積書の支払いは少し待ってください。私に、工房を見せていただけますか」


「工房を? だが、あそこはもう……」


 父の言葉を最後まで聞かず、リナリアは執務室を後にした。


 長旅の汚れを落とすことも、令嬢らしいドレスに着替えることもせず、領主の館の裏手にある鍛冶工房へと真っ直ぐに足を向ける。


 重い木製の扉を押し開けると、冷え切った空気が頬を打った。


 火の落ちた炉。


 静まり返った室内。


 焦げた油と、鉄の錆びかけた匂いが、リナリアの鼻腔をくすぐる。


 薄暗い工房の奥で、数人の職人たちが無言で荷物をまとめていた。


 王都の商会から「時代遅れ」と切り捨てられ、仕事を取り上げられた彼らは、もはや辺境の工房に未練はないというように背中を丸めている。


 その中心に、白髪交じりの老工房長、ガスパルがいた。


「何用でさぁ」


 ガスパルは、入り口に立つリナリアを一瞥すると、ぶっきらぼうに言い放った。


 彼の右腕には痛々しい古傷があり、かつてのように細かな作業ができなくなっていることは領内でも知られていた。


「ここは、令嬢様の遊び場じゃねえ」


 泥と煤にまみれた場所だ。美しいドレスを着た貴族の娘が来るような場所ではないと、ガスパルの目は語っている。


 他の職人たちも、冷ややかな視線をリナリアに向けていた。


 だが、リナリアは怯まなかった。


 彼女の目は、職人たちの敵意ある態度ではなく、工房の『現場』そのものを舐めるように観察していた。


「遊びに来たわけではありません。ただ、少しもったいないと思いまして」


「もったいないだと? 王都の連中にガラクタ扱いされて、仕事もねえ廃工房の何がもったいないってんだ」


 ガスパルが鼻を鳴らす。


 リナリアはゆっくりと工房の中を歩き、作業台の上を指差した。


「ガラクタ扱いされた工房にしては、工具の置き方が美しすぎます」


 ハンマーは頭の重さごとに整然と並べられ、柄の部分は職人の手に馴染むよう、丁寧に削り込まれている。


 金床の表面には油が薄く引かれ、微かな錆一つ浮いていない。


「それに、あの炉の煤」


 リナリアは、火の落ちた魔導炉の内壁を見上げた。


「黒くべたつくような煤がありません。乾いた灰色の煤が、均等に付着しているだけ。これは、炉の温度を完璧に管理し、魔力を無駄なく燃やし尽くしていた証拠です」


 ガスパルの目が、わずかに見開かれた。


 他の職人たちの手も止まる。


「辞めると決めた職人が、今日使う予定もない工具をここまで磨き上げますか? あなたたちは、まだ一つも諦めていない」


 前世の記憶が、リナリアに確信を与えていた。


 本当に死んだ工場は、工具が泣いている。油の匂いが腐り、鉄が死んだ色をしている。


 だが、この工房の鉄は生きている。職人の魂は、まだここに残っている。


「……口の減らねえお嬢様だ。だがな、いくら道具を磨いたところで、俺たちの手じゃ王都の美しい魔導具は作れねえんだよ」


 ガスパルは自嘲気味に笑い、部屋の隅に転がっている木箱を顎でしゃくった。


 そこには、辺境の廃鉱山で採れた、濁った低品質魔石が山のように積まれている。


「王都様の機械は、透き通った高純度の魔石じゃねえと動かねえ。こんな辺境の濁り石じゃ、魔力が詰まってすぐに止まっちまう」


 ガスパルが指差した先には、工房の天井に設置された換気用の魔導扇があった。


 王都製のそれは、魔石の純度不足による魔力詰まりを起こし、とうの昔に動かなくなっている。


 そのせいで、工房の空気はひどく淀んでいた。


「王都の規格に合わせるから、止まるんです」


 リナリアは、迷うことなく換気扇の真下にある配電盤のような制御箱へ歩み寄った。


 手袋を外し、素手で金属の留め具を外す。


「なっ、令嬢様! 手が汚れるぞ!」


 職人の一人が声を上げたが、リナリアは気にせず制御箱のカバーを開けた。


 中には、複雑に絡み合った魔力伝導線と、純度の高い魔石を要求する精密な王都製の制御部品が組み込まれていた。


「王都の魔導具は、魔力の揺れを許容しないように作られています。少しでも濁った魔力が流れると、純度判定の停止機構が働いて全体を止めてしまう」


 リナリアは前世の機械修理の経験を思い起こし、魔力伝導線の流れを目で追った。


 問題は魔力そのものではない。魔力を選り好みする、過剰に繊細な制御部品だ。


「なら、その選り好みをする部品だけを迂回させればいい」


 リナリアは作業台から先細りのやっとこを手に取ると、制御箱の中の伝導線を躊躇なく引き抜いた。


 バチッと小さな火花が散る。


「おい、何をしてる! 壊す気か!」


 ガスパルが血相を変えて止めに入ろうとしたが、リナリアの迷いのない手つきに足を止めた。


 リナリアは、魔力の純度だけを判定して全停止させる繊細な部品を外し、過負荷時に魔石受けが外れる最低限の逃がし機構だけは残したまま、伝導線を駆動部へ繋ぎ直した。


 王都の魔導技師が見れば卒倒するような、荒っぽく泥臭い応急処置だった。


「これで、濁った魔力でも駆動部には届きます」


 リナリアは木箱から一つ、濁った低品質魔石を取り出した。


 それを制御箱の動力部へとはめ込む。


 ガガッ、と不格好な音が鳴った。


 王都製のような、滑らかで静かな起動音ではない。


 だが、次の瞬間。


 天井の魔導扇が、重々しい音を立てながらゆっくりと回り始めた。


 濁った魔石の不安定な出力を受けながらも、無理やり力ずくで回転を続ける。


 ブォン、と風が生まれた。


 長く淀んでいた工房の空気が、一気に外へと押し流されていく。


 冷たくも新鮮な晩秋の風が、職人たちの頬を撫でた。


「動い……た?」


 職人の一人が、信じられないというように天井を見上げた。


 ガスパルもまた、呆然と回る魔導扇と、リナリアを交互に見つめている。


 リナリアの手は、古い油と煤で真っ黒に汚れていた。


 銀灰色の髪にも埃が被っている。


 だが、その青灰色の瞳は、かつて町工場を率いていた社長の光を宿して力強く輝いていた。


「王都のやり方では、辺境の濁った魔力は扱えない。なら、私たちが辺境の魔力に合った形を作ればいいだけです」


 リナリアは、作業台の上に転がっていた、ひび割れた低品質魔石を拾い上げた。


 王都の商会なら、見向きもせずにゴミとして捨てるような石だ。


 彼女は、その割れた魔石を愛おしむように汚れだらけの手で包み込み、ガスパルたちを真っ直ぐに見据えて微笑んだ。


「これ、捨てるにはまだ早いです」

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