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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第12話 職人の善意を無料にしない

奥クレイン村の凍える小屋に《常火暖房炉》が灯ってから数日後。


 その温もりの噂は、吹き荒れる冷たい冬の風よりも早く、辺境の村々へと広がっていった。


 領主の館の裏手にある廃工房には、連日のように暖房具を求める村人たちが列を作っていた。



 王都製の美しい魔導具は高価すぎて、平民の彼らには手が出ない。


 だが、領主の令嬢が泥にまみれて作ったというあの黒い炉なら、自分たちの家にも導入できるかもしれない。そんなすがるような思いが、彼らの顔にははっきりと浮かんでいた。



「ミラ、この鉄材の仕入れ値、もう少し抑えられないかしら」



 リナリアは作業台に向かい、ミラが書き出した原価計算書と睨み合っていた。



「私の設計見直しで組み立ての工数を削れば、導入費をもう二割下げられるはずよ。そうすれば、もっと多くの家に届けられる」



「お嬢様、これ以上下げるのは……。すでにギリギリの値段です」



 記録係のミラは、困ったように眉を下げた。



「これでは、ガスパルさんやエッダさんたちの取り分が、ほとんど無くなってしまいます」



 背後で鉄を打つガスパルや、耐熱革を縫うエッダたちは、何も言わずに黙々と手を動かしていた。


 彼らは領民を救いたいというリナリアの必死な思いを理解している。だからこそ、工賃を削られても文句を言わずに身を削ろうとしていた。



 前世で下請けの町工場を経営していたリナリアは、誰よりも「適正な工賃」の重要性を知っているはずだった。


 大企業からの無理な値下げ要求に耐え、社員の生活を守るために血を吐くような思いをした記憶は、今も魂に刻まれている。


 だが、目の前に凍える子供たちの顔が浮かぶと、どうしても「自分が我慢すれば」「私たちが無理をすれば」という自己犠牲の癖が出てしまうのだ。


 救える命を前にすると、彼女は経営の鉄則を見失いがちになる。



「その見積もりは、破棄しなさい」



 工房の入り口から、冷たい風と共に厳しい声が響いた。


 王国調達監査官のエルネストだった。彼はいつの間にかリナリアの後ろに立ち、その手から羊皮紙を容赦なく抜き取った。



「グランヴェル監査官……。ですが、辺境の冬は厳しいのです。この値段では、本当に困窮している家には手が届きません」



「だからといって、職人の血と汗を削って安売りをすれば、この工房は春を待たずに潰れます」



 エルネストは灰色の瞳で、リナリアを真っ直ぐに見据えた。



「あなたは無謀に身を削る。単価を下げて無理な要求に応え続ければ、やがて職人は疲弊し、製品の品質は落ち、最後には誰も救えなくなる。それが生産の現場というものです」



 彼は、監査官としての記録だけでなく、リナリアの経営者としての危うさを見抜いていた。


 感情に流され、組織の土台を自ら崩そうとしている彼女を、相棒として引き留めようとしているのだ。



「職人の善意を、無料にしてはいけません」



 その言葉が、リナリアの胸に深く、鋭く突き刺さった。


 リナリアはハッとして、煤けた手で顔を覆った。



 自分が今やろうとしていたことは、前世で自分たちを苦しめた大企業と同じ「やりがい搾取」ではないか。


 職人の誇りである工番札を作っておきながら、その技術の対価を払わないなど、経営者としてあってはならないことだった。



「……おっしゃる通りです。私は、また同じ間違いをするところでした」



 リナリアは顔を上げ、新しい羊皮紙を引き寄せた。


 その目には、迷いのない経営者の光が戻っていた。



「ミラ。導入費は、適正な材料費と、職人の工賃をしっかりと乗せた『正規価格』に戻します」



「でも、お嬢様。それじゃあ、一番炉を必要としている貧しい家が買えなくなってしまいます!」



「だから、仕組みを分けるのよ」



 リナリアはペンを素早く走らせる。



「払える家や、余裕のある農家からは、きちんとした正規価格をいただきます。そして、その利益の一部と、辺境伯家の予算から拠出してもらう公的な資金を合わせて、『救助基金』を創設します」



 リナリアは振り返り、手を止めていた職人たちを真っ直ぐに見つめた。



「本当に困窮している世帯には、その基金から費用を補填して炉を届けます。あなたたちの工賃は、一銭たりとも削りません」



 工房内に、静かな驚きが広がった。


 ガスパルが、金槌を置いて大きく息を吐き出した。



「……まったく、ヒヤヒヤさせる親方だぜ。俺たちは別に、この冬くらいタダ働きでもいいと思ってたんだがな」



「駄目です。あなたたちの技術は、辺境の命を守る価値がある。だから、正当な対価を受け取る権利があります」



 リナリアが断言すると、エッダが目元を拭い、職人たちの顔に安堵と誇りの入り混じった笑みが浮かんだ。


 エルネストもまた、満足げに小さく頷いた。



「それが、持続可能な組織の形です。その基金の運用規定も、私が監査して公的な記録に残しましょう」



「ええ。よろしくお願いします」



 こうして、ヴォルクハルト工房はただの発明所から、経営と救済を両立させる組織へと確実な一歩を踏み出した。


 正規価格での注文も、品質の良さが評判を呼び、途切れることはなかった。



 しかし、工房の活気とは裏腹に、季節は容赦なく牙を剥き始めていた。


 冷え込みが一段と厳しさを増したある日。


 リナリアは、工房の隅で鉄を打つガスパルの様子がおかしいことに気がついた。



 時折、ハンマーを振り下ろす手が不自然に止まる。


 古傷のある右腕を庇うように顔をしかめ、工具を落としそうになる回数が、日に日に増えていたのだ。

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