第8話:希望なんて、なければよかった
20時に更新します。
~神代レイナ視点~
病室は、静かだった。
窓から差し込む朝日が白いカーテンを照らしている。
「……ん、お姉ちゃん?」
ベッドの上から、柔らかな声が聞こえた。
ボクは、慌てて笑顔を作る。
「あぁ、おはよう、リリィ」
「……もう、私の病室なんて来てもつまらないのに」
「そ、そんなことないさ!」
妹――神代リリィは、小さく笑っていた。
だがその笑顔は、酷く弱々しい。
布団から伸びた腕には、灰色の結晶が浮かんでいる。
魔石化病。
この世界にダンジョンが現れた時から存在する難病だ。
身体が少しずつモンスターがドロップする魔石のように変質していき、最後には命を落としてしまう。
治療法は現状、“エリクサー”のみだ。
だが。
そんなもの、普通は手に入らない。
「今日もダンジョン行くの?」
「あぁ、その前に可愛い可愛い、わが妹の顔を見たくてね」
「……無理しないでね」
その言葉に、ボクは胸が痛くなった。
無理しないで。
そんなこと、できるわけがない。
リリィの身体は、日に日に悪化している。
医者ももう、あまり長くはないと言っていた。
それでも妹は。
一度も、助けてほしいとは言ってくれないのだ。
「……お姉ちゃん」
「ん?」
「ごめんね」
「―――っ」
ボクは、思わず妹の頭を撫でた。
「………リリィが何を謝る必要がある? ボクが君のためにそうしたいんだよ」
震えそうになる声を、必死に押し殺す。
「君はボクが絶対に助けるさ。だから安心して待っていてね」
「……うん、ありがとう」
妹は笑う。
ボクも笑う。
――嘘だ。
もう、ボク自身ですら分かっていた。
間に合わない。
◇
病院を出たボクは、そのままダンジョンへ向かう。
最近は学校へ行っていない。
授業どころではなかった。
エリクサーを探さなければならない。
それだけしか考えられなかった。
「……はぁ」
駅へ向かう途中、小さく息が漏れる。
疲れている。
肉体的にも。
精神的にも。
ボクはクラスの中では強い方だと思う。
上には上もいるが、大多数の人よりも恵まれたステータスを持っている。
ユニークスキルもダンジョン攻略に最適だ。
女性限定ではあるが、パーティー内に強力なバフを付与できる。
だが。
優秀程度だ。
エリクサーが落ちる深層。
そこへ届くほどの力はない。
いや、将来的に行くことは可能であろう。
だが、そこに行くまでに何年かかる?
その間まで、リリィが持つとは思えない。
最近は、無茶な攻略も増えていた。
ボクのわがままにパーティーメンバーも付き合わせてしまっている。
みんな、文句一つ言わず付き合ってくれる。
睡眠時間を削って、回復アイテムを惜しまず使い、少しでも深くへ潜るためにダンジョンを攻略する。
でも。
届かない。
「……ボクじゃ、駄目なのかな」
ぽつりと呟く。
リリィの命が削られていく音が、毎日聞こえる気がするのだ。
日に日に追い詰められてしまう。
なのに。
結果が出ない。
焦る。
怖い。
苦しい。
少し前は、ここまで自分が追い込まれるなんてことなかった気がする。
でも、未だに弱い自分が、努力不足だ、と言われている気がするのだ。
だって――
その時だった。
端末が震えた。
「……?」
画面を見る。
表示されていたのは、元パーティーメンバーからのメッセージだった。
『レイナちゃん!』
『黒峰が学校来てる!!』
「―――え?」
一瞬、思考が止まる。
黒峰ユウマ。
一年の試験時に、ほぼ私刑と変わりない黒峰を罰するためだけの模擬戦で、圧倒的な力を見せた元最弱の男子。
クラスメイトも教師も学園一強い学園長ですらも。
誰も敵わなかった。
最弱だったのに、誰よりも強くなってしまった男子だ。
一年の時もだけど、二年の時もほとんど学園に来ていないはずなのに。
「…………」
ボクの心臓が、強く脈打つのがわかる。
もしかしたら。
あの人なら。
諦めかけていた希望が、また胸の奥で熱を持ち始める。
『もうダンジョン来てる?』
今度は、今パーティーを組んでいるメンバーの子からメッセージが届いた。
ボクは数秒迷い。
そして。
『本当にごめん!』
『今日は学校へ行かせて!』
そう返した。
◇
学校へ向かう途中。
ボクは、ずっと自問している。
(ボクは、何をしようとしてるんだろう?)
黒峰へ頼る?
いや、縋る?
エリクサーを譲ってほしいと?
そんなの。
惨めすぎる。
しかも相手は、ほとんど話したこともない男子だ。
―――ボクは、元々男が得意じゃない。
むしろ苦手な部類だ。
粗暴だし、デリカシーがない。
黒峰ユウマなんて、そんな男の典型じゃないか!
1年の試験での模擬戦。
途中、もう勝負はほぼ決まっていて、何人かは降参しようとしてるのにも限らず、丁寧に全員をぶっ飛ばしていた。
クラスメイトも教師も学園長ですらも。
誰も敵わなかった。
あの光景を見た時、ボクは恐怖した。
あの模擬戦のせいで、戦い自体が怖くなってしまった人は多い。
さっきの元パーティーメンバーの子だってそうだ。
でも。
(……リリィ)
妹の顔が浮かぶ。
確かに、黒峰は最低だった。
でも、――強かったのだ。
この力がボクにもあればと思った。
いや、黒峰は最初、クラスで一番弱かったはずだ。
でも、そんな黒峰はあそこまで強くなっていた。
だから、ボクでも。
――いや、ボクならもっと強くなれると思えたのだ。
リリィが魔石化病になってから、希少なエリクサーの入手を半ば諦めていた自分がいることには気が付いてはいた。
でも、確かな希望が芽生えた瞬間だった。
試験が終わってすぐに、パーティーメンバーの子達に頼み込んで、ダンジョンに潜る頻度を増やしてもらった。
パーティーで潜らない時も、自主的に潜ることが多くなった。
だが、気づいてしまったのだ。
――自分は黒峰のように、強くなれないことを。
どんなにダンジョン攻略に本気で取り組んでも、黒峰の強さの一端すら見えることは出来なかった。
その内、パーティーの子がダンジョン攻略をやめてしまったりして、ボクはどんどん追い詰められた。
だから。
(もう、ボクにはこれしかないんだ……)
学園に行かない、という選択肢はなかった。
◇
そして。
九条ミオちゃんの怒鳴り声が聞こえてくる教室の扉を開けた瞬間。
ボクは、黒峰ユウマを見つけた。
本当にいた。
二年近く、ほとんど学校へ来なかった男。
その姿を見た瞬間。
ボクの中にあった黒峰への嫌悪の気持ちを消し飛ばした。
嫌だった。
本当はこんなことしたくなかった。
ほとんど話したこともない男子に媚びるなんて。
抱きつくなんて。
昔のボクなら絶対にしなかった。
でも。
(リリィのためなら、ボクはなんだってする!)
蔑まれてもいい。
惨めでもいい。
そんな覚悟を持って、ボクは黒峰ユウマに近づいた。
だから笑った。
だから抱きついた。
今のボクを見たら、昔のボクはきっとみじめに思うだろう。
でも。
妹を助けたかった。
ただそれだけしか、今は考えられない。
◇
「ごめん、エリクサーだけども、渡せないんだ」
屋上。
その言葉を聞いた瞬間。
ボクの中で、何かが静かに壊れた、気がする。
「……そっか」
声が、驚くほど自然に出た。
泣き叫ぶ気にはなかった。
怒る気力もなかった。
いや。
もうそんな事すらできないほど。
胸の奥が、空っぽになっていく。
あぁ。
やっぱり駄目だったんだ。
ボクじゃ、妹は助けられない。
希望なんて、なければよかった。
そう思いながら、ボクは屋上を後にした。
――そんな絶望な状況なのに。
ボクの知らない場所で、“奇跡”は既に始まっていた。
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