第7話:極めて人為的な奇跡
20時に更新します。
深夜。
病院の外壁を見上げながら、俺は小さく頷いた。
「ヨシ、潜入するか」
隠密装備ヨシ。
気配遮断スキルヨシ。
隠蔽アイテムの使用ヨシ。
口まで覆った真っ黒の装備で、病院の前に立つ。
完全に不審者ではある。
「……いや、普通に不法侵入では?」
一瞬冷静になってしまう。
でも。
「……まぁ、人命救助だから――ヨシ!」
ヨシではない。
でも突入した。
◇
人気のなくなった病院の廊下を、俺は静かに歩いていく。
隠密系のスキルは防犯カメラにも効く。
とはいえ、普通ならそんなに簡単なことではない。
俺が持ってる深層でしか手に入らないアイテムや装備を使えばこそだ。
この世界で今の俺を認識できるものはいないだろう。
「……流石に夜の病院って怖いな」
ぼそりと呟く。
静かすぎる。
白い廊下。
消毒液の匂い。
遠くから聞こえる機械音。
なんか廃病院でもないのにホラーゲーム感がある。
俺は片っ端から治療すると決めているので、まずは1番近い病室へ向かった。
そして。
「いきなりかよ」
部屋の名札に『神代リリィ』と書かれた病室の前に来ていた。
そっと扉を開く。
「………」
ベッドの上には、中学生くらいの少女が眠っていた。
神代と同じ銀髪だ。
顔立ちも神代によく似ている。
だが。
腕や首には、灰色の結晶が浮かんでいた。
魔石化病。
現実で見ると、想像以上に痛々しい。
「……これは、かなり酷いなぁ」
俺は小さく眉をひそめた。
ゲームでは、ただの“病気”くらいの認識だった。
でも。
実際に見ると、かなりの痛々しさだ。
こんなの神代が追い詰められるのも当然だ。
自分の身内がこの状況になったら、正気ではいるのは難しいだろう。
「…………」
苦しそうに眠る神代妹を見る。
そして。
「まぁ、でもこれでもう大丈夫だけどな」
小さく呟きながら、エリクサーを取り出した。
赤い液体が、病室の薄暗い光を反射する。
「っと」
神代妹へ振りかける。
次の瞬間。
淡い光が身体を包み込んだ。
灰色の結晶が、その光を吸い込んだと思ったら、少しずつ崩れて消えていく。
「おぉ!」
どこか神秘的な光景に感動して、少し大きな声が出てしまった。
ゲームでは魔石化病が治っていく光景は見たことないけど、実際にはこう治るのか。
「……よし」
これで神代の妹は助かった。
だが。
「まぁ、これだけなら神代にバレそうだからな」
俺は小さく呟いた。
このままだと、単純に“誰かがエリクサーを使って治した”で終わるだろう。
……いや、それでも十分意味不明ではあるのだが。
ここから患者全員を治していくことで、個人を狙った救助ではなくなる。
そうなれば、神代も俺には辿り着かないだろう。
我ながら良いことをしている。
「……なんか、気持ち悪いな」
思わず呟いてしまった。
こんな善人みたいなことをしている自分に慣れない。
だから。
「病院は大混乱になって、迷惑かけるだろうな」
少しだけ笑う。
うん。
これくらいでちょうどいい。
柄じゃないってやつだ。
「よし、とりあえずバレる前にとっとと終わらせるか」
俺は一つ頷いて、次の病室へ移動した。
◇
病院中を回る。
静かに。
誰にも見つからないように。
エリクサーを振りかけていく。
一人。
また一人。
灰色の結晶が消え、患者達の顔色が良くなっていく。
「……意外と嬉しいもんだなぁ」
ちょっと達成感があった。
ゲーム時代ならここにいる患者達はフレーバーテキストの一部として扱われてたけど。
現実で実際に患者を見ると、俺のようなやつでも謎の使命感が湧き上がってきていたのだ。
そして最後の病室を出たところで。
「これで全員、と」
ミッション完了。
全患者の治療を完遂した。
「よし、あとは最後の仕上げだな」
そして俺は、病院の屋上へ向かった。
◇
夜空。
冷たい風が吹いている。
病院の屋上から街を見下ろしながら、俺は小さく息を吐いた。
うん。
大事だよな、演出ってのは。
ゲームでもそうだ。
同じ性能の技でも。
演出が派手な方がテンション上がる。
なら。
奇跡だって、それっぽくした方がいいだろ?
「久々だなぁ、この魔法使うのは」
現在の俺のジョブは熾天使。
神聖魔法に特化した隠しジョブだ。
ソロ向きじゃないので俺はあまり使わないが、今回に限っては一つだけ便利な魔法がある。
「まぁ、この世界の人じゃ誰も知らないだろうな」
俺みたいなゲーム知識持ちくらいだろ、このジョブや魔法を知っているのは。
そして俺は空へ向けて手をかざした。
――『天使の囁き《セラフィック・ウィスパー》』!
瞬間。
夜空に巨大な魔法陣が展開された。
白銀の光。
幾重にも重なる輪。
空気が震えている。
そして。
天使、が魔法陣から現れ、病院の屋上へと舞い降りた。
「おぉー」
ダンジョン内でしか使ったことないので、屋外の、それも夜空に使ったのは初だ。
ただのステータス上昇バフに回復を合わせた魔法だし、そんなことをする発想にならなかった。
いやこれ、ダンジョンで見るよりも綺麗だな。
天使と一緒に魔法陣からキラキラとした光が病院に降り注ぐ。
病院全体を照らすほどの神々しい輝き。
それがしばらく続く。
「うん、奇跡っぽい」
完璧だった。
これなら誰が見ても、
――“なんか天使が奇跡起こした”
になるだろう。
ステータス上昇のバフや回復効果もあるので、患者も元気になるだろうし間違ってはない。
「よし」
満足。
かなり満足。
これなら誰にも俺だとは分からない。
俺はそんな満足感を抱きながら転移アイテムを使い、その場を後にした。
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