第9話:奇跡なんて、あるわけがないのに
20時に更新します。
~神代レイナ視点~
ダンジョンの中は、薄暗い。
「はぁっ!」
剣を振るう。
目の前のゴブリン型モンスターを斬り飛ばす。
だが。
「レイナちゃん! 後ろ!」
「っ!」
仲間の声で咄嗟に身体を捻る。
直後。
横から飛びかかってきた狼型モンスターの爪が、ボクの肩を浅く裂いた。
「痛っ……!」
血が飛ぶ。
「だ、大丈夫!?」
「……あぁ、このぐらい平気さ」
そう返しながら、ボクは自分でも分かっていた。
集中できていない。
先ほどからミスの連続だった。
今の攻撃もいつものボクなら避けれていた。
「今日はもう戻ろうよ」
「え……?」
パーティーメンバーの一人が、心配そうにこちらを見る。
「レイナちゃん、一昨日からずっと変だよ」
「…………」
変。
まぁ、そうだろう。
一昨日、黒峰との一件以降はほとんどダンジョンに潜っていたのだが。
どうにもダンジョン攻略以外のことを考えてしまう。
『ごめん、エリクサーだけども、渡せないんだ』
一昨日、黒峰に言われた言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
あぁ。
やっぱり駄目だったんだ。
そう思い知らされる。
黒峰ですら助けてくれなかった。
いや、違う。
あの黒峰の迷ったような顔。
黒峰はエリクサーを持っていそうだった。
でも、エリクサーを渡せないといったのだ。
――もちろんわかっている。
エリクサー程のアイテムを見ず知らずの他人に渡すことなんて、普通しない。
そんなの余程のお人よしか、価値もわからないバカのどちらかだろう。
それは、エリクサーのためにダンジョンに潜っている自分が、一番わかっている。
でも、もし。
もう少しボクに気力があれば、黒峰に対して怒っていたのかな?
ミオちゃんの様に思いの丈を込めて、黒峰を罵倒していたかも。
でも、ボクにはもう何もない。
それに何より。
黒峰の答えを聞いた時、
――世界からも拒絶された感覚を覚えた。
ボクには、
――エリクサーは手に入らない。
――絶対に妹は助からない。
と。
そんな風に世界に言われた気がしたんだ。
「……ごめん。今日は帰ろうか」
ボクのわがままにこれ以上パーティーメンバーを付き合わす訳にはいかない。
ボクは小さく笑って、剣を鞘へ収めた。
◇
病院へ向かう途中、空を見上げた。
きれいな夕焼けだった。
赤い。
まるで、終わりみたいな色だ。
「…………」
怖かった。
病院へ行くのが。
リリィは意外と鋭い。
もしかしたらボクが、
――リリィのことを諦めたことに気づくかもしれない。
そう思うだけで、胸が苦しくなる。
でも。
大事な妹から、目をそむけたくなかった。
◇
「―――え?」
病院へ到着した瞬間。
ボクは、思わず立ち止まった。
騒がしい。
人が多いのだ。
医者や看護師が、慌ただしく走り回っている。
いや、それだけじゃない。
病院の外にまで、報道陣らしき人間が集まっている。
「な、何が……?」
困惑していると。
「あっ! レイナさん!!」
見知った看護師さんが、涙ぐみながら駆け寄ってきた。
「え?」
「り、リリィちゃんが……! いえ、リリィちゃんだけじゃなくて、患者さん達が……!」
「……え? な、なにがあったんですか!?」
この騒ぎだ。
最悪の可能性が過る。
看護師さんに続きを促す。
すると。
「お姉ちゃん!!」
聞き慣れた声が響く。
次の瞬間。
病院の入口から、一人の少女が走ってきた。
「……え?」
神代リリィ。
ボクの妹。
一昨日の朝までは、ベッドから起き上がることもできなかったはずの妹が。
自分の足で。
走って。
ボクへ抱きついてきた。
「お姉ちゃんっ!」
「リ、リリィ……?」
抱き着いてきた、リリィの身体を支える。
軽い、けど温かい。
そして。
「魔石化……してない……?」
腕を見る。
灰色の結晶が、綺麗さっぱり消えていた。
嘘だ。
そんなこと、あるわけがない。
「病気、治ったの! 全部! 痛くないんだよ!」
「え……」
理解が追いつかない。
すると看護師さんが、興奮した様子で話し始めた。
「突然だったんです! 昨日の深夜に急に病院中が光って……!」
「光?」
「そ、それで、外では病院の屋上では、天使が舞い降りたと騒ぎになっていて……!」
「……」
光? 天使?
「まさか、“エリクサー”でしか治らないと思われていた、魔石化病が治るなんて……」
「……あ」
“エリクサー”
その単語に。
ある人物が脳裏に浮かび上がった。
黒峰ユウマ。
『ごめん、エリクサーだけども、渡せないんだ』
あの言葉。
でも迷うような顔。
「…………」
いや、あり得ない。
リリィだけならまだしも、100人程いる患者全員だ。
でも。
タイミングが、できすぎている。
二日前、エリクサーの話をした。
そして今日。
病院の患者全員が、奇跡みたいに治った。
そんな偶然。
そんな奇跡なんて、あるわけがないのに。
「……黒峰、ユウマ」
ぽつりと。
ボクはその名前を呟いていた。
いや。
今はそんな事どうでもいい。
「あぁ、リリィ、本当に良かった、本当に」
腕の中にある温もりを抱きしめる事よりも。
重要な事なんてなかった。
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