第5話:陰キャの考え休むに似たり
20時に更新します。
「ごめん、エリクサーだけども、渡せないんだ」
――俺は最低な返事をしていた。
画面越しだったら。
テキストであったら。
俺はもっと簡単に渡せていただろう。
でも、現実だと違う。
だって、俺がエリクサーを渡したら。
神代はどうなるんだ?
――俺への好感度が上がるんじゃないか?
(……それは本当に神代の感情なのだろうか?)
その考えが頭を過る。
――好感度システム
ゲームでは便利なものだろう。
だって、好感度は上昇する行動をとったら、勝手に好きになってくれるんだぞ?
攻略方法さえわかっていれば、とても簡単に相手を落とすことができる。
一緒に戦ったから好意を持つ。
アイテム渡したから好きになる。
悩みを解決したら、それだけで特別な存在になれる。
そんなことが現実に起きたなら、
――世界のシステムに感情を操作されているじゃないか。
それって“洗脳”と何が違うんだ?
エリクサーをあげたからゲーム通りに好きになってくれる。
俺は現実でそんなもの、見たくない。
だってそれって、俺自身のことが好きなんじゃなく。
黒峰ユウマというゲームキャラが好感度を上げたから好きになるんだろ?
そんなの――むなしいだけ、じゃないか。
そりゃ陰キャで卑屈なゲーマーである俺が好かれることなんてないだろうよ!
そんなの自分が一番わかっている!
でも、それでも。
この世界のシステムという大きな力が介入したような好意なんて、まっぴらごめんだ。
俺はそんな、
――さっきまでゲームと違うことを嫌がってたくせに、
――ゲームシステムが介入してくることは嫌がっていた。
ホント、矛盾しすぎだろ、俺。
「「……」」
沈黙が落ちる。
神代は、しばらく何も言わなかった。
でも。
「……そっか」
ぽつりと。
小さな声だった。
さっきまでの作った笑顔じゃない。
全部を諦めたような笑顔だった。
キレられると思っていた俺は面を食らってしまった。
そして静かな声で。
「……ごめんね。変なこと言って」
「あ、いや、その……」
「ううん。いいんだ。エリクサーがどれだけ貴重か、ボクだって分かってるから」
神代は笑っている。
でも。
その目から、一筋だけ涙が零れた。
「あ」
本人も気付いていなかったのか、慌てて袖で拭う。
「ち、違うんだ! これは、その……」
「……」
俺は……何も言えなかった。
いや、言う資格がない。
だって、俺は思っている以上に最低な人間だったからだ。
今だって、言った言葉と違うことを考えてはいる。
『俺だって別に助けたくないわけじゃない』
とか、
『思い出した以上、放っておきたくない』
なんてことを考えているが。
だけど。
俺は今、
好感度がどうとか、
キャラ崩壊がどうとか、
ゲームと違うとか、
そんなことばかり気にして。
目の前で困ってる人を助けようとしていない。
最低だ。
本当に。
「ごめんね、変なことを言って」
泣き止んだ神代は、俺へ無理矢理笑顔を向ける。
そして。
「今日は、本当にごめんね」
ぺこりと頭を下げて、屋上を後にした。
「………」
その背中を、俺は引き止めようとしなかった。
◇
「……あー、最低だな、俺」
屋上のベンチへ寝そべり、空を見上げる。
こんな時に限って雲一つない青空だった。
なんでこんな日に、俺はこんな気分になってるんだ。
助けようと思えば助けられる。
エリクサーなんて、今の俺ならすぐに手に入る。
なのに。
「好感度がどうとか、キャラ崩壊がどうとか……」
人を助けるかどうかを、そんな理由で迷ってる。
もし俺に、助けられる力がなければ。
そんな迷いもなく。
大変だね、としか思わないんだろうな。
聖人君子には程遠い男だ。
しかも。
「……結局、自分が傷付きたくないだけなんだろうな」
好かれたくない。
いや違う。
ゲームシステムで好きになられたくない。
なぜなら、それをした時点で。
俺はこの世界の”キャラ”になる気がするから。
”俺”という存在が消えてしまいそうだから。
――誰も“俺”ではなく、“黒峰ユウマ”としか見てくれなくなるから。
そういう、面倒臭い拘り。
でも。
それで神代の妹が死んだら?
あー、でも――
「………ッチ」
最悪だ。
俺は自分でも本当に最悪だと思う。
ゲームシステムの好感度は嫌だって言ったくせに。
今俺は、神代の妹のことを、
――どうせゲームのキャラだから。
と、自分自身を納得させようとしてしまった。
そんなことを一瞬でも考えてしまった自分がいた。
そんな自己嫌悪をしているうちに、いつの間にか多くの時間が経っていたらしい。
何回目かのチャイムが鳴る。
どうやらもう午前授業も終わっているようだ。
「……戻るか」
重い腰を上げ、教室へ向かう。
すると。
「あら、よく戻ってこれたわね」
教室へ入った瞬間、九条ミオが皮肉げに口を開いた。
相変わらず刺々しい。
このキャラもゲームと違うが、今は神代以外のことを考えられなかった
「神代さんなら、もういないわよ」
「……え?」
「早退したわ。……きっとダンジョンに行くんでしょうね」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
……そりゃそうか。
一縷の望みを掛けて、俺に頼った。
でも駄目だった。
だったらもう、無理だと思っても自分で潜るしかない。
どうせ無理だろうと、諦めながらも。
いや、ゲームの時よりも希望が見えていた分、落差がひどいかもしれない。
「結局、アナタは見捨てたんでしょ」
九条が冷たく言う。
どうやら、九条は神代の理由を知っていたようだ。
「………」
否定をするつもりはない。
だって、本当のことだから。
しかも、最低な理由というおまけ付きだ。
「まぁ、神代さんも最初からアナタなんかに期待する方が間違いだったのよ。どうせアナタは他人の命なんてどうでもいいのでしょうし」
俺だって助けたくないわけじゃない、という言葉は出てこない。
なぜなら、俺は九条の言葉に納得してしまっているからだ。
前世でも、凄惨なニュースを聞いても、怖いなぁとか、大変だなぁ、と思うだけで、対岸の火事くらいにしか考えたことがなかった。
口にまで出すことはなかったが、自分には関係ないこと、としか思っていなかったのだ。
(……結局、俺はどこまで言っても、ゲーム脳なんだろうな)
俺が何も言い返さずに俯いていると、それを見た九条は俺に軽蔑した顔で、吐き捨てるように言った。
「言い返しもしないのね、ほんと最低。逆に神代さんはアナタなんかに助けられなくてよかったかもね。変な条件を付けられたらそれこそ最悪でしょうし!
それに妹さんだってアナタみたいな人に助けられるなんて嫌でしょうに!」
言うだけ言って、九条は俺から視線を外した。
だが。
妹。
助ける。
その言葉で、俺の頭にある一つの仮説が思い浮かんでいた。
(……待てよ?)
神代に渡すから、駄目なんじゃないか?
結局、エリクサーを必要としているのは妹の方なんだよな?
だったら。
「……直接、妹を助ければいい……のか?」
「は?」
俺のつぶやきに、九条が怪訝そうな顔をする。
だが今の俺は、それどころじゃなかった。
神代には渡さない。
でも妹は助ける。
それなら。
「……いや、それだったら、いっそ」
俺は小さく呟く。
神代の妹の病気。
確か、ダンプロ世界特有の難病で専門病院みたいなところに患者が集められていたはずだ。
だったら。
「全員助けちまえば、なんかの奇跡っぽい感じに演出できるか……?」
「アンタ、何をブツブツ言ってるの?」
「いや、なんでもない」
俺は、静かに考える。
神代に知られず。
好感度も上げず。
でも助ける方法。
「………」
そして数秒後。
「あ」
思い付いた。
いや、これかなり完璧じゃないか?
直接渡さない。
正体を隠す。
でも妹は助かる。
これなら。
――俺の自己満足は、全て達成できるんじゃないか?
事ここに至って、ただ助けたいだけなんだ、なんて高尚なことは言わない。
これはどこまでも俺の自己満足だ。
でも。
神代にとって、いい結果ならそれでいいだろ?
そうとなったら、すぐに行動だ。
と、その前に。
「九条さん、ありがとう! 君のおかげでやることがわかったよ! 本当にありがとうね!」
俺の感謝の言葉に九条は、面食らったのか宇宙を見た猫みたいな顔をした。
俺はそこに触れず、急いで教室を出てこれからの行うことの準備に入った。
読んでいただきありがとうございます。
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