第4話:興味がないことは覚えられない
20時に更新します。
――ゲームのストーリー。
『ダンジョン・プロトコル』、通称『ダンプロ』。
そのストーリーは内容が薄っぺらなのもそうだが、どこにでもあるテンプレのような内容ばかりだった。
――何よりダンジョン攻略とは一切関係がないのだ。
ストーリーを進めたからといって強くなるわけでもない。
進めなかったり、選択肢を間違えたからといって、ゲームオーバーになるわけでもない。
だからこそ、ゲームでは俺はストーリーを無視できていた。
俺がゲームで好きな部分は、ダンジョン攻略だったから。
もちろん、最初はストーリーを一通りプレイした。
……すべて見終えたら、以降はオートスキップだったが。
俺は、「いいえ」を押したら「はい」を選ぶまでループするタイプの選択肢が嫌いだ。
だったら最初から選択肢なんて出すなよ、と思う。
もちろん、ストーリーのすべてが意味なかったわけではない。
キャラ個別のクエストだけは、進めれば好感度は上がったりした。
だが、好感度を上げたところで大した特典もない。
せいぜい終盤に宿屋の親父から
「昨日はお楽しみでしたな」
と言われる程度だ。
そんな事情もあって、俺はストーリーを軽視していた。
そんな事情もあってストーリーを軽視していた。
何よりも俺が、ストーリーを見たのは今回の人生も合わせると、5年も前なのだ。
正直、全然覚えてない。
だから。
――俺はこの世界でもストーリーを無視していた。
◇
「あ、あの、難しいのはわかっています!
ですが、ボクに――エリクサーをください!」
俺はその言葉で、やっとある一つのサブクエを思い出した。
「あー……」
思わず頭を押さえる。
あったわ、そんなイベント。
神代レイナの個別サブクエ。
確か……妹が病気でエリクサーを必要としている、とかいう話だったはずだ。
3年生の夏休みまでに手に入れないと妹が死んでしまう、とかだった。
……いや、マジで忘れてた。
「えっと……その、ユウマ様?」
神代が不安そうにこちらを見る。
だが、今の俺はそれどころではなかった。
いや、だって。
「なんでこんな重要なの忘れてたんだ……?」
思わず小さく口から漏れる。
普通なら覚えていてもおかしくないイベントだ。
人気キャラの個別ストーリー。
しかも妹を救う話。
それなのに俺は、
“エリクサー”と言われるまで思い出せなかった。
……まぁ、理由自体は簡単なのだが。
「ダンジョン攻略には関係ないからなぁ……」
「え?」
「あ、いや。こっちの話」
そう、俺が覚えているのは、基本的にダンジョン関係だけなのだ。
例えば、今いる学校の屋上にしてもそうだ。
――屋上のベンチの下からはステータスアップの指輪が手に入る。
序盤では絶対欲しいアイテムだ。
だからこそ、複雑な手順だが屋上の合鍵を入手する方法は覚えていた。
だが。
“神代の妹が病気”だとか、そういうストーリー部分はほとんど忘れていた。
隠し階層。
隠しボス。
レアドロップ。
そういう攻略情報なら今でも覚えている。
でもストーリーは違う。
人の悩みも。
人の事情も。
ダンジョン攻略には関係なかったから。
「……」
……うわぁ、改めて最低だな俺。
目の前で必死になってる奴がいるのに、“報酬が微妙だから忘れてた”とか。
そんなことを考えていると。
(……いや、それでもこんな性格ではなかったはずだぞ?)
俺はそこで、少しは思い出したサブクエの内容と現状を照らし合わせた時に、おかしな点があることに気づいた。
それは――神代の性格がゲームと違いすぎることだ。
だって、神代はずっと変わらなかったはずだ。
まずエリクサーを手に入れるために、誰かに媚びることはしなかった。
それは妹にエリクサーが間に合わなかったとしても、だ。
妹を失ったとしても、ステータスが弱くなるわけでも、パーティーから外れるわけでもなかった。
妹の分まで頑張る、みたいなことを言ってただけのはずだ。
それがなぜこんなに性格が変わってしまったのだろうか。
「エリクサーが欲しいのは分かったけども。なんで、そんな、その……媚びた感じなんだ? なんか、そんな性格じゃなかっただろ?」
流石に、キャラ崩壊している、とは言えなかった。
「それは……実は、妹がエリクサーでしか治らない病気なんですけども。正直に言うと、ボクも妹にエリクサーが間に合うなんて思ってなかったんだ」
それはそうであろうな。
この世界でのエリクサーは超が2つは付く、超超レアアイテムだ。
ダンジョンの深層でしか手に入らないし、ドロップ率もシビアなのだ。
オークションにでも出せば、都心でも家が何軒も建つくらいまでもの金額が手に入るかもしれない。
どんな病気でも治せるし、健常な者が使えば少しではあるが若返りの効果もある。
「それで、妹の命のカウントダウンが始まったときはもう終わりだ、と諦めてもいたんです。でも―――ユウマ様の試験での模擬戦を見て、もしかしたら、と思いまして」
――なるほど、俺は事ここに至ってやっと気づいた。
神代が必死になってる理由。
一年の時の試験を見たからか。
あの時、俺はやりすぎた、かもしれない。
クラスメイトも。
教師も。
学園長ですらも。
まとめて薙ぎ払った。
だから神代は、そんな俺ならエリクサーを持っているかもしれないと思ったのだろう。
……いやあるいは、自分でもエリクサーを取りに行けるのかもしれないと。
今まで諦めていた希望。
それが急に現れたわけだ。
でも、俺と違ってゲーム知識がないだろうから、自分だけでの攻略では難しかったんだろうな。
だから。
俺に対してここまで必死になってる。
(ゲームの時は心が強いなぁ、くらいにしか思ってなかったけど。……諦めていたから、だったのか)
俺がゲーム時代のことも含めて、そんな風に納得していると。
「……あの」
神代がおそるおそる口を開いた。
「や、やっぱり駄目……ですかね?」
エリクサー自体は、俺からすればそこまで貴重でもない。
今は攻略で使用してたので持ってはいないが、比較的簡単な入手方法を知っている。
出やすい階層も知ってるし、ドロップ率を上げる装備だってある。
だから、取ろうと思えば取れる。
でも。
「…………」
俺はある一つのことを考えてしまって、いいよ、とすぐには返事せず、黙ってしまった。
神代は、目に見えて焦っていた。
視線を泳がせ、何度も口を開きかけ――やがて、覚悟を決めたように叫ぶ。
「その……ボク、なんでもします!」
一瞬、意味が分からなかった。
「……は?」
「エリクサーを頂けるなら、その……ボクの体でも、なんでも……」
「ちょっ、待て待て待て!?」
思わず全力で止めた。
“今、なんでもって言った?”
なんて漫画みたいなことを言う余裕はなかった。
「いやいやいや! 何言ってんだよ!?」
「で、ですが! エリクサーはとても貴重ですし……! ボクに出せるものなんてこれしかないから」
「だからって極端すぎるだろ!?」
神代が涙目だが、覚悟が決まった目でこちらを見ている。
……あぁ、駄目だ。
本当にこの子は追い詰められてる。
こんなの――ゲームとは違いすぎる。
「………」
俺は小さく息を吐いた。
エリクサーなら、取ってくればいい。
今の俺ならすぐ手に入る。
神代は今、本気で縋ってきている。
妹を助けるために。
自分を捨ててでも。
だが――。
「ごめん、エリクサーだけども、渡せないんだ」
――俺は最低な返事をしていた。
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