第25話:吐き出した本音
ガシャン、と鈍い音が響いた。
鉄の振動がわずかに空気を震わせる。
ベンチに寝転んだまま、見上げた空は青い。
人間なんてどうでもいいとでも言うような、何も知らないかのような能天気な色だった。
足音が近づいてきてたのは分かっていた。
来なければいいのにとは思っていたが、積極的に逃げる気力もなかった。
「何しに来たんだよ」
ベンチで寝そべり、空を見上げた状態のまま神代に声をかける。
神代の顔を見て話せる気分じゃなかった。
「心配だったから」
迷いも躊躇もない。
それがおかしくて、思わず息が漏れる。
「俺が、心配だって?」
「うん」
短く、当たり前みたいに返される。
あそこで威圧を出したのは俺だ。普通なら、あの場にいた連中の方を気にするだろうに。なのに、こいつはそこをすっ飛ばして俺を見る。
ズレてる。
いや――違う。
「……それって、本心でか?」
「どう言うことだい? 本心からに決まってるじゃないかい」
間を置かずに言い切る。
そこで、笑いがこみ上げた。
「ぷっ、あははは!」
こらえきれず、声が漏れる。
だめだ。もう耐えられない。
「……どうしたんだい? いきなり笑い出して」
訝しげな声がするが、止める気になれなかった。
あの状況で、“俺”を心配する。
普通ならありえない。
でも、理由が分かっていると、こんなにも分かりやすい。
――本当に好感度ってのは便利な仕組みだ。
「ふぅ〜、悪い。ちょっと、面白くてな」
息を吐いて、笑いを切る
「――ゲームに縛られてるくせに、本心とか言うからさ」
「え? ゲーム? ……どういう意味だい?」
神代が困惑する。
俺は一度、軽く息を吐いた。
言うかどうか、ホントは迷っていた。
けど、どうでもいい。
どうせ、もうここには用はない。
学校も、全部。
だから、隠す理由もない。
「――この世界、ゲームみたいだと思ったことはないか」
「……急に何を言うんだい?」
神代が怪訝な顔で問いかけてくるが、俺は無視をして話し続ける。
「ダンジョンがあって、モンスターが出てきて、倒したらアイテムがドロップして、レベルも上がる。……なんてゲームっぽいんだ、って」
一応、この世界にもド〇クエみたいなゲームがある。それがまんま世界に投影されているわけだ。
誰だって、ゲームみたいと思うだろ。
「おかしいとは思わなかったか。疑いはしなかったか。
――この世界はゲームなんじゃないか、って」
視線を少しずらして、神代に視線だけを少し向ける。
神代の顔は戸惑っていた。
この困惑が、俺を狂人として見ているのか、この世界に疑念があるのか、はたまた、何をこいつは当たり前のことを言っているんだ、と思っているのか、俺にはわからない。どうでもいい。
視線をまた空に向ける。
「……何が言いたいんだい」
「簡単な話だ」
一度、言葉を区切る。
「――この世界はゲームだ」
先ほどから吹いている風が止まった気がした。
「……は?」
神代から困惑した声がする。
「俺は前世でこの世界の元になるようなゲームをしていた」
「ダンジョンがある世界の学園をテーマにしたゲームだ」
「そうこの学園だよ」
「俺もお前も、クラスの連中も、全員がそのゲームのキャラクター」
「お前の妹の悲劇も決められたストーリー」
「決められた通りに動く、ゲームの世界なんだ」
空は変わらず青かった。
雲一つない快晴で、ピーカンの天気、というやつだな。
とにもかくにも、こんな話をするような天気じゃないわな。
「好感度って、知ってるか?」
もう反応はないが、俺は構わず続ける。
「プレイヤーとか、キャラ同士の親愛とか好意を表したパラメータ、だな」
「一緒に行動するとか特定のアイテムを渡すと上がるんだよ」
「――この世界にも、もちろん存在する」
「今言った以外にも、好感度を上げる要素があってな」
「それは、各キャラにある個別のストーリーを進めることなんだよ」
「神代なら、神代の妹を助けるためにエリクサーを渡す、とかだな」
今、神代はどんな顔をしているんだろうか。
「そう。お前の好感度のためのストーリーは、もうクリアしたんだよ」
「だからお前は俺を心配する」
「――信用してしまう」
「だって好感度が上がったから!」
ひとつずつ並べ、そして核心のことを、伝えれた。
「……全部、そういう仕組みってことだな」
俺は、今まで1年半ほどずっと誰にも言えずに胸の内にため込んでいたものを吐き出せて、スッキリしていた。
もうこの後はどうなってもいい、そんな風にも思えた。
別に何かしらの反応が欲しくて伝えたわけでもないので、言いたいことも言えたし、この場を去ろう。そして二度と近寄らない様にしよう。
そんなことを思い、移動しようとすると、
「……嘘だ」
そんな言葉が小さく返ってくる。
「嘘じゃない。ここはゲームの世界だ」
だが俺は即座に否定する。
とはいえ、俺の記憶障害なのかもしれないが。
今いる世界の元になったようなゲームを前世でしていた!って、かなりヤバい奴だよなぁ。
だが、神代もわかっているはずだ。俺のダンジョン攻略実績は世間的にあり得ないってことを。
これは認めざるを得ないだろう。
神代も、俺も。
少し経った後、神代が口を開く。
「……じゃあ」
神代の声が、少しだけ低くなる。
「ボクの妹が苦しんでいたのも」
止まらない。
「あの子が泣いていたのも」
「死ぬかもしれないって怯えてたのも」
「全部、そういう設定だったのかい?」
神代が悲痛な声でそんなことを聞いてくる。
「……そうだ。それがゲームのストーリーだった」
神代が俯く気配がする。
ふと、自分でも分からなくなる。
ここまでぶっちゃける必要が本当にあったのか?
誰かと秘密の共有をしたいのか?
お前はキャラクターで、俺はプレイヤーだ、と優越感に浸りたいのか?
それとも、この世界は間違っている、とでも怒ってほしいのか?
自分の問いに答えは出ないまま、言葉を続ける。
「……神代レイナ、というキャラの個別ストーリーの一幕だ」
「エリクサーでしか治らない病気を持った妹を持つ哀れなキャラ」
「三年生の後半までに渡さなければ妹が亡くなってしまうので、それまでにエリクサーを渡す」
「渡せば、神代レイナからの好感度が上がって終わり」
静かに言う。
「そういう――ゲームのストーリー、だったんだよ」
無意識に顔を顰めてしまった。
本当に。
本当に、哀れだ。
現実になっても、転生者の、元プレイヤーのさじ加減で妹の生き死にが変わる。
そんな妹の病気も、いや、自分達の生きている意味ですら作られたものなんて、あまりにも不憫じゃないか。
どうせバレてるし、エリクサーが自分のせいであることも言ってしまう。
「とはいえ、俺は現実で好感度ってのが嫌だったんだ」
「ゲーム通りにアイテム渡したら好かれる、とか」
「なんか、洗脳みたいだろ?」
「だから、神代に渡さず、直接妹を治してみたんだけどなぁ」
ここに神代がいる時点で、もうわかる。
「……どうやら無駄だったようだ」
少しだけ体を起こす。
神代をちゃんと見るが、俯いて顔は見えない。
「クラスメイトより、友達でもない俺を優先するなんて普通じゃありえねぇよ」
ため息を吐く。
「何となくそうかな、と思っていたけど、失敗したんだろうな。いや、システムに逆らうってのが、無理な話なんだろうな」
そう言い切って、視線を外す。
俺は失敗したのだ。
前世と同じで青春になじめず、遠くから眺める。
それで満足してればよかったのだ。
模擬戦も無難にこなせばよかった。
いや、それ以前に学校にちゃんと出てゆっくり俺の実績を示していけばよかったのか?
ただ、今もだがクラスメイトと関わることは極力避けるべきだった。
結局、他者を傷つけてしまう。
そして、自分も。
「でも安心しろ、俺は学校をやめる」
ぽつりと言う。
プレイヤーキャラが死んだり、学園を進級や卒業できなかったらゲームオーバーだ。
俺がやめれば、この世界も終わるかもしれない。
とはいえここは現実になった世界だ。
そんな簡単に崩れるとも思えない。
(それに、俺の意志一つで揺らぐ程度の世界なら、
――もう滅んだ方がいいのかもしれない)
もちろん命は惜しい。できるなら死にたくはない。
ただ、一度死んだ身でもある。
元の状況に戻るだけとも言える。
――それに前世と違う、黒峰ユウマ、というキャラになったことで、幸か不幸かそこまで今の生に執着を抱いていなかった。
ゲーム感覚、というやつだな。
「むしろ、その方がお前たちもいいんだろ」
言葉が少しだけ鋭くなってしまう。
「嫌いな俺がいなくなって清々するんだろう」
その時だった。
「違う!」
叩きつけるような声に反射的に顔を向けた。
神代が、強くこちらを見ていた。
「違うんだ……!」
息が荒い。
言葉を無理やり押し出している感じだ。
「ボクは……」
一度詰まる。
それでも続ける。
「ボクの気持ちは」
震えている。
「そんなんじゃない!」
強く、言い切る。
「システムなんかじゃない」
目は逸らさない。
「ボクは、君を、
――馬鹿だと思っている!」
「……は?」
思わず間抜けな声が出た。
え、俺って馬鹿なの?
「君は確かに、大馬鹿だ!」
「…………」
「やり方だって、めちゃくちゃだ。しかも、ひねくれている!」
「…………」
「自分勝手で、強引で。もう少し人の気持ちを考えた方がいいと思う。そして、馬鹿だ!」
神代は、少しだけ困ったように笑う。
「正直、ボクが同じ立場ならもっと上手い事立ち回れただろうなとも思うよ」
「……そこまで言う?」
「言うさ」
それでも。
神代は俺を見る。
「だって――」
一度、言葉を切る。
「君はボクの友達なんだから」
屋上には、二人分の濃い影が落ちていた。




