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第61話 黒烏の反撃

エルム・クロウは厨房から廊下に出て、騒がしい音がする二階を見上げた。

静まり返っているはずの夜更けの邸宅に、剣戟の音と怒声が不釣り合いに響いていた。


(誰かの加勢にいったほうがいいかしら)


そう思ったとき、一階のどこからか、侍女の悲鳴が聞こえた。


(正面玄関からも入ってきたのね)


静かにホールに向かうと、三人の刺客が一人の侍女を取り囲んでいた。


刺客の一人が言った。

「上の連中、派手に窓を割って入りやがるから、侍女が起きてきやがったじゃねえか」


「そもそも人数が多すぎんだよ。顔も知らねえ奴らも多いし」


「急きょ集めたからな……やり方もバラバラなんだろう」


一人が震える侍女を見て言った。

「んで、こいつどうするよ?」


「愚問だな。見られたからには殺すしかねえ」


「何言ってやがる。見られなくても邸宅の連中は皆殺しって話だろ」


刺客は侍女を見て、にやりと笑った。

「すまんな。そういうわけだ」


剣が振り下ろされようとした瞬間、刺客の一人が崩れ落ちた。


「お、おい」


刺客が振り返ると、そこには寝間着姿で剣を構えた女性が立っていた。


「よくもやりやがったな」


「なんだこいつは? 侍女ではなさそうだな?」


一人がエルム・クロウに襲い掛かった。


エルム・クロウは剣で弾きながら後ろに飛んだ。


「こいつ片手が義手じゃねえか。そんなんで、俺たちに勝てると思ってるのか」


両手がしっかり使えた頃のエルム・クロウなら、苦にならなかったかもしれない。

だが、相手もそれなりの手練れだ。正面で身構えられると厳しい。


剣を躱し、弾くが壁際に追い込まれていく。


「ちょこまかと動きやがって、だがもう逃げ場はないな」


一人目の剣を右手の剣で弾く。

その隙に、もう一人の刺客が左側から斬り込んできた。


キィン!


金属製の義手で受け止めた。

セレスに義手を吹き飛ばされてから、鋼鉄製にして強度は上げてあった。


――だが。

もう一人の刺客は両手持ちで、力任せに剣を振るってきた。

片手だけの握力では限界があった。


ギィィン!


エルム・クロウの剣が右手からはじけ飛んだ。


(なんてひ弱な腕なの……)


「手間かけさせやがって」


侍女が泣きながら叫んだ。

「エレノア様!!」


「うるせえ、次はお前だ!」


そう一瞬振り返った刺客の顎を義手で殴りつけた。


顎を砕かれた刺客は「て、てめえ……」と言ったあと崩れ落ちた。


最後の一人となった刺客は、しっかりと剣を構えた。

「なかなかやるな。しかし剣を失い、拳ひとつでは俺には勝てんぞ」


「どうかしら? この義手、ちょっとした仕掛けがあるのよ」


「何だと……?」

刺客は視線を鋼鉄製の義手に向けた。


「苦し紛れに出鱈目でたらめを言いおって」

そう言うと、剣を構え直し、一直線に突きを繰り出してきた。


ドスッ!!


剣が刺さる音と共に刺客は崩れ落ちた。

倒れた背中に剣が刺さっていた。


「なんだ? 義手からナイフでも飛び出すのか?」


声のほうを向くと、ホールの階段の上にジークフリードが立っていた。


「仕掛けなんてありませんわ」

エルム・クロウは義手を左右に軽く掲げてみせた。


あとからマクシミリアンとカシュタイン子爵がやってきた。


「皆、無事か?」


エルム・クロウは二階へ向かった刺客のことを尋ねた。

「二階の刺客は?」


マクシミリアンが答える。

「三人に襲われたが、なんとか倒した」


カシュタイン子爵が胸を張った。

「これでも『皇帝の剣』と呼ばれた身。四人程度に遅れは取らんわ」


ジークフリードは顎に手を当てた。

「押し入ってきた奴らは全員()ったが、いちいち数えていない」


エルム・クロウは少し呆れた。

「剣の腕は信じておりましたが、まさか無傷とは……」


「まあ、突入される前から気配は感じていたしな」


カシュタイン子爵が頷いた。

「ところでエレノア殿。侍女たちは無事か?」


「この者は無事です。他の者については、まだ確認できておりません」


助かった侍女が泣きながらエルム・クロウに頭を下げた。

「私だけ、物音を聞いて部屋から出てきてしまって……」


「私たちは無事です!」

残りの侍女も泣きながらホールへやってきた。


「そうか。助かった」


「外に残り、十二名います。南北の門に四人ずつ、計八名。それと、四台の馬車の御者役が四名」


ジークフリードは面白そうに口元を吊り上げた。

「ほう。すでに把握しているのか」


マクシミリアンが言った。

「上等だ。受け身はごめんだからな。こっちからやってやるか」


カシュタイン子爵がエルム・クロウの剣を拾い、彼女に手渡す。

「エレノア殿、ここで待っていてもいいが、どうするかね?」


「無論、行きます。これくらいで休んでなどおられません」


「あ、いや。寝間着姿なのでな……」


「あ……」


ジークフリードが外套マントを放り投げた。

「とりあえず。これくらい纏っておけ」


「……ありがとうございます」



四人が揃えば、数か所に分散していた残りの十二名など敵ではなかった。


エルム・クロウは、返り血に染まった寝間着を見下ろし、肩をすくめた。

「子爵様。奥様の寝間着を返り血で汚してしまいました。申し訳ございません」


「なに、気にするな。して、この者たちの正体だが……」


エルム・クロウは静かに答えた。

「宰相ベルトルトに依頼されたようです。刺客の一人が口を滑らせました」


ジークフリードの目が鋭く光った。

「……」


この騒ぎで付近の建物の明かりが灯り、カシュタイン子爵はため息をついた。

「皆、起き始めたし、これだけの死体だ。いったんは帝都守備隊に報告せねばな……」



しばらくすると、複数の松明の明かりと共に、邸宅に帝都守備隊がやってきた。

帝都の治安維持を任務とした、いわゆる警察機構を担う部隊である。


軍服に着替え直したエルム・クロウは、守備隊の姿を見て聖騎士団時代を思い出した。


(そういえば王都ローゼリアの犯罪捜査もやってたわね)


守備隊の隊長がカシュタイン子爵に話しかけた。

「子爵様。ご無事でなによりです。私は隊長のブラウンです」


「ご苦労」


「しかし、この人数は押し込み強盗の範疇を超えています。これは……いったい」


「ふむ。今は、押し込み強盗で処理してくれたまえ」


「は? しかし、子爵様に恨みがある者の仕業かもしれません。犯人たちの身元を調べなくては」


「三十人の刺客を雇える依頼主だぞ。君は、あまり深くかかわらんほうがいい」


ブラウンはゴクリと唾を飲み込んだ。

「……わかりました」


「死体の処理はまかせる」


「はっ」

ブラウンは敬礼して部下に指示しにいった。


「大変だ。親父、エレノア。殿下がいない」


「なんですって!」


カシュタイン子爵は険しい顔で言った。

「向かうとすれば、ベルトルト侯爵邸だろうな……」


「いけません。殿下がベルトルト侯爵を討てば、刺客を差し向けられた被害者である殿下のほうが、逆に罪を問われかねません」


マクシミリアンが反論した。

「はあ? おかしいだろ? 第一皇子だぞ。先に御命を狙われたんだぞ!」


「……それが政治というものよ」


「三十人の刺客を向けて暗殺をするのが『政治』だと?!」


「暗殺に失敗したから政治になるの」


「なんだそれは。ふざけるな!」


「ここで言い争っても仕方ないわ。いきましょう」


「くっ! わかった」


「マクシミリアン。お前は駐屯地に行け。カシュタイン家の兵を集めよ」


「親父、まさか戦になるっていうのか?」


「念のためだ」


「わかった。親父、エレノア、殿下を頼む」



エルム・クロウとカシュタイン子爵は馬に乗り、急いでベルトルト侯爵邸に向かった。


門は開いており、門番が倒れていた。

夜風にあおられた門扉が軋み、屋敷の窓という窓に、慌ただしく動く人影が見えた。


二人は馬を降り、エルム・クロウは門番に駆け寄った。

「子爵様。気絶しているだけのようです」


「そうか。最悪を想定してたが……」


エルム・クロウは冷静に言った。

「侵入者とはいえ、第一皇子ですから。殺し合いにはならなかったのでしょう」


カシュタイン子爵は頷いて言った。

「中に入るぞ」


一階のホールでは、ベルトルト邸の侍女二人が寄り添うように震えながら泣いていた。


エルム・クロウはまた駆け寄った。

「安心しろ。我々は軍の者だ! ジークフリード殿下は? ベルトルト宰相閣下は?」


侍女は答えた。

「あ、あの方は、ジークフリード殿下なのですね……二階に向かいました」


「急ぐぞ」


侍女が後ろから叫んだ。

「ご主人様はいまは不在です!」


二人は階段を上がり、廊下の左右を見渡した。いくつかの部屋の扉が半分ほど開いている。


手前側の部屋は書斎のようだったが、誰もいなかった。


「奥にまいりましょう」


次の部屋は人の気配がした。


声をかけながら、部屋に入った。

「ジークフリード殿下?」


そこは寝室のようだった。整えられたままの寝台、乱れひとつない調度品。まるで誰も踏み込んでいないかのような静けさの中に、ジークフリードだけが佇んでいた。


ジークフリードが背中を向けたまま言った。

「遅かったな。だが無駄足だったようだ」


カシュタイン子爵はほっとして言った。

「殿下、一言仰ってくださっても」


「そうしたら止めただろう?」


「はい」


「空っぽの部屋を見たら、気が削がれた。探すのも面倒だな」


エルム・クロウは言った。

「それは良かったです」


ジークフリードは振り返った。鋭い眼光でエルム・クロウを睨む。

「『良かった』だと?」


「ええ。人探しのような些末なことは、我々にお任せください」


隣のカシュタイン子爵は黙って頷いた。


「ふん。勝手にしろ」


そう言うと踵を返して部屋を出て行こうとした。


カシュタイン子爵が聞いた。

「どちらへ?」


「帝都郊外に出て、()()軍と合流する」


「殿下!」


「安心しろ。まだ動かさん」


ジークフリードは冷静に続けた。

「こうなった以上、奴だって焦って何をしでかすかわからん。報復を恐れて、刺客どころか軍を使う可能性だってある。そんな状態で先生の家に戻るわけにはいかない。そうだろう?」


「……御意」


ジークフリードはエルム・クロウを見て言った。

「なんだその顔は? 俺が感情に任せて、皇宮でも攻めると思ったか?」


「いえ、そのような」


「顔に書いてあるぞ。まあ、ここに乗り込んできたんだ。そう見えても仕方ないがな」


カシュタイン子爵が言った。

「では、その後はマクシミリアンと合流して頂けますか?」


「子爵軍か……弟弟子あいつもそんな立場になったんだな」


「いえ。子爵軍の指揮官は、不甲斐ない息子(マクシミリアン)ではなくエレノア殿になっております。もともとは陛下から命じられていたのですが、息子も今ではそれでいいと」


「本当におもしろい奴だな。エレノア」


ジークフリードは、そう言って口の端を上げた。

その笑みの意味を、エルム・クロウはまだ測りかねていた。


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