第54話 後戻りできぬ道
ライネル率いるロシュフォール侯爵軍は約七千。
対してセレスティーヌ軍は一時八千まで増えたものの、アルテール平原の戦いから募兵する機会と時間がなかったため、現在の兵力はおよそ七千五百。
ロシュフォール侯爵軍は騎兵のみで編成されていた。
そのため、開戦でよく見られる弓兵同士の応酬は起こらない。
ライネルとしては騎兵の速度を活かして、弓の射程内にいる時間を最小限にしながら突入するしかない。
(敵の左翼は歩兵が多そうだな……狙うならあそこか)
「部隊を三つに分ける。敵の弓兵の狙いを分散させるためでもあるが……」
ライネルは指示を続けた。
「おそらく中央にはセレスティーヌがいる。だが決して倒そうと思うな。中央は突入後、重装騎兵で正面を防ぎ、その側面を通常騎兵で守って時間を稼げ」
「閣下は?」
カレンが聞いた。
「俺は聖騎士団の左側面を狙う。カレンは右を頼む」
「承知しました」
ライネルは後ろに控える勲功記録騎士に聞いた。
「デルフロード。お前はどうする?」
「私は一旦後方で待機をしております」
「高見の見物というわけか?」
「臨機応変に動けるようにしてる――そう言っていただきたいですな」
カレンはデルフロードを一瞥したあと、ライネルに言った。
「閣下いきましょう。どうかお気を付けて」
「お前もな」
◇
セレスティーヌ軍中央には、紅蓮騎士団一千と、二分したアルクリーズ兵の片翼二千、合わせて三千が布陣していた。
フェリックスの隣の騎士が言った。
「どうやら『ライネル軍』は三部隊に分かれた模様ですな」
フェリックスが叱った。
「おいおい。あれはライネルが率いてるだけで『ロシュフォール侯爵軍』だ。ヒルデガルド様と、うちの団長以外、そう呼ぶんじゃねえ!」
騎士は恐縮する。
「し、失礼しました」
ルークが窘める。
「まあまあ、フェリックス殿。それくらいにして……」
フェリックスは声を荒げた。
「大事なことなんだよ!」
ルークが尋ねた。
「で、いかがしますか? ここは定石通り弓兵隊で?」
フェリックスが頷いた。
「そうだな。ルナ、頼む!」
エレフィン族五十名は正式な指揮権こそ持たないものの、その腕前を認められ、実質的にはルナがセレスティーヌ軍の弓兵隊全体をまとめていた。
「はい! 弓隊、構え!」
キリキリ……
エレフィン族は弓を水平に構え、他の弓兵は斜め上空に構える。
ルナの号令が響く。
「放て!」
矢が一斉に放たれる。
水平に放たれたエレフィン族の矢は騎兵を次々と射抜く。
一方、上空から降り注ぐ矢は重装騎兵の鎧に弾かれた。
フェリックスが敵との距離を見据えた。
「紅蓮騎士団! 次の射撃と同時に突撃するぞ! これ以上近寄られたら利点が生かせん! ルークは俺らが突撃したあと左右に展開してくれ」
「また、紅蓮騎士団の尻ぬぐいですか?」
「なんだと!?」
「ふふ、冗談ですよ」
フェリックスはニヤリと笑った。
「ルーク、お前、セレスティーヌ軍の幹部らしくなってきたな」
ルナが叫ぶ。
「第二射、構え!」
キリキリ……
「放て!!」
「紅蓮騎士団! 突撃!!!」
「おおおおおう!」
紅蓮騎士団約一千が正面の中央部隊に突撃する。
紅い津波がロシュフォールの灰色の重装騎兵隊と激突した。
騎馬槍同士の激しいぶつかり合いで、草原は抉れ、蹄が踏み荒らした土が波のようにめくれ上がった。
紅蓮騎士団の後方からついてきたルークが側面を守るよう前線にあがり、ロシュフォール軍の通常騎兵も側面を突こうとして乱戦状態になった。
乱戦の中、フェリックスは大声で指揮をとっているロシュフォール軍の士官を見つけた。
フェリックスはその男の正面に立ち、問いかけた。
「お前がこの隊の隊長か?」
男はフェリックスを睨みつけて言った。
「そうだ。ロシュフォール軍の副官であり、大隊長でもあるライアットだ!」
フェリックスは長斧槍を振り回しながら言った。
「お前も獲物は槍のようだな」
「そうよ。ロシュフォール軍で一番の槍の使い手『灰燼のライアット』とは俺のことだ」
「まったく知らんなぁ」
近くにいたルークがフェリックスに伝えた。
「彼はロシュフォール軍の士官の中で古参の猛者です」
フェリックスは「なるほど」とうなずくとライアットに向かって言った。
「へえ。それだけの腕がありながら、外様のライネルに将軍の座を奪われたのか? よっぽど大軍を率いる器ではなかったんだな」
「き、貴様ぁ……断じて許さん!」
「こい。相手になってやる」
◇
セレスティーヌ軍右翼。ミリアが率いる兵二千。
ロシュフォール軍の三部隊のうち、一部隊二千が接近してきた。
ミリアは言った。
「きたわね……まさか王国軍と戦うなんて」
敵の指揮官が声を上げた。
「ミリア・ルヴェール殿とお見受けします!」
(女性の声?)
ミリアは返事をした。
「ええ。貴女は?」
「私はカレン・ビクター。ベルガー子爵領出身の騎士です。ロシュフォール軍では副官補佐を務めています」
「ずいぶんと丁寧なご挨拶、痛み入るわ」
「ルヴェール殿は下級騎士出身でありながら、聖騎士団副官、大隊長まで昇り詰めた方ですから」
「ありがとう。挨拶は終わりでいいかしら?」
「はい。ライネル閣下と、ベルガー家の未来のために死んでもらいます!」
「貴女こそ、まだ若いのだから死に急ぐことはないわ。降伏しなさい」
「なめないでください! 全軍突撃!」
ミリアとカレンの部隊が激突した。
両軍の騎兵が交錯し、怒号と剣戟の音が入り混じる。
土煙の中、馬蹄の音に紛れてカレンが距離を詰めてきた。
「お覚悟ッ……!」
カレンが馬上から剣を振り下ろす。
ミリアはそれを受け流しながら、馬体を横に滑らせた。
「速いわね……でも」
ミリアは体勢を崩さぬまま、剣を返してカレンの脇を狙う。
カレンは咄嗟に手綱を引き、間一髪でかわした。
「くっ……やりますね」
その間にも、周囲では兵士たちが激しくぶつかり合っていた。
落馬した兵、倒れる馬、怒声、悲鳴。二人の周りだけが静かなわけではない。
カレンは体勢を立て直しながら叫んだ。
「反逆者になったセレスティーヌ卿に従っていても、もう未来はないのですよ!」
ミリアは剣を構え直しながら、静かに答えた。
「私はセレス様が望む限り、共に未来を歩むつもりよ。貴女も主君にそう思っているのでしょう?」
「一緒にしないで!」
再び馬が交錯する。
◇
ライネルは敵に気づかれぬよう、部隊をさらに二手に分けた。
セレスティーヌ軍の左翼正面に向かうのは、注意を引き付けるための陽動隊だ。
そして分けた隊を率いて大きく迂回し、セレスティーヌ軍の左翼側面を強襲しようとしていた。
しかしそこには、白馬に跨り深紅の外套を纏ったセレスがこちらを向いて待ち構えていた。
ライネルとしては読みが外れたのだが、その少女の姿を見て何故か笑みがこぼれた。
(なるほど。戦女神とはよく言ったものだな……)
セレスは叫んだ。
「ライネル将軍。お話があります」
「まず、その前に質問がある」
「なんでしょうか?」
「なぜ俺が来るのがわかった?」
「閣下とはアルテール平原の戦いでご一緒しました。そのときの私の戦いぶりから、私が中央で指揮を執ると読まれたのでしょう?」
「……しかし、それだけでは」
「そうですね。閣下なら敵の一番弱いところに一番強いものをぶつけてくると思ったのです」
「……なるほど。してやられたわけか?」
「いいえ、正直、賭けでした。でも自信はありました」
「わかった……それで、話したいこととは?」
「そこまでです! ライネル将軍!!」
デルフロードの声だった。
「お前、後方にいたはずでは?」
「そんなことより敵との交渉など許されません」
セレスが声をあげる。
「聞いてください!」
その言葉を遮るように、デルフロードは大声で叫んだ。
「兵士諸君! 刺客を送り込んだ卑劣な逆賊セレスティーヌは目の前にいるぞ! 討ち取った者には、陛下より莫大な恩賞が下る!!」
「うおおおおおお!!」
「逆賊セレスティーヌを討ち取れぇ!!」
ロシュフォール軍の兵士たちが、セレスティーヌ軍に襲いかかる。
セレスティーヌ軍の兵士たちも守るように反撃をする。
ライネルのこめかみに血管が浮かび上がった。
「貴様、兵の指揮は俺に任せると!」
「私がいつ命令をしました? 私は事実と報酬を伝えただけです」
「詭弁を言いおって」
「戦闘は始まっております! 今度はロシュフォール兵を見捨てるのですか? ベルガー将軍」
近くの兵士もライネルに指示を求めた。
「閣下、ご指示を!」
ライネルは叫んだ。
「敵は歩兵が多い! 恐れることはない! 蹂躙せよ!」
もはや、後戻りはできなかった。




