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第53話 使者の首

ライネル・フォン・ベルガー将軍は騎兵七千を率いて王都から出発した。

土煙を巻き上げながら、隊列は西へと進んでいく。


「ライネル将軍。お話があります」

一人の騎兵が近寄ってきた。


物腰こそ丁寧だが、どこか事務的な冷たさを纏った男だった。

ライネルはその雰囲気から正体を察した。

勲功記録騎士インジケーターか……)


「挨拶が遅れて申し訳ございません。私は勲功記録騎士インジケーターのデルフロードと申します」


ライネルは男が見覚えのある顔であることを思い出した。

「ん? 貴殿は確か近衛兵ではなかったか?」


「覚えておいでとは光栄の極み。勲功記録騎士インジケーターの元隊長のバス・ドゥがアルテール平原で行方不明のまま戻らぬということで、私が隊長に抜擢されました。まあ平時は近衛として務めさせて頂きますので、兼任でありますが」


「なるほどな。宜しく頼む。しかし帝国軍ならいざしらず同国人相手でも『勲功』記録とは気分が良いものではないな」


デルフロードは表情を変えず、淡々と返した。

「誰が相手であっても任務でございますゆえ……」


「わかった」


「で、話とやらは?」


「アドリアン陛下のご即位に伴い、直属である勲功記録騎士インジケーターの権限が変わりまして……」


ライネルは眉をひそめた。

「なんだと?」


「もちろん兵の指揮に口を出すつもりはございません。ただ、敵との交渉があった場合は陛下の直属である勲功記録騎士インジケーターにお任せください」


傍で聞いていたカレンが、鋭い声で口を挟んだ。

「まさか完全委任ってことはないでしょうね?」


「完全委任となります」


「さすがにそれは越権行為では?」


「さあ、どうでしょう。権限は陛下が決めたことです。ご不満なら戦いを終えたあと陛下に直訴してみては。カレン殿」


カレンは吐き捨てるように言った。

「そんなこと不可能なのを知ってるくせに……」


デルフロードは口の端だけで笑った。

「ふふ。まあ、どのみち逆賊セレスティーヌに交渉の余地などありませんがな」


ライネルは少し考えたあと口を開いた。

「しかし、腑に落ちんな。陛下はセレスティーヌ卿のことを……なんというか、その」


『好意を抱いていたように見えた』とは言いづらく、言葉に詰まった。


カレンが、ライネルに代わり言葉を継いだ。

「そうです。陛下はセレスティーヌ卿を『お認め』になっていたはずです。それなのに今回は手のひらを返したようなご命令。交渉どころか降伏の余地すら与えないと聞きました。それはあまりにも……」


デルフロードはカレンの言葉を遮った。

「『お認め』になっていたからこそです」


カレンも険しい顔で反論する。

「しかし、あまりにも冷静さを欠いたご判断と見られても仕方ありません」


「……発言にはお気をつけください、カレン殿」


そして一呼吸置いて再び口を開いた。

「信じていた者に裏切られたからという感情論ではございません。認めていたからこそ、厳重に処罰しないと示しがつかないからです。ここで甘い処遇にしてしまえば、軍全体の士気にもかかわります」


「ですが、セレスティーヌ卿は――」


「良いですか、カレン殿。ランカスター家の裏切りでここ数か月、王国の民がどれほど苦渋を飲んだかお忘れか?」


カレンは唇を噛み、それ以上は何も言わなかった。


「……わかりました」



その夜。

ライネルの軍は野営をはった。

焚き火の煙が、月のない空へと立ち上っていく。


カレンがライネルに話しかけた。

「閣下。明日はおそらく、セレスティーヌ卿と対峙することになると思います」


「そうだな。向こうには歩兵もいる。追いつくのは時間の問題だ」


「そういうことを言ってるのではありません。本当にセレスティーヌ卿を討ち取るつもりですか?」


「ああ。出征前に陛下に言われたことがある。このいくさに勝ち、ベスティア領から帝国を追い出せば、ベスティア領を加封して下さると」


カレンは息を呑んだ。

「!?」


「子爵家であれだけの領土を持ってる貴族などおらんぞ。俺の代でベルガー子爵家は遂に変わるのだ」


「閣下……」


「そうすれば、お前たちベルガー子爵領出身の士官も兵士たちも今よりずっと良くなる」


カレンは複雑な表情を浮かべた。

「ベルガー家や領が大きくなるのは、嬉しいですが、こういう形ではないほうが良かった気もします」


「カレン。やけにセレスティーヌ卿に肩入れするのだな。彼女は国に背いたのだぞ」


カレンは静かに、しかしはっきりと言い返した。

「閣下も『卿』をつけたままではありませぬか」


ライネルは言葉に詰まり、しばし黙り込んだ。

「……明日は早い。もう休め」



翌朝。

ライネルの天幕に兵が駆け込んできた。

「大変です。聖騎士団の刺客が潜り込んできたもようで、小隊長数名が暗殺されました!」


「なんだと!?」

ライネルは弾かれたように立ち上がった。


天幕から出て現場に向かうと、兵士たちが憤っていた。

「おのれ、聖騎士団の逆賊どもめ」


ライネルは現場の兵士に確認した。

「刺客を見た者はおらぬのか?」


兵士が答える。

「いえ、すでに勲功記録騎士インジケーターのデルフロード殿が倒した模様です」


ライネルは声を張り上げた。

「デルフロードはおるか?」


デルフロードが兵の隙間を縫い、前に出てきた。

「はい。ここに」


「これはどういうことだ?」


「卑劣にも聖騎士団の刺客が寝静まった頃を見計らって、見張りや小隊長方の御命を奪ったようです。だが安心してください。私が気づいて仕留めました。死体ならここに」


聖騎士団の白銀の鎧を着た兵士の死体が転がっていた。


ライネルは死体を見下ろし、顔をしかめた。

「首から上がないではないか?」


「非道には非道を。首を馬に括り付けて送り返してやりました」


ライネルは声を荒げた。

「なんだと! 勝手なことをするな」


「被害の拡大を抑えたのに、随分な言いようですな。ですが、次回からは気をつけましょう」


デルフロードは兵士たちに向かって声を張り上げた。

「兵士諸君。まぎれもなく聖騎士団はローゼンベルク王国の敵となった。同国人と思う必要はない。これは逆賊討伐である。仲間の仇をとれ!」


「おおおおおお!」

兵士たちは叫んだ。


「ライネル将軍。ロシュフォール侯爵から預かった大切な兵や士官を失ったわけです。これ以上の失態は許されませぬぞ」


ライネルは奥歯を噛みしめた。

「失態だと?」


「そうでしょう。貴殿はセレスティーヌがこのような刺客を送ってくるはずがないと思い込んでいたのでしょう。もっと警戒すべきだったのです」

デルフロードは淡々と言葉を重ねた。

「彼女はしばらくヴァルデン卿に師事していたのですから。卑劣なやり方も学んだのでしょう」


確かに、ライネルの知るカイルなら、勝つために夜襲を仕掛けるくらいのことはするだろう。それを師事していたセレスティーヌも、同じような判断をする可能性は否定できなかった。


ライネルは苦い思いを飲み込み、周りの士官たちに命令を下した。

「皆、出陣の準備をしろ……セレスティーヌを討つ」



王都とアルクリーズ城を結ぶ街道の横の草原。


セレスティーヌ軍は追いつかれることを見越して、すでに行軍をやめ陣を張っていた。

リーゼロッテとルチアの証言もあり、兵士たちの脱落者はほとんど出ていない。

それがなければ、国王から追われる軍に残ろうとする者はいなかったであろう。


セレスたち本陣に伝令が入ってきた。

「ライネル将軍に送った使者が戻ってきました」


セレスは期待に満ちた顔で聞いた。

「それで。ライネル将軍のお返事は?」


セレスは無用な戦闘を避けるために事前にライネル側に使者を送っておいたのだ。

無論、リーゼロッテの証言を書状にして使者に持たせた。


伝令の返答は、最悪のものであった。

「それが、使者の首だけが馬に括り付けられて戻ってきました」


フェリックスが顔色を変え、拳を握りしめた。

「なんだと!? 戦時中であっても、互いの使者の命を取るなどありえん!」


ルークも眉をひそめて頷いた。

「相手が帝国でもこんなことはないでしょう。しかも王女殿下の書状を持たせた正式な使者です。それを返答もなく、このような形で送り返すとは……」


ミリアが青ざめた顔で呟いた。

「ライネル将軍が真実を知って下さればと思いましたが、アドリアン王子の陰謀に加担してたということでしょうか?」


セレスは俯いたまま、絞り出すように答えた。

「……わかりません。でもまだ説明する機会がないとは限りません」


フェリックスが訝しげに問い返す。

「戦場でか?」


「はい。それでも、直接お会いできれば話を聞いてくださるかもしれません」


「ふう。今となってはそれしかないか……」


セレスは気を取り直すように、静かに指示を続けた。

「王女殿下とルチアを西側最後方(さいこうほう)に配置してますか?」


フェリックスが返事をする。

「エミールが手配してるはずだ。だが、護衛をつけて王女殿下とルチア様だけでも、アルクリーズ城に向かわせることはできないのか?」


セレスは首を横に振った。

「私もそれを考えました。ですが、私たちが初めてアルクリーズ城に向かっていた時に、帝国のマクシミリアンが襲ってきたことを思い出して。可能性は少ないでしょうが、万が一帝国軍に見つかったら守る術がありません」


「なるほどな」


別の伝令が入ってきた。

「ライネル将軍の部隊が見えました。向こうも行軍ではなく布陣した状態でこちらにゆっくり向かってきています!」


フェリックスが言った。

「きたな」


セレスは目をつぶって深呼吸した。


(カイルがいない戦い。大敗北した初陣のウィンドル平原のときと同じだ)


(でも、もうあのときの私じゃない)


こうして、王国軍同士による悲劇の戦いが幕を開けようとしていた。

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