第55話 三つの戦場
戦場の中央。
最も互いの兵数が多く、激しい戦闘になっていた。
その中でフェリックスとロシュフォール軍の副官ライアットが槍を交えていた。
ライアットの槍がフェリックスの頬をかすった。
「やるじゃねえか」
「ふん。俺の槍さばきはローゼンベルクで五本の指に入ると思っている」
「小せえな。『大陸で五本』じゃねえのかよ」
「ぬかせ。若造!」
さらに槍を突き合わせ、激しい攻防が続いた。
フェリックスは槍を弾き返しながら、口の端を上げた。
「お前、確かに槍の腕は大したもんだけどよ。将の器じゃないな。自分の戦闘に集中しすぎだ」
「くっ。貴様とて同じだろう」
「いいや。こういうとき俺は相棒にまかせてあるんだよ」
ライアットが周りを見渡すと、確かにロシュフォール軍は秩序がなく、セレスティーヌ軍に押されていた。
ライアットは大声で叫んだ。
「ならば、今すぐ決着を付けてやる!!」
「あせったな。大振りだぜ!」
フェリックスはライアットの攻撃をかわし、新調した長斧槍をライアットの肩へ突き立てた。
「うぐ!」
ライアットの槍は地面に落ち、そのまま落馬した。
フェリックスはライアットの顔の前に長斧槍の先端を突きつけ、静かに告げた。
「降伏しろ。それが嫌なら撤退しろ。同国人としての情けだ」
「くっ」
◇
戦場の右翼。
ミリアとカレンは互角の打ち合いをしていた。
ミリアは言った。
「想像以上にやるわね」
カレンは自信に満ちた表情で答えた。
「当たり前です。私は幼少の頃より剣の腕を磨いてきたのです!」
「セレス様みたいね」
「『銀光のセレスティーヌ』ですか。一度、手合わせしてみたいです」
「勝てるとは思えないけど、良い勝負はするでしょうね。でも、今の貴女はセレス様に遥かに劣る私にも勝てないわ」
そう言うとミリアの攻撃が急に激しくなり、カレンは防戦一方になった。
「まだ、こんな力が?」
ミリアの剣先がカレンの利き腕の甲を切り、握っていた剣が地面に突き刺さった。
「そ、そんな……」
「貴女の剣筋、緩急がないのよね。正直すぎるというか」
「……」
「でも、もっと決定的なこと……剣に『迷い』があったわ」
「……殺しなさい」
「いいえ。貴女には伝えたい大切なことがあるわ」
「なんでしょうか?」
「その前に撤退の命令を出しなさい。兵を無駄死にさせたくないでしょう?」
カレンは唇を噛み、剣を握っていた手を見つめた。
「……なぜ、そこまで私に構うのですか」
「似てるのよね。主君を想う気持ちが」
「……っ」
しばしの沈黙のあと、カレンは深く息を吐いた。
「……承知いたしました」
◇
左翼では、ライネルの部隊とセレスティーヌ隊が激突していた。
セレスはライネルとの話し合いを試みるため、あえて歩兵を多く配置していた。
しかし、それが仇となり、ロシュフォール軍の騎兵の機動力によって不利な状態であった。
ライネルは非情な指令を出した。
セレスを自ら攻撃しないこと、セレスに狙われた兵に加勢しないこと。
狙われたら最後、あっという間に切り捨てられる。
だが、一人を犠牲にしている間に、二人を倒せばよい。
結局、『見捨てて勝つ』という言葉が、ライネルに付きまとう。
しかし、一部の兵はデルフロードの檄によって、無謀にもセレスを討ち取ろうとして返り討ちにあった。
ライネルは歯噛みした。
(あやつめ、余計なことを言いおって……)
だが、徐々にセレスに挑む無謀な兵士も減り、ロシュフォール軍が優勢になっていった。
デルフロードは勝利を確信していた。
セレスの剣技が天才的であっても、寡兵となり孤立し囲まれれば封じることができるはずだ。
「ライネル将軍。そろそろですな。私が『伯爵』への昇爵の口添えをしますぞ!」
それを聞いた二人の士官がライネルの傍に近寄ってきた。
彼らはベルガー子爵領出身の士官であった。
「閣下。我々が盾となります。セレスティーヌを仕留めてください」
「お前たち……」
「遅れないでください。チャンスは何回も訪れません」
二人はほぼ同時にセレスティーヌに挑んだ。
一人は胸を刺され、あっという間に馬から落ちた。
そしてもう一人も脇腹を貫かれた。
だが、それこそが二人の狙いだった。
セレスティーヌの剣は、貫いた兵の身体から抜けなくなっていた。
「抜けない!」
まだ息のある方の士官が、血に濡れた声を絞り出した。
「ライネル将軍。あとはお頼みします」
自ら手を下さぬと決めたはずのその一線を、ライネルはもう覚えていなかった。
唇を噛みながら、セレスティーヌに切りかかる。
「さらばだ、セレスティーヌ!」
ライネルが剣を振り下ろそうとした瞬間、その腕に飛んできた剣が突き刺さった。
「ぐぅ」
セレスとライネルがその方向を見ると、一人の少年が立っていた。
「エミール!」
セレスは叫んだ。
「まだです! セレスティーヌ様!」
ライネルの後ろから、二人の騎士がさらにセレスに襲いかかる。
セレスは剣が突き刺さった騎士を蹴り飛ばした。
脇腹から剣を抜き取ると、返す刃で一人の騎士の首筋を切り、勢いを殺さぬまま、もう一人の騎士の剣を受け止めた。
キィン!
デルフロードが大声をあげる。
「あと少しです! 全員でかかりなさい!」
セレスと打ち合う騎士、それに加勢に向かう騎士たち。
セレスが完全に囲まれるのも時間の問題かと思われた、その時。
ヒュンッ!
空を切り、一直線に飛んできた矢が騎士たちの顔や首に刺さる。
そして次々と飛んでくる矢がロシュフォール軍の騎兵に襲い掛かる。
「セレス姫様ぁ!」
ルナの声がした。
第二射を終えたあと、ルナたちエレフィン弓兵隊はその場に留まる必要がなくなり、遊撃に回って戦場を駆けていた。
「ルナ!」
デルフロードはエレフィン弓兵隊を見て言った。
「おのれ、蛮族どもか!」
双刀使いのエミールが残った剣を構えて言った。
「その言葉、後悔させてあげますよ」
近づいてくるエミールを見て、デルフロードの声色が変わった。
「ほう、少年、良い度胸だ。だが俺をただの勲功記録騎士だと思わんことだ」
エミールは剣を横なぎに振りぬいた。
しかし、デルフロードは軽くかわした。
エミールは感心して言った。
「少しはやるようですね」
デルフロードは冷静に答えた。
「無駄口を叩いてる場合か?」
エミールはこの勲功記録騎士の戦闘能力を多少見くびっていた。
デルフロードの剣技は、エミールの想像を遥かに超えていた。
しかも、双刀使いのエミールが剣一本になったことは、圧倒的に不利な条件だった。
徐々に押されはじめた。
エミールも必死に防御しながら、相手の隙をうかがう。
デルフロードは馬体に身を寄せ、地面すれすれから弧を描くように剣を振り上げた。
巻き上がった草がエミールの目にかかった。
「くっ!」
「まだまだ甘かったな。少年」
視界を失ったエミールにデルフロードの剣が襲う。
キィン!
セレスの剣がデルフロードの剣を遮る。
デルフロードは剣を引き、距離をとった。
「おっとっと。あなたを相手にするには命がいくつあっても足りません。ここは退かせてもらいましょう」
デルフロードは手綱を引き、馬首を返した。
「逃がすか!」
「エミール、追わなくていいわ」
落馬したライネルと逃げるように離れていくデルフロードを見て、ロシュフォール兵たちは敗北を認識しはじめた。
セレスは声を張り上げた。
「再戦はいくらでも受けます! ですが、今は退いてください! 追撃はしません」
それを聞いたロシュフォール兵たちは、散り散りに戦場から離れていった。
セレスはそれを見届けたあと、馬から降りライネルに近づいた。
「ライネル将軍。お話したかっただけなのに、こんなに犠牲を出す必要があったのでしょうか?」
「話など、もうどうでもよい。結果を見ろ……俺の負けだ。さっさと殺せ」
「貴方のような殿方たちは、いつも同じ台詞を言うのですね」
「武人とはそういうものだ」
「そんな言葉は無責任です!」
「なんだと?!」
セレスは一呼吸おいて言った。
「……とにかく会って頂きたい方がいます」
「いまさらどうなるものでもないが……俺は敗軍の将だ。好きにしろ」
「ではまいりましょう」
王国軍同士の戦いはセレスティーヌ軍の勝利で終わった。




