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第55話 三つの戦場

戦場の中央。

最も互いの兵数が多く、激しい戦闘になっていた。


その中でフェリックスとロシュフォール軍の副官ライアットが槍を交えていた。


ライアットの槍がフェリックスの頬をかすった。

「やるじゃねえか」


「ふん。俺の槍さばきはローゼンベルクで五本の指に入ると思っている」


「小せえな。『大陸で五本』じゃねえのかよ」


「ぬかせ。若造!」


さらに槍を突き合わせ、激しい攻防が続いた。


フェリックスは槍を弾き返しながら、口の端を上げた。

「お前、確かに槍の腕は大したもんだけどよ。将の器じゃないな。自分の戦闘に集中しすぎだ」


「くっ。貴様とて同じだろう」


「いいや。こういうとき俺は相棒ルークにまかせてあるんだよ」


ライアットが周りを見渡すと、確かにロシュフォール軍は秩序がなく、セレスティーヌ軍に押されていた。


ライアットは大声で叫んだ。

「ならば、今すぐ決着を付けてやる!!」


「あせったな。大振りだぜ!」


フェリックスはライアットの攻撃をかわし、新調した長斧槍ハルバードをライアットの肩へ突き立てた。


「うぐ!」


ライアットの槍は地面に落ち、そのまま落馬した。


フェリックスはライアットの顔の前に長斧槍ハルバードの先端を突きつけ、静かに告げた。

「降伏しろ。それが嫌なら撤退しろ。同国人としての情けだ」


「くっ」



戦場の右翼。

ミリアとカレンは互角の打ち合いをしていた。


ミリアは言った。

「想像以上にやるわね」


カレンは自信に満ちた表情で答えた。

「当たり前です。私は幼少の頃より剣の腕を磨いてきたのです!」


「セレス様みたいね」


「『銀光のセレスティーヌ』ですか。一度、手合わせしてみたいです」


「勝てるとは思えないけど、良い勝負はするでしょうね。でも、今の貴女あなたはセレス様に遥かに劣る私にも勝てないわ」


そう言うとミリアの攻撃が急に激しくなり、カレンは防戦一方になった。


「まだ、こんな力が?」


ミリアの剣先がカレンの利き腕の甲を切り、握っていた剣が地面に突き刺さった。


「そ、そんな……」


「貴女の剣筋、緩急がないのよね。正直すぎるというか」


「……」


「でも、もっと決定的なこと……剣に『迷い』があったわ」


「……殺しなさい」


「いいえ。貴女には伝えたい大切なことがあるわ」


「なんでしょうか?」


「その前に撤退の命令を出しなさい。兵を無駄死にさせたくないでしょう?」


カレンは唇を噛み、剣を握っていた手を見つめた。

「……なぜ、そこまで私に構うのですか」


「似てるのよね。主君を想う気持ちが」


「……っ」


しばしの沈黙のあと、カレンは深く息を吐いた。

「……承知いたしました」



左翼では、ライネルの部隊とセレスティーヌ隊が激突していた。

セレスはライネルとの話し合いを試みるため、あえて歩兵を多く配置していた。

しかし、それが仇となり、ロシュフォール軍の騎兵の機動力によって不利な状態であった。


ライネルは非情な指令を出した。

セレスを自ら攻撃しないこと、セレスに狙われた兵に加勢しないこと。

狙われたら最後、あっという間に切り捨てられる。


だが、一人を犠牲にしている間に、二人を倒せばよい。


結局、『見捨てて勝つ』という言葉が、ライネルに付きまとう。


しかし、一部の兵はデルフロードの檄によって、無謀にもセレスを討ち取ろうとして返り討ちにあった。


ライネルは歯噛みした。

(あやつめ、余計なことを言いおって……)


だが、徐々にセレスに挑む無謀な兵士も減り、ロシュフォール軍が優勢になっていった。


デルフロードは勝利を確信していた。

セレスの剣技が天才的であっても、寡兵となり孤立し囲まれれば封じることができるはずだ。


「ライネル将軍。そろそろですな。私が『伯爵』への昇爵の口添えをしますぞ!」


それを聞いた二人の士官がライネルの傍に近寄ってきた。

彼らはベルガー子爵領出身の士官であった。

「閣下。我々が盾となります。セレスティーヌを仕留めてください」


「お前たち……」


「遅れないでください。チャンスは何回も訪れません」


二人はほぼ同時にセレスティーヌに挑んだ。


一人は胸を刺され、あっという間に馬から落ちた。

そしてもう一人も脇腹を貫かれた。

だが、それこそが二人の狙いだった。


セレスティーヌの剣は、貫いた兵の身体から抜けなくなっていた。

「抜けない!」


まだ息のある方の士官が、血に濡れた声を絞り出した。

「ライネル将軍。あとはお頼みします」


自ら手を下さぬと決めたはずのその一線を、ライネルはもう覚えていなかった。

唇を噛みながら、セレスティーヌに切りかかる。


「さらばだ、セレスティーヌ!」

ライネルが剣を振り下ろそうとした瞬間、その腕に飛んできた剣が突き刺さった。


「ぐぅ」


セレスとライネルがその方向を見ると、一人の少年が立っていた。


「エミール!」

セレスは叫んだ。


「まだです! セレスティーヌ様!」


ライネルの後ろから、二人の騎士がさらにセレスに襲いかかる。


セレスは剣が突き刺さった騎士を蹴り飛ばした。

脇腹から剣を抜き取ると、返す刃で一人の騎士の首筋を切り、勢いを殺さぬまま、もう一人の騎士の剣を受け止めた。


キィン!


デルフロードが大声をあげる。

「あと少しです! 全員でかかりなさい!」


セレスと打ち合う騎士、それに加勢に向かう騎士たち。

セレスが完全に囲まれるのも時間の問題かと思われた、その時。


ヒュンッ!


空を切り、一直線に飛んできた矢が騎士たちの顔や首に刺さる。


そして次々と飛んでくる矢がロシュフォール軍の騎兵に襲い掛かる。


「セレス姫様ぁ!」


ルナの声がした。


第二射を終えたあと、ルナたちエレフィン弓兵隊はその場に留まる必要がなくなり、遊撃に回って戦場を駆けていた。


「ルナ!」


デルフロードはエレフィン弓兵隊を見て言った。

「おのれ、蛮族どもか!」


双刀使いのエミールが残った剣を構えて言った。

「その言葉、後悔させてあげますよ」


近づいてくるエミールを見て、デルフロードの声色が変わった。

「ほう、少年、良い度胸だ。だが俺をただの勲功記録騎士インジケーターだと思わんことだ」


エミールは剣を横なぎに振りぬいた。

しかし、デルフロードは軽くかわした。


エミールは感心して言った。

「少しはやるようですね」


デルフロードは冷静に答えた。

「無駄口を叩いてる場合か?」


エミールはこの勲功記録騎士インジケーターの戦闘能力を多少見くびっていた。


デルフロードの剣技は、エミールの想像を遥かに超えていた。

しかも、双刀使いのエミールが剣一本になったことは、圧倒的に不利な条件だった。

徐々に押されはじめた。


エミールも必死に防御しながら、相手の隙をうかがう。

デルフロードは馬体に身を寄せ、地面すれすれから弧を描くように剣を振り上げた。


巻き上がった草がエミールの目にかかった。


「くっ!」


「まだまだ甘かったな。少年」

視界を失ったエミールにデルフロードの剣が襲う。


キィン!


セレスの剣がデルフロードの剣を遮る。


デルフロードは剣を引き、距離をとった。


「おっとっと。あなたを相手にするには命がいくつあっても足りません。ここは退かせてもらいましょう」


デルフロードは手綱を引き、馬首を返した。


「逃がすか!」


「エミール、追わなくていいわ」


落馬したライネルと逃げるように離れていくデルフロードを見て、ロシュフォール兵たちは敗北を認識しはじめた。


セレスは声を張り上げた。

「再戦はいくらでも受けます! ですが、今は退いてください! 追撃はしません」


それを聞いたロシュフォール兵たちは、散り散りに戦場から離れていった。


セレスはそれを見届けたあと、馬から降りライネルに近づいた。


「ライネル将軍。お話したかっただけなのに、こんなに犠牲を出す必要があったのでしょうか?」


「話など、もうどうでもよい。結果を見ろ……俺の負けだ。さっさと殺せ」


「貴方のような殿方たちは、いつも同じ台詞セリフを言うのですね」


「武人とはそういうものだ」


「そんな言葉は無責任です!」


「なんだと?!」


セレスは一呼吸おいて言った。

「……とにかく会って頂きたい方がいます」


「いまさらどうなるものでもないが……俺は敗軍の将だ。好きにしろ」


「ではまいりましょう」


王国軍同士の戦いはセレスティーヌ軍の勝利で終わった。

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