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第16話 街道の盗賊

ヴァリシア国境付近の村、メルス。


宿屋を兼ねた酒場で、五人と一人の少女はしばしの休息を取っていた。

エレフィン族であるルナは、その特徴的な長い耳を隠すように、フードを深く被っている。


店内には柄の悪い客が多く、六人の様子を執拗に窺う輩も少なくない。


「国境付近で戦いがあった直後だ。戦利品目当てのならず者が集まってきているな」


カイルが声を潜めて言った。


「軍馬は奪ったが、武器や防具は結構放置したからな。奴らにしりゃ、お宝の山だろ」


フェリックスは頭の後ろに両手を当て、椅子に深くもたれながら言った。


「グレイヴに駐屯していた公国軍がいなくなったせいで、哨戒活動が減り、治安が悪化しているようですね」


エミールの言葉に、フェリックスがニヤリと笑う。


「『いなくなった』っつーか、俺らが片付けたんだけどな」


「しっ! 声が大きいのよ」


ミリアが鋭く窘めると、カイルが「目立たないように行動しよう」と低い声で締めくくった。


「ええ、いきましょう」


セレスは短く答え、静かに席を立った。


その佇まいに、周囲のならず者たちの視線が吸い寄せられたが、彼女はそれを気にする風もなく、迷いのない足取りで酒場を後にした。



一行が村を出て、街道を少し歩いた頃。

十数人のならず者が、茂みから這い出すようにして彼らを取り囲んだ。


「盗賊か……」


頭目らしき男が、下卑た笑みを浮かべて前に出る。


「止まれ! 殺されたくなければ、そこに荷と女を置いていけ!」


五人は即座に獲物を手に取り、ルナもアルクリーズ城で借りた弓を構えた。


「ルナ……無理はしなくていいわ。私たちが守るから」


セレスが案じるが、ルナは静かに首を振った。


「セレス姫様。私はこれでも族長の娘です。助けられてばかりはいられません」


「荷と言っても、見ての通り大したものは持っていないが?」


カイルが歩み寄り、交渉を試みる。だが男の視線はセレスに釘付けだった。


「白々しい。そこの女を見れば一目瞭然だ。お前らの中で、一人だけ浮いてるんだよ」


頭目がセレスを指さし、下卑た笑いを浮かべた。


「酒場から見てたぜ。地味な服で隠しちゃいるが、その立ち振る舞いに、透き通るような肌……。どこぞの大商人の娘だろ? 取引を終えて、たっぷりと金貨を抱えている帰り道なのはお見通しだ。」


男は、セレスの以外の連れを値踏みするように見た。


「他の連中にはそれがない。護衛と小間使いってところだろ」


「おいミリア。お前、貧乏くさいってよ」


フェリックスが茶化すと、ミリアの眉間がピクリと動いた。


「……うるさい」


「俺は、地味なミリアも好きだぞ」


カイルがさらりと平然と言い放つ。


「カイルもうるさい!」


顔を赤くして一喝するミリア。


そんなやり取りを見て、頭目が痺れを切らしたように言葉を重ねる。


「何をぶつぶつ言ってやがる。まあ金貨を持っていなかろうが、それだけの上玉なら高く売れるわ」


「どうします、伯父さん」


エミールがカイルに視線を送った。


「……やむをえん。騒ぎは起こしたくないが、降りかかる火の粉は払わんとな」


「そうこなくちゃな。一番槍は俺がやる」


フェリックスが槍を回そうとした、その時だった。


「なんだ貴様ら、この人数相手に抵抗する気――が……っ!?」


頭目は最期まで言葉を紡ぐことができなかった。ルナの放った矢が、その口内を深々と貫いていたのだ。


「セレス姫様を連れていくなんて、許さない!」


「ルナ!?」


五人が驚く間もなく、ならず者たちが逆上して襲いかかってくる。


「おかしらをやりやがった! 皆殺しだぁ!」


「盗賊退治は久しぶりですね、伯父さん」


「ああ。だが油断はするなよ」


カイルが腰の剣を抜くと同時に、一行が弾かれたように動いた。


フェリックスは長斧槍ハルバードを風車のように回し、一振りで左右の二人を叩き伏せる。

返す斧刃で襲いかかる男の武器を叩き折り、間髪入れずに突き出した槍先が、後方にいた男の胸を貫いた


ミリアの剣が、風のような速さで男の胸を正確に貫いた。


「エミール、お願い!」


セレスの声に応じ、エミールが低い姿勢で前線へ滑り込んだ。


「任せてください!」


一人目の腕を斬り上げ、すれ違いざまに二人目の急所を裂く。

二刀流ならではの絶え間ない連撃に、ならず者たちは防御の隙すら見出せない。


「セレス、右だ!」


カイルが後方から鋭く指示を飛ばす。


セレスは地を蹴り、襲いかかろうとした大男の斧を軽やかな身のこなしでかわした。

そのまま流れるような動作で剣を払い、男の胴を一文字に斬り裂く。


武器を抜いてから、わずか数分。

街道に立っている盗賊は、すでに一人もいなかった。


ルナは興奮で肩を揺らしながらも、二の矢を番えたまま、じっと周囲を警戒し続けている。


「……ふう。ルナ、もう大丈夫よ。ありがとう」


セレスが歩み寄り、優しく声をかける。


ルナはようやく弦を引き絞る力を抜き、安堵からかその場に膝をついた。


「まったく、無駄な時間を食ったな。さっさと行こうぜ」


フェリックスは長斧槍ハルバードに付着した血を払い、肩に担ぎ直しながら吐き捨てた。


その言葉に促されるように、一行は再び歩み始めた。


***


セレス一行はルナの案内に従い、ついに森の入り口へと到着した。


「ここからなら、馬のままでも集落まで行けます」


ルナが入り口を指差して教える。密林というわけではなく、馬を歩かせる分には支障はない。五人の騎士と一人の少女は、さらに森の奥深くへと分け入っていく。


「公国の気配はなさそうね」


ミリアが周囲に目を配りながら、小声で告げた。


「この前の敗戦もあるしな」


フェリックスは槍を構えて周囲を警戒し、エミールは背後を気遣っていた。

セレスは、動きやすい革製の胸当てを纏い、ルナを自分の鞍に乗せて優しく声をかける。


「もう少しだけ辛抱してね、ルナ。もうすぐお母様に会えるわ」


ルナは小さく頷き、前方の開けた斜面を指差した。

「あの先を越えれば……母のいる集落です」


その言葉が終わらぬうちに、空気を切り裂く鋭い音が響いた。


シュッ!


鋭い風と共に、一本の矢がカイルの足元へ深々と突き刺さった。


「止まれ! 待ち伏せだ!」


カイルの鋭い警告と同時に、全員が即座に武器を構えた。


――ざわめきが、一瞬で殺気へと変わる。


周囲の木々が波打ち、影が躍り出た。

長耳を持つエレフィン族の戦士たちが、ある者は馬上から、ある者は木の上から、音もなく一行を包囲したのだ。


番えられた矢の先には、疑念と敵意が宿っている。


「人間め! 我らの聖域を汚すな!」


「待って! 私たちは敵じゃないわ!」


セレスが身を乗り出すようにして叫んだが、戦士たちの表情は硬い。


「そんな言葉に騙されるものか!」


ルナがフードをとって叫ぶ


「やめて! この人たちは私の命の恩人よ! ヴァシリアの軍を討ってくれた仲間なの!


エレフィン族の戦士は驚く


「ルナ様だ!」

「姫様!ご無事でしたか!?」


突きつけられていた矢先が、驚きと共に一斉に下げられた。


「ルナ!」


奥から、凛とした女性の声が響いた。


「お母様!」


ルナが弾かれたように返事をし、馬から飛び降りてその女性のもとへと駆け寄る。


カイルたちは、現れた女性の姿を静かに見守った。

他の戦士たちとは一線を画す、品格に満ちた佇まいのエレフィン族だ。


女性は娘を抱きしめ、無事を確認すると、一行に向き直って名乗った。


「娘のルナを、にっくきヴァリシア人から救ってくれたことに感謝する。私はシルヴァ族の族長、イルーシアと申す」


ルナは興奮した様子で、イルーシアにここまでの経緯いきさつを説明した。

セレスたちの圧倒的な強さ、そして公国軍が倒されたことを聞いたイルーシアは、驚きと共に、深く頭を下げた。


「事情は理解した。……知らずとはいえ、恩人の方々へ大変な失礼をした。ぜひ集落まで案内させてほしい」


セレス一行は、イルーシア率いるエレフィン族たちと共に、さらに深い森の奥へと進んでいった。

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