22 スライムを食べよう。野菜もりもりクシェル島うどん!
リタたちが拠点に戻ると、畑仕事をしていたメンバーが出迎えてくれた。
監獄島と違って調理担当の人間がいないから、みんなで話し合い、全員に必ず役目がまわってくるよう当番制ということになった。
今日の食事係はリタとフレイア。
任命されたものの、フレイアは困り果てていた。
剣の腕と体力なら自信ありだが、実は料理がからっきしなのだ。
「うう。みんなで交代というなら、やるしかない……。相棒が私ですまないなリタ。恥ずかしい話だが、料理ができなくてな。不味い代物になったら……私が責任を取って全部食べるから……」
スライムと戦うときは頼もしく勇ましかったのに、可哀想なくらい震えている。
「でーじょうぶだよぉフレイア。領主様がいろいろな食材を用意してくだすってるから。ほれ、今あるもんで何を作れるか考えよて」
今ある食材はたまご、燻製ベーコン、玉ねぎ、干しきのこ。油もある。匂いの感じからすると菜種油だ。そして調味料は岩塩、蜂蜜、味噌と醤油。ワインとビール、小麦粉もある。
「ふうむ。うどんにするかねぇ」
「うどん……。オーキナ国で近年流行している麺料理か。簡単に作れるものなのか?」
リタはクリティアが流行らせたんだろうなと察した。
「力のあるしょがおったほうがいいうどんを打てるて。ほれ、こうしてボウルに塩水と小麦粉入れて捏ねてくれな。フレイアが打っとる間に汁作るすけ」
「わかった」
フレイアは上着を脱いで腕まくりして、勢いよく捏ねていく。
「おお、えらい上手いなぁフレイア。うどん職人になれるてー」
「そ、そうか? ふふふ。良かった。これなら私にもできる!」
ダン! ドカ! ドス!
嬉々としたフレイアがすごい音を言わせて生地を打ちつけ、表面はどんどん滑らかになっていく。
無表情で真面目な子かと思いきや、かなりの脳筋だった。
「何してるの二人とも」
「変なもん作ってるんじゃないよな、リタ」
「うどん作っとるだけらよー。安心してまっとれー」
音にびびったエーデルフリートとエリオットがこっそり顔を覗かせる。
「本当に安心していいのか? キッチンが壊れそうな音がしているんだが」
「問題ない。きちんと任務遂行できる」
すんっと真顔で答えるフレイア。
キッチンを壊しそうと言われてちょっと不機嫌になっている。
「デル、ちょうどよかった。ニンジン一本収穫してきてくれんか。うどんスープに入れるすけ」
「おっけー。うどんってオーキナ国の食事処で食べたけど、ここでも作れるんだ。いいねぇ!」
エーデルフリートがすぐにニンジンをとってきて、リタはスープ作りに取り掛かった。
「ニンジンとスライムと干しきのこ薄切りにして……」
ベーコンとニンジン、スライムを薄切りにしてじっくり煮込む。
干しきのこはこの世界固有のきのこ。味と香りはしいたけに似ている。水で戻して出汁がでたら、きのこも細く切ってスープの具にする。
醤油と塩で調味する。
「うん、ええ味らわ」
スープができたらフレイアが打った生地を麺棒で伸ばして打粉をして、細く切っていく。
「たしかに麺に見える。こんなふうに作るのだな」
「あとはたっぷりのお湯で茹でるだけらよー」
「任せろ」
茹でてそれぞれの器に盛り付けて、スープをかけたら出来上がりだ。
「クシェル島うどん完成らよー! ほれフレイア、味見しておくれ」
リタは小皿にスープとうどんを乗せて、フレイアに渡す。フレイアは恐る恐る、くちをつける。
「……美味しい。干しきのこと醤油でこんなに深みのある味が出るものなのか。それにスライムも、煮込むと食材の味が染みてうまいんだな」
「干しきのこの旨味がにじみでるからなぁ。醤油ときのこは相性がええんらよ」
「リタは貴族だったなら、普段の食事は使用人がつくっていたのだろう? どこで料理を覚えたんだ?」
「なんとなくらなぁ」
週間料理雑誌やテレビのお料理番組などで覚えたものが多いが、この世界にテレビや料理雑誌なんてものはない。
テレビの構造やら原理を理解していないから、聞かれたところで説明できる自信がない。
大雑把にまとめた。
「もしかしてオーキナ国の食神の聖女のように、リタにも食神の声を聞く力が…………?」
"オーキナの食神の聖女"とはクリティアの二つ名だ。
神からの啓示を受けて和食を作った……ということになっている。
クリティアもまた、本やテレビで得た知識を"自分が一から考えて作った料理"とは言えないからごまかした結果、天からの啓示という勘違いをされて聖女の肩書が生えた。
説明するのが面倒くさいので、もうそういうことでいいんじゃないかという気がしてきたリタだった。
「そんなことより腹が減ったすけ、早よ食べよ。みんな、ご飯できたよー」
手分けして具だくさんうどんをテーブルに運んだ。
みんなでお祈りをしていただきます。
「あちち。わー、このプルプル歯ごたえのあるやつスライムなの? すっごい! 美味しい! 俺きのこ苦手だったんだけど、これうんまい! じゅるるるる!」
エーデルフリートがズルズル音を立ててすする。
隣に座っていたエリオットは眉をひそめる。
「音を立てて食べるなんて行儀が悪いぞ、エーデルフリート」
貴族のテーブルマナーならば、音を立てるのはマナー違反。しかし、うどんには音を立てるなのマナーは適用されないのだ。
「兄さんや。うどんは音を立てて食べてええ食べ物なんらよ」
「は!?」
「ずずず。はぁ。いいお出汁がでたからうんめぇわ」
リタも音を立ててうどんをすすり、スプーンで汁をすくう。
サラとゴードンもうどんを物珍しそうに食べている。
「スライムって案外美味しいのね」
「うむ。麺とスープの相性が良くて味わい深い」
ルーシーの分は肉抜きで作ってある。フォークでくるくる巻いて食べている。
「ふー、ふー。リタ、おうどんおいしいですぅー」
「そいつはよかったのう」
シンディは箸文化の国出身だから、慣れた様子でうどんをすする。
「スープのある麺もおいしいわねぇ。スライムって味がしなくて好きじゃなかったんだけど、こうして調理するとと味が染みるのね」
「大人んしょはこのあと酒も飲むかと思ってな、田楽も作ってみた。食べなせ」
リタはうどんとは別に用意しておいたスライム田楽を持ってくる。
コンニャク代わりに短冊状に切ったスライムを茹でて、味噌と蜜を煮詰めて作った味噌だれをかけたなんちゃって田楽だ。
「どれどれ。わ、甘じょっぱくて美味しい! お酒が進むわねぇ」
「わーい酒ー! つまみー!」
シンディとエーデルフリートが田楽をツマミにビールを飲みはじめる。エーデルフリートの横でミィが空いた皿を運ぶ。
「ゴードンもなじら?」
「職務中ゆえ飲酒は控えている」
「そうかぁ。なら田楽だけでも食べなせー」
リタにすすめられて、ゴードンは田楽を一本恐る恐る食べる。
「ふむふむ。これはたしかに酒に合いそうな」
「だよねぇ。スライムうまい! ゴードンさ、探索組に入るときスライム捕獲してきてよー」
「モンスターに出くわすのを期待するな。出ないほうが安全でいいだろうに」
酒の入ったエーデルフリートのテンションがいつも以上に高くなっている。
エリオットは賑やかなのに慣れないから、黙々とうどんを食べている。
「兄さんおかわりはいるかね」
「大丈夫だ。これで充分。……屋敷にいた頃とはだいぶ違うが、こっちのほうが楽しいし、美味しいように思うよ」
ミズローズ家の屋敷の食卓は、贅沢の限りを尽くした、三星レストランで出てきそうなコース料理が並んでいた。
食材の高級さではミズローズの屋敷のほうが格段に上だ。
ここにあるのは庶民の市場に並ぶ食材たち。
食材が高級かどうかなんて関係なく、エリオットはこの食事を美味しいと思ったし、賑やかなのが楽しいと感じていた。
「刑務のためにここにいるのに、おかしいよな」
「そんなことねぇさ。おれもみんなで賑やかに食べるのが楽しい」
ぎこちなく笑うエリオットに、リタも笑い返した。





