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act.63 失われた雷の記憶と、歴史の空白

「それじゃ、本題に入ってもいいか?」


 あらかた食事が済み、皆が思い思いに食後を楽しんでいる中、今回の目的である話を始めるイグナール。


「エルフリーデ、俺たちは君に聞きたいことがあってここに来た……」


 イグナールは雷に打たれた日のこと、マキナやその研究所での出来事を覚えている限り詳しくエルフリーデに伝える。彼女は終始、興味深そうにイグナールの話に耳を傾けていた。


「と、いうことなんだ」


 一通り話し終えると、彼女は顎に手を添え、深く考え込んでいる様子だ。


「風属性の魔法と水属性の魔法、そして炎属性を組み合わせ、天よりいかずちを降らせたという話は歴史にも残っています。しかし、その雷を属性として持ち、自在に操った魔法使いというのは初めて聞く話です」


 初めてカミラに尋ねたときも同じようなことを言っていた。もしかすると、彼女の知識はエルフリーデから来ているのかもしれない。


 魔法について話すエルフリーデは、イグナールに対しても堂々と話す。まるで性格が変わったかのようだ。研究者は、こと自分の得意分野になると饒舌になると聞くが、そういうことなのだろうか。


「結論から言うと、雷属性魔法というのは伝承や歴史には全く出てきません。いえ、まだそうした文献が見つかっていないと言うべきでしょうか」


 エルフリーデの言葉に、イグナールは落胆が隠せない。彼女の言い方は一縷の望みはあるものの、現状では「全く闇の中」という表現だ。


「または……何者かによって隠蔽されてきた可能性があります」

「隠蔽?」


 理解が追いつかず、彼女の言葉を繰り返す。


「はい。マキナさんの話が本当であるのならば、雷属性を持った魔法使いははっきりと実在していた。しかし現代には文献も含めて存在しないというのは、少し無理があります。あくまで仮説なのですが、誰かがその属性の歴史を覆い隠しているように思うのです」


 魔王討伐を目指し、雷属性の魔力を原動力にして動くマキナという戦闘人形が作られている。彼女が待機していた研究施設もその魔力を動力にしていた。施設自体は巧妙に隠されていたとはいえ、そうした研究が口伝や書物として残っていたとしてもおかしくはない。


「そして、その仮説に至った理由は、まだ他にもございます。それは私たちエルフ族に関わることであり、私が古代魔法の研究を始めたきっかけなのですが……」


 エルフリーデは神妙な面持ちで語り始めた。


「皆さんご存じの通り、エルフ族は長命なことで有名です。五百歳をとうに超えるエルフも存在します。しかし、記憶に関しては人族と大きく変わらないのです」


 人間はせいぜい八十年程度の寿命ではあるが、数十年前どころか数年前の記憶すらあやふやなところがある。五百年以上も生きる彼らでも同じことが言えるのであれば、百年や二百年前の記憶はないに等しいということだろうか。だが、きっと強く印象に残った記憶は、どれだけの年月を経たとしても残り続けるはずだ。たった十数年しか生きていないイグナールにはわからない感覚ではあるが……。


「私は幼い頃より魔法に強い関心がありました。これからの暮らしをより豊かにするため、いつまでも世界を脅かす魔王と戦うため、魔法のさらなる発展こそが世界を導くと……研究を始めたのです」


 人の暮らしにも欠かすことのできない魔法。すっかり日常に溶け込んでいる魔法。つい最近まで魔法を扱うことができなかったイグナールには、その意味が痛いほど理解できる。魔法の発展が暮らしの豊かさに繋がるのは間違いない。エルフリーデの志は立派なものだ。


「そして、研究を始めてぶつかったのが、六百年程前にあったとされる人魔大戦でした」


 人魔大戦……魔王と魔物の軍勢に、人間やエルフ、獣人などの数種族が力を合わせて立ち向かったと言われる戦争……だったと思う、とイグナールはその事柄を必死に思い出していた。


 もう何百年も前、大昔の出来事。ゆえに今を生きる者たちにとって、歴史に刻まれた話というより、おとぎ話のような感覚が強い。子供に魔物の恐ろしさを説く際に用いられることが多いのも、その原因なのだろう。


 その頃の文献や書物は現在ほとんどが消失していて、口伝でその存在があっただろうと推察できる程度のものでしかない。


「人魔大戦以前と、その後しばらくの魔法技術について記された文献はおろか、大戦を綴ったものさえもありません。おかしいとは思いませんでしょうか?」


 大戦によってほとんどが消失した、そうしたものを残すほどの余力がなかったなどという推察自体はあるものの、エルフリーデの言う通り不思議なことではある。


「当時を生きていたエルフに話を聞いても、全く覚えていない、当時を綴った物は残されていないと、人魔大戦の詳細を知ることはできませんでした」


 例え六百年もの歳月が経ったとしても、大戦の記憶なんてものは鮮烈で、強く印象に残り続けるものじゃないだろうか。そこが、彼女が言う「歴史の隠蔽」という事柄に繋がってくるのだろう。


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