act.58 朝の喧騒と、剣士の修練
「みんな、ごめんね。連れが来たみたいだから道を開けてくれる?」
モニカが男たちに促すと、渋々な態度を隠すような素振りも見せず、道を開けてくれた。モニカの一声で開いたむさ苦しい道を歩むと、鋭い視線とあからさまな不快を表す舌打ちが浴びせられる。
俺が彼らに何をしたというのか……。
せっかくの爽やかな朝を理不尽な怒りで穢されつつも、イグナールはモニカたちが座る四人席の一つに腰かけた。
――ドカッ!
座った瞬間、椅子を軽く蹴られる。
「ああ、すまねえな。足が当たっちまってよ」
全くもって謝罪の意図を感じられないが、穏便に済ませたいので、「お気になさらず」と畏まって返すイグナール。
「ねえねえ見て、イグナール!」
そんな男たちとイグナールの小戦争を全く意に介さず、モニカが嬉しそうにテーブルの上に広がる光景を自慢してくる。そこには朝食にしては量も質も豪勢なほどの料理が敷き詰められていた。
「私たちが今お金に困ってるって話をしたら、奢ってくれるって言うの! ルイーネのギルド員の人たちはみんな親切なのね!」
男たちは皆一様に後頭部へ手を回し、何度もお辞儀をしながらにこやかな笑顔をモニカに向けている。……と、彼女には見えているかもしれないが、イグナールから見ると鼻の下を伸ばし、デレデレしているようにしか見えない。同じ男としては、少し嫌悪するような気持ち悪さだ。
だが、彼らの気持ちもわからなくはない。ヴィクトリアはもちろんのこと、モニカの容姿も十二分に整っている。いつもの態度から子供っぽさが抜けきらないが、時折見せる成長の証には、イグナールも胸を高鳴らせるときがある。
しかし、モニカは男たちの親切を真に受け、彼らの好意をただの厚意だと受け取っている。彼女は育ちが育ちなため、こうした男たちへの免疫がない。一種の世間知らずとでも言おうか。ディルクたちと旅をしていたときは、そうした男の扱いに長けているデボラが、影ながら彼女を守っていたのだ。
そして、彼らと別れた後のバージスにいたときは、こんなあからさまな連中はさすがに存在していなかった。言っては悪いが、討伐ギルド員としての質が違うのだ。
一方、ヴィクトリアは……。
「ああ、喉が渇いてしまったのう」
「何か飲み物をお持ちしますね!」
「いやぁ、何から何まですまんのう」
間違いなく男たちの劣情を知って、この状況を最大限利用しようとする腹が見え見えだ。昨日ライセンスを取得したばかりで駆け出しのEランクである彼女ではあるが、その実力をイグナールはよく知っている。ヴィクトリアが横柄な態度をとって彼らを怒らせたとしても、この人数を蹴散らすのは正に朝飯前といったところだろう。
マキナは……いつも通りだ。無表情で愛愛想もなく、ただただ椅子に座っている。しかし、モニカやヴィクトリアより数は少ないが、男たちから熱い視線を浴びている。いや、その視線の温度だけならば、マキナへ向けられている熱の方が高いように思う。
こうしてイグナールは、彼らの好意の裏返しである嫉妬心を一身に浴びながらの朝食が始まった。
賑やかで暑苦しく、視線が痛い朝食がようやく終了した。イグナールが何かを口に運ぶたびに鋭く睨まれ、軽く椅子を蹴られる。「何でお前が食べているんだ」と皆が表情で訴えかけてくるのだ。確かに食事は美味かったが、なんとも肩身の狭い朝食であった。
エーミールとの約束は昼なので、女性陣を食堂に残して一人部屋に戻ることにする。朝起きたときは安心して眠ることができた部屋であったが、今夜からは無用な来客には気を付けたほうがいいかもしれない。
二階に位置するイグナールの部屋は食堂の喧騒とはかけ離れ、静かで小さな個室。外からはギルド員同士と思われる人たちの声が聞こえてくる。どうやら依頼のため、今から出発するようだ。朝なのでいくつものパーティが待ち合わせと出発をしているようで騒がしいが、気になるほどのものでもない。
おそらく昼頃には静かになっているだろう。
イグナールは部屋のベッドで横になり、精神を集中させる。自分の胸の部分から力を引き出し、体中に巡らせるイメージを繰り返す。迅速に己の魔力による身体能力強化を施す訓練だ。
魔法の訓練というのは、こうしたイメージトレーニングが非常に重要で、発動までの速さや精度に大きく関わってくる……と、モニカが言っていた。彼女が使うような魔法も扱いたいのだが、まずは自己強化魔法の練度を上げることを優先している。
剣を扱い、前線で戦う近接戦をメインとするイグナールにとっては、この魔法が生命線となる。クルトと戦った時の、奴への怒りによって飛躍的に向上した場面を思い出して頭に焼き付ける。感情の高ぶりによって出力の上がった魔法は、想定を遥かに超える力だった。
それをいつでも引き出せるように、修練を重ねなければならない。その状態での実戦訓練ができなければ、あの時のように己の力に振り回されることになるからだ。
ひとしきり自己強化のイメージトレーニングを終えた後、鞘から剣を引き抜き、両手で握った。今度は武器への属性付与の訓練である。
当初は剣に力を纏わせるイメージであったが、身体強化に慣れてきた今では武器を体の延長線と考えることで、展開の速さも精度も上がってきている……気がする。これと言った正解はないので、自分で探るほかないとモニカは言っていた。
彼女は基本的に後衛を務める魔法使いであり、近接戦闘を迫られたときは魔法で武器を作り出す。このため、武器への属性付与に関しては教えられることはあまりないということだった。なので、自分の中でイメージを固めていかなければならない。イグナールは地道なイメージトレーニングを繰り返した。
しばらく経った後、外が少し騒がしい。こんなことで集中を切らせてはいけないのだが、何やら揉め事に発展しているような雰囲気だ。トレーニングを中断し、窓から外の様子を確認しようとしたとき、扉がノックされる。
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