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act.57 研究所への約束

「そう言えば、衛兵の連中はどこじゃ?」


 ヴィクトリアに言われ、エーミールが呼んだであろう衛兵たちの影がないことに気が付く。


「それは……咄嗟についた嘘です」

「ほう、機転の利く坊主じゃのう。わらわはヴィクトリア・フォン・クレヴァリー。余計な手間をかけずに助かったぞ」


 イグナールにとってそれどころではない。彼は古代魔法の研究と言っただろうか?


「私はモニカ・フォン_ハイデンライヒ。エーミール、助けてくれてありがとう。それで、古代魔法の研究助手をしているのは本当なの?」

「え、は、はい!」


 エーミールは少し顔を赤らめ、言葉を濁しながら答える。


「実は私たち、その研究にすっごく興味があるの。実はバージスの討伐ギルドで受付をしているカミラ・ハーラーさんに紹介されてここまで来たんだけど……」

「カミラさんですか!? 懐かしいなぁ。カミラさんは数年前までここ、ルイーネでギルドの受付をされていました。その時に研究の手伝いにギルド員さんへ依頼を出していただいたり、とてもお世話になったんです」


 どうやら、カミラが紹介状を書いてくれた研究者というのは、エーミールが助手を務める人物のようだ。このような形で接触できるとは、世間とはなんと広く、狭いものなのだろうと思うイグナール。


「それじゃあ、その古代魔法を研究している人に会わせてほしいの。ダメかな?」


 モニカが優しくエーミールにお願いしてみる。彼の顔はまたも赤くなり、今度はその特徴的な尖った耳までも染まりつつある。


「それは構わないのですが……明日でもよろしいでしょうか? つい先程、新しい発見があって研究所も大慌てなのです」


 早いに越したことはないが、無理を言って迷惑を掛けるものでもない。それに本日は旅の疲れを癒やすため、早々に休みたいと思って宿まで来ていたのだ。是非もない。


「あぁ、俺たちもさっきルイーネに来たばかりで疲れているから丁度いい」

「そうね。それじゃあエーミール、明日案内をお願いしてもいいかしら?」

「はい! それではまた明日、お昼頃に迎えに来ます!」


 一行は「ありがとう」と言ってエーミールを送り出した。小さな体でルイーネの町の中を駆けて行く姿はとても可愛らしい。白衣を着ていなければ子供がはしゃいでいるようにしか見えないのは、本人には黙っていた方がいいだろうか。


 何はともあれ、早々にルイーネに来た目的を達成できそうで安心する一行であった。



 その日の夜は久々の柔らかいベッドの上で、気兼ねなく眠る幸せを甘受した。その後の野営でも、ヴィクトリアは警護にゴーレムを生み出してくれたが、あの夜のせいで安心して眠ることは難しかった。


 泥棒や強盗、町にある宿だからと言って絶対にないとは言い切れないが、精神的な疲れと閉鎖的な部屋が、夢も見せないほどの熟睡に誘った。


 翌日。朝の陽射しを浴びて、体が自然と起き上がる。体は軽く、少し埃っぽいはずの部屋の空気も清々しく感じる。これはただ、ちゃんとした宿にありつけただけではなく、本来の目的の達成も近いための心の余裕だろうか。


 もちろん今回だけですべてが明らかになるとは思っていないが、期待くらいはしても咎められないだろう。


 イグナールは自分の部屋を出て、宿屋に併設されている食堂へとやってくる。朝食を取りに来たギルド員で食堂内は結構な賑わいを見せている。おそらくギルド員になって間もない子たちだろう、真新しい装備を身に着け、わいわいと賑わしく相談をしている。


 彼らとは大して年齢も変わらないはず――むしろイグナールの方が若いくらいだ――なのに、その光景は初々しく微笑ましく見えるとイグナールは思った。


 そんな食堂内の隅には、一際賑わしい集団がある。こちらは先程の子たちのような爽やかさは皆無。筋骨隆々な男たちがひしめき合い、むさ苦しいエリアを形成している。いや、よくよく見るとその中には細身の者も混ざっているが、先の男たちのインパクトが強すぎて存在が薄く見えるだけだった。


 何にせよ、男ばかりの暑苦しい集団には違いない。もちろん、イグナールにはあんな男たちに混ざって朝食を取る趣味はない。だが、食堂で唯一空いている席はそのむさ苦しい集団の先にある。男たちの圧で誰も寄り付かないのだろう。


 仕方なく「すみません」と言葉だけの謝罪をしながら、男たちの脇を苦心しながら抜けようと努力する。


「もぉー! 遅いじゃないイグナール!」


 すると、熱気を放つ男たちの中心辺りから聞き馴染みのある声が聞こえてくる。

 いや、そんなはずはない。こんな筋肉で全てを片付けようとするような連中に知り合いは皆無だ。


わらわの連れが来たようじゃ。すまんのう、席を空けてやってくれるか?」


 こちらの声も聞き覚えがある。何より特徴的な口調だ。


「御主人様、こちらでございます」


 普段はマスターだとかイグナール様としか呼ばないのに、今に至ってはわざとらしく「御主人様」と呼ぶ声にも覚えがある。


 熱狂していた男たちは一斉にこちらを向き、皆が申し合わせたように鋭い眼光で睨み付ける。食堂内は少し暑いが、肝が冷やされ、やや寒くなった。

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