act.54 信念の所在、あるいは揺るがぬ答え
「でもヴィクトリア、パトリックは黒幕ではないんだろう?」
「恐らくじゃがな。奴の後ろにそそぬかした誰かがいるはずじゃ」
馬鹿な貴族を裏でそそのかし、何かを遂げようとしていた人物。いや、人物達か……。
「あの黒のローブの連中に間違いないだろうな」
クルト、ラウレンツ、イザベラ。奴らは何らかの組織だと見て間違いないだろう。そしてあれだけの実力を持つ連中が、三流貴族の使いっぱしりなわけもない。
「奴らの企みにパトリックが利用されたということか」
「そうじゃろうな」
そういうことならばパトリックもまた被害者ということにはなるが、己の私欲のため、人様に散々迷惑を掛けたことに違いはない。同情する気も起きないな。
「パトリックが心底愚か者だったことが奴ら最大の過ちじゃろうな。妾も以前より奴の行動を不審に思っておった。大した稼ぎもないくせに、妾への贈り物が急に高価になったり、恩着せがましく私兵を貸し出そうとしてきたり脳」
そんなことでヴィクトリアに迫ろうとしていたのか……。なんて愚かな道化なのだろう。
「じゃから、王国とは関係のない人間にパトリックの周辺を探ってもらおうと考えたのじゃ。ゴブリン退治という名目で人を雇ってのう」
それが彼女、ヴィクトリアが遺跡の町ルイーネを目指していた本当の目的ということか。彼女が言っていた「世話になるかもしれない」とは、こういうことだったのか。
「しかし、表の主犯であろうパトリックが捕まったのであれば、連中も下手な動きは出来まい。何を企んでおるかはわからんが、しばらくはクレヴァリー領も安全じゃろう」
「だから当分は帰らなくても問題はない。そして昨日の一件の贖いに俺達の旅の手伝いをしたいってことだな?」
「そうじゃ。お主らがよいのならばな」
こちらにとっては非常にありがたい申し出だ。戦闘においても、野営においても彼女の戦闘能力と魔法はとても役に立つ。これからどんなことが待っているのかもわからないイグナール達の旅には是非欲しい。
「まぁ、全てがお主らのためではない。同行した先々で、黒いローブの連中の情報が手に入れば、儲けもんじゃと考えておる」
勿論、異論はない。確かに今回はヴィクトリアを中心とした事件に巻き込まれたが、イグナール達にとっても奴らの情報は欲しい。特にクルトがあのまま大人しく引き下がるようには見えない。
また、どこかで会いまみえることになるやもしれない。
「俺はまったく異論はない。モニカはどうだ?」
「私も大歓迎よ!」
マキナの方も見たが、魚の焼き加減を見続けている。話は聞いていただろうが……主人であるイグナールに大人しく従うであろう。
イグナールはそんなマキナから二匹目の焼き魚を受け取り、かぶりついた。
それから身体の回復にもう一日費やし、万全の態勢でルイーネを目指した。ここらに巣くっていた盗賊は、先日ヴィクトリアが壊滅させたので至って平和な旅路であった。
「はぁ、やっと着いたな。遺跡の町ルイーネ……」
バージスからルイーネの道はよく整備されていて、本来は比較的快適な旅路だ。しかし、あの日(盗賊との一件)の出来事があったため、大変な旅だった印象が強い。
傷も癒え、体力も十分に回復した状態で出発はしたものの、心の傷はそう簡単に癒えてはくれないのだ。その後の野営も魚や干し肉は口に出来ても、新鮮な肉は喉を通らなかった。
モニカも同様であったはずなのだが、翌日には平気に肉を食していた。ヴィクトリア曰く「女子は流血に耐性を持っているものなのじゃ」ということだ。
確かに夜の森だったため、ヴィクトリアの前に無残に散って逝った盗賊達は見ていない。そしてイグナールが起きる頃にはヴィクトリアが彼らを丁重に埋葬していた。だが、咽び返るような血の臭いは、鼻腔の奥にまだ残っているようだ。
これは決して忘れるべきではないとイグナールは思う。今回はヴィクトリアがいてくれたから――彼女がいたから起きたことではあるが――助かった。盗賊達と戦ったとしてもイグナールが実力で劣ることはない。
しかし、本気で殺しにくる盗賊らと、人を殺したことのないイグナールでは、心のありどころに大きな差がある。そうなると単純な実力の差が生死を分かつものではない。
ただ生きたいと願うか、ただ相手を滅したいと願うか……どちらでも構わないが振り切る必要があるだろう。
クルトにモニカが傷つけられたとき、イグナールの中で初めて、人間に対する殺意というものが湧き出た。
しかし、それではダメだ。
大切な何かが傷ついた後では、大切な何かを失った後では遅すぎるのだ。昔、ディルクが言っていた「何のために力を揮うのか、考えてみろ」と……。
その時はいまいち彼の言っていることが理解できなかったが、今ならわかる気がする。例えばヴィクトリア。彼女が人間相手にも力を揮うことに戸惑わないのは、その「何のために」を持っているからだと思う。
では自分にとってそれはなんなのだろうか?
「ああ、今ならちゃんと答えが言えそうだよ……ディルク」
「ん? イグナール何か言った?」
「いや、何でもない」
「そう? ならいいけど、それより早く宿に行きましょう! お腹もすいたしね!」
ただ無邪気に笑うモニカを見ながら、イグナール一つの答えを導き出していた。
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