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act.53 貴族の愚行

「ん……痛ッ」


 目覚めたばかりではっきりとしない意識を、痛みが強制的に覚醒させる。体中が痛い。骨が軋むようだ。クルトとの戦闘で負った傷もあるだろうが、紫電の力を使った反動も大きいのだろう。


 それだけ強大な力だった。しかし勝てなかった。途中で邪魔が入ったとはいえ、イグナールもモニカの力を借りてようやくあそこまで追い詰めたのだ。


 イグナールは起き上がり、周りを見渡す。どうやらかなり眠っていたようだ。木陰の隙間から見える光が、現在は昼間であることを示している。


「気が付いたようじゃな」


 声のした方を向くとヴィクトリアが青いドレスに身を包み、たき火で魚を焼いているところだった。つい昨日にも見た光景ではあるが、どうにも慣れない。


「モニカは?」


 マキナはヴィクトリアの対面に陣取り、無表情で魚を見つめている。しかし、モニカは辺りを見ても見当たらない。


「何を呆けておるんじゃ? そこにおるじゃろ」


 そこで初めて、自分の膝に重みを感じた。イグナールの日常に欠かせない、欠いてはいけない蒼い髪。モニカがイグナールの膝を枕に眠っていた。どうやら彼が起き上がっても気が付かないほどに寝入っているようだ。


「モニカも命に別状はないとは言っても、十分重症じゃったんじゃぞ? 休めと諭してもイグナールを治すと言って聞かんでな」

「あぁ……」


 いつぞやのようにモニカの髪を優しく撫でる。しかしあの時にはなかった、心臓をキュッと締め付けるような息苦しさを感じる。それと同時にどうしようもないほどの愛おしさが、イグナールから湧き上がってくる。


 うつ伏せで寝ていたモニカが、髪を撫でられていることに反応したかのように寝返りをうつ。そこには気持ちよさそうに寝入る彼女の表情。まだ幼さが残るものの、その整った顔は女性からも男性からも可愛がられるに違いない。


 それに無垢な寝顔が相まって、より愛おしさを感じる。そしてイグナールは、誘われるように無防備なモニカの頬へと手を伸ばした。彼女が起きないように優しく指先で頬を弄ぶ。柔らかく潤った彼女の頬が指に吸い付いてくるような感覚。とても心地がいい。


 しばらくそうしていると、イグナールはもっと魅力的な箇所を発見する。艶やかに光るモニカの唇だ。ぷっくりと膨らんだそれがイグナールの心を刺激し、引き寄せる。


 触れてみたい。


 頬に触れていた手が離れ、唇に導かれるように迫っていく。


「くちづけでもしてみたらどうじゃ? お姫様は王子様のくちづけで目覚めると相場が決まっておる」


 夢中になってモニカに触れ、観察していたイグナールは、ヴィクトリアの言葉に体中をビクリとさせて我に返る。


「ん……」


 どうやらその振動でモニカを起こしてしまったらしい。眠たそうな目をこすりながら彼女が起き上がる。そのことに何故だかとても惜しいことをしたと、後悔を感じるイグナールだった。


「イグナール……大丈夫?」

「ああ大丈夫だ、ありがとう。そっちこそ大丈夫か、モニカ」

「うん、まだちょっと痛むけど大丈夫」


 モニカを襲ったクルトの蹴り。目の前でその威力を体感した今なら、あれでもまだ全力ではなかったと分かる。恐らくモニカの思わぬ反抗に焦って放ったのだろう。だからといって無防備なモニカの背中を打ったのだ。許せるわけもない。


「すまなかったな。巻き込んで……」


 いつにもなく暗い声と表情のヴィクトリア。短い付き合いだが、いやだからか、あの彼女がこんな表情をするとは意外にも思った。


 確かに昨日の出来事は、ヴィクトリアを起因とした争いに巻き込まれる形となった。彼女が決して悪いわけではない。ヴィクトリアのことは昨日今日しか知らないが、悪い人間には決して見えない。


 だが……ヴィクトリアに掛ける言葉が一向に出てこない。彼女が口を開いてからしばらく、小鳥のさえずりとたき火の弾ける音だけが聞こえる。


「黒いローブの連中、奴らのことは妾もよく知らん。じゃが奴らが言い残したパトリック・フォン・ベーデカーのことはよく知っておる」


 沈黙の後、口を開いたのはまたもやヴィクトリアだった。


「聞きたくないと言うなら構わんのじゃが。巻き込んでしまった手前、お主らはこの一件について知る権利があると思ってのう。それを聞いたうえで……妾もお主らの旅に連れて行って欲しいのじゃ」


 思わぬ申し出に驚くイグナール。彼の傍らにいるモニカも同様の心境のようだ。


「奴らの話が本当なら、妾は標的ではない。ならばもう襲われることはないじゃろう。それに、わざわざこちらに出向いた用事もなくなったようじゃからな。今回の贖いをさせてほしいのじゃ」


 ヴィクトリアがこちらを向き伺う。その瞬間――


 グウゥゥ。


 イグナールの近くで間の抜けた腹の虫が鳴いた。モニカがきょろきょろと当たりを見回しながら恥ずかしそうに頬を赤く染め、お腹を押さえている。


「ははは! おしゃべりの前に飯にするかのう。そろそろ魚が焼けるじゃろう」

「はい、焼き加減はばっちりでございます」


 マキナはただじっと焼ける魚を見ていたのではないらしい。木の棒に刺さり、美味しく焼けた魚を掲げ、心なしか得意げな表情を浮かべているように見える。


 イグナールとモニカはヴィクトリアとマキナがいるたき火まで移動し、マキナから焼きたての魚を受け取った。


 マキナが良い焼き加減に仕上げた魚を平らげ、腹の虫を治める。


「じゃあヴィクトリア、話を聞かせてくれ」


 一段落ついたところでヴィクトリアを促す。


「先程も話したパトリックとは……妾にしつこく結婚を迫って来ておった貴族、ベーデカー家の嫡子じゃ。じゃが、クレヴァリー家にとってベーデカー家など取るに足らぬ三流貴族。父上も母上も、そして妾もまったく相手をしなかった」


 それが今回の黒幕? ヴィクトリアの言い方だと、その貴族の嫡子にこんな大きな事件を引き起こすだけの度量を感じられない。


「そのパトリックがヴィクトリアの周りに起きた事件の黒幕なのか?」

「違うじゃろうな。奴にそんなことをしでかす度量も器量もありゃせんよ。ただ、渦中にいたのは間違いないじゃろう。ゴブリンの農作被害が出たころ、我がシュレー王国と食物の取引がしたいと言う商人らが殺到したのじゃ。それもベーデカー家の手引きでのう」


 食物の殆どを自国で賄っていたシュレー王国。それが食料危機に陥ったとなれば、そこで金が動く。金の臭いに誘われて来たのであれば見上げた商売根性ではあるが、それにしてもタイミングが良すぎる。


 そもそも、ヴィクトリアの言っていたゴブリンの件。いくら繁殖力の高い魔物であったとしても、一度国を挙げて殲滅しているのだ。それがすぐさま自然に湧いて出てくるなんて考えにくい。


「ゴブリンはそのパトリックが仕組んだこと?」


 横で二匹目の魚にかぶりつきながら口を挟んでくるモニカ。


「うむ。憶測じゃが、商人とパトリックが手を組み、今回の事件を起こしたと妾は踏んでおる」


 商人からすればいい商売相手を作り出し、儲けるのが狙いだろう。しかし――


「だけど、パトリックには利がないんじゃないのか? 自国を貶めて得るものが……」

「手引きした商人から、売り上げのいくらかを貰う約束をしていたのじゃろう。まあ奴にとってそんなものは副次的なものじゃ。パトリックの真の狙いはクレヴァリー家の没落」


 まさかとは思うが、パトリックという貴族はただヴィクトリアを手に入れるために、そんな国家反逆に相当する所業に首を突っ込んだと言うのか⁉


「馬鹿な……」


 素直なパトリックへの感想が口から零れていた。


「まったく、馬鹿な話じゃ。妾も信じられんよ。じゃが、黒いローブの連中は妾を生きたまま攫おうとしておった。そして、奴らの仲間であろうイザベラ……あの女から出た人物、パトリックを今回の事件と結びつけると、こんな馬鹿な話が浮かび上がるのじゃ」


 そんな大馬鹿の貴族のせいで昨日あんな目に遭ったと思うと非常に腹立たしい。

 目の前にいたのならば殴り飛ばしてやりたい。しかし、そんなイグナールよりも大きな被害を受けたクレヴァリー家、ヴィクトリアの方が心中穏やかではないと思うが……


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