act.52 紫電の果て
「イグナール君やったっけ? うちのもんが世話になったな。今日はここで引くけど、またいつか会う日を楽しみにしとるで」
「イザベラさん! 僕はまだやれます!」
腕の痛みを堪え、訛りの激しい彼女、イザベラに向かって抗議するクルト。彼女は引くと言ったのか? 撤退すると……。
「いやいやクルト、はようその腕直さなどうにもならへんで? ラウレンツ、クルトを頼むで」
「わかりました、姉さん……」
クルトと違ってラウレンツは従順だ。それが彼らの力関係を物語っている。彼女、イザベラはこの二人よりも強い。
「あと少しで、依頼達成なんです!」
なおも声を荒げるクルトに、イザベラはゆっくりと近付き――
――パンッ!
彼の頬をぶった。いや、そんな可愛らしいものではない。何故ならその衝撃でクルトはラウレンツの方へと吹き飛んだのだから。ラウレンツはそんな彼を受け止める。
「事情が変わった……あんたらの依頼人、あの阿呆がボロ出して捕まりよった。せやからそこのお嬢ちゃんを捕まえても受取人はおらへんし、報酬も貰われへん」
「……クソ!」
クルトは悪態をついた。最早、邂逅当初の知的で大人びた印象はどこにもない。素顔を晒した彼はイグナール一行の面々と同年代の青年であった。
「パトリック・フォン・ベーデカー」
今まで冷静に状況を確認していたヴィクトリアの表情が少し変わる。驚きといったような感じではない。むしろ納得したと言わんばかりだ。
「その顔はやっぱりって顔やな。まぁ賢いヴィクトリア嬢にはお見通しと言ったところやな」
事情を知らないイグナールにとっては何が何だかの状態だ。しかし今回のことは、ヴィクトリアと黒いローブの一団、そしてパトリックという人物の間に起きた騒動だということだけはわかった。
「ほな、さいなら」
こちらに背中を見せて森の中に入って行くイザベラ。それに付き従うように、クルトと彼に肩を貸すラウレンツ。茂みをかき分ける音がだんだんと遠のいていく。そして静寂な森へと戻った時、イグナールは大きな溜息をついた。
難は去った。その瞬間、体中から力が抜けて倒れる。
「イグナール!」
モニカの声が近くにいるのに遠くに聞こえるようだ。誰かが駆け寄ってくる気配もする。恐らくヴィクトリアか、モニカを背負ったマキナだろう。
イグナールの混濁した意識は、深い深い眠りの中にユラユラと落ちていった。
第三章 紫電の命運 ―完―
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