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act.51 死神はもう一人いる

 天から降り注ぐいかずちが如く、撃ち出されたイグナールは一直線にクルトへと迫る。モニカの放った水弾が奴の上空と左右から襲いかかり、逃げ場をなくす。前に出ても、後方に退いても猛然と迫るイグナールを回避することは不可能。袋のネズミだ。


「弱者のくせに……」


 弱者。圧倒的強者たるクルトからの言葉は事実だ。一人一人では絶対に勝つことができなかっただろう。しかし、今こうして力を合わせることで、クルトを追いこんでいるのは間違いない。


 イグナールは迷いなく、躊躇なく、手に握る剣を突き出した。


――パチン。


 クルトが指をかき鳴らす。すると奴を中心に風が発生し、瞬く間に暴風となって辺りを吹き飛ばした。モニカの水弾は暴風により飛散し、風の直撃を受けたイグナールは大幅に減速した。紫電と暴風がぶつかり合い、せめぎ合う。


「クソ! あと少し! あと少しで届くのに!」


 紫電の魔力を引き出し、さらに身体に纏わせる。地面を強く蹴り、もう一度加速を試みる。しかし、クルトを中心に激しく回転する風の防壁を突破することができない。減速、拮抗と状態が変化し、ついにはイグナールが押し返され始める。


 イグナールの魔力量は常人のそれではない。もしも拮抗した状態が続くのであれば、魔力量の差でクルトが押し負けるだろう。しかし、魔法自体の練度においてクルトはイグナールの遥か高みにいるのだ。


 どうする!?


 どれだけ粘っても押し返され始めた今、意味は薄い。かと言ってモニカに先程のような水弾を生成する魔力は残っていないであろう。そもそも、クルトがそれを許すはずがない。仕切り直しとなれば敗北は必至。


 だが、どうやって切り抜け――


「イグナール! 上よ!」


 モニカの叫びに上空を確認する。そこには未だ漂う水弾がある。


 そうか!


 風はクルトを中心に展開されている。奴のいる中心部分は渦巻く風の範囲外だ。クルトの上空、それがこの強力な風魔法唯一の死角。


 イグナールは上空の水弾を目印に跳躍する。紫電を纏い強化された脚力は、悠々と竜巻の目の上に彼を導いた。


「くっ!」


 風により捲れた黒いローブから、こちらを見上げるクルトの苦々しく歪めた顔が見える。その表情以上に、苛立ち、焦燥、諦観――彼から感情の激しい波が溢れ出し、こちらに伝わってくるようだ。


「うおぉぉぉ! いけぇぇぇ! っぐ!」


 イグナールは今度こそ、正真正銘のいかずちとなった。鮮やかな紫色の雷光を放ち、標的であるクルトに降り注いだ。


 間違いなくクルトの頭を貫き、絶命する一撃。奴が展開した暴風は掻き消え、静寂なる森へと返る。


 だが――


「うっ! クソ! この僕が、こんな奴らに!」


 取り乱したクルトの声が静寂を破る。イグナールの剣は地に深く突き刺さり、辺りを焼いている。そして傍らには肘から上だけの腕が転がっていた。その腕には短剣が握られており、クルトの右腕であることは明白だ。


 呆然とクルトを見上げるイグナール。彼の右腕の傷口は紫電の雷に焼かれ、大した出血はしていない。元から充満していた咽せ返るほどの血の臭いの中に、肉の焼ける臭いが加わった。


 こんな筈はない。イグナールは間違いなく、クルトの頭を狙った。躊躇なく、彼を殺すと覚悟して放った一撃。寸前で心が迷ったわけがない。外されたのだ。


「ぐっ!」


 剣を握る右腕に激痛が走る。そこには持ち手を合わせても手のひら程度の大きさしかない黒い短剣が刺さり、反対側からは切っ先が覗いていた。


 イグナールがいかずちとなってクルトへと降り注ぐ直前、何者かによって放たれた黒い短剣がわずかに狙いをずらした。結果、クルトの右腕を切り落とすだけになってしまったのだ。


「まだ、まだだ!」


 奴はまだ生きている。クルトの混乱に乗じてトドメを刺さねばならない。


――ガシャン!


 剣を落とすイグナール。剣を強く握っていた右手の指たちは小刻みに震え、力が入らない。先程の逆だ。心はまだ滾っているのに、身体が限界を迎え、悲鳴をあげている。


「貫け! アクアランス!」


 モニカの声が響き渡る。イグナールと彼女の考えることは同じだ。ここで奴を、クルトを殺さねば、自分達が殺される。だが、彼女の撃った水槍はクルトの直前で何者かによって掻き消された。


「クルト君を殺されるんは、ちょっと困んねんな」


 もう一人の黒いローブの男ラウレンツではない。ましてやクルトでもない。激しく訛った独特な喋り口。間違いなく第三者であろう女の声。恐らく、上空のイグナールの腕へ短剣を放った人間。


「あらら、クルト君もラウレンツもえらいやられてもうて」


 クルトらと同じ黒いローブを被り、飄々とした態度で辺りを見回す女。彼女の声は明るいが、イグナールにとっては死神の声に等しい。先程など比べものにならない絶望。小さく煌めく希望さえも飲み込む圧倒的な絶望。


 もう……ダメだ……

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