act.49 格上の間合い
紫電を纏って雷速で撃ち出されるイグナール。しかし、彼がその身に紫電を纏ったのは初めてだ。容易に制御はできず、クルトを横切り、剣の間合いからも外れてしまう。
「なんつー速さしてやがる⁉」
「しかしラウレンツ、彼はその力をうまく使えていないようです」
確かに速い。しかし制御できない力ほど、弱いものはない。早急に慣れなければ、いくら速くても手練れであろう二人に敵うわけがない。
「マキナ、モニカを頼む! ヴィクトリアはそっちの男を! こいつは俺がやる!」
ただ怒りに任せるな。怒りを力に変えるのは大事だが、決して振り回されてはいけない。俺が倒すべき男はこいつだ。
クルトに再び剣の切っ先を向け、睨みつける。これは宣言ではない。狙いを定めるためだ。
「ラウレンツ。ヴィクトリア嬢は頼みましたよ」
「あ、ああ。だがクルト――」
「ご心配なさらずに。確かに得体の知れない力ですが、問題ありません」
クルトは自信ありげにラウレンツに告げると、彼もそれに納得したのかヴィクトリアの方に向き直る。そしてクルトは黒いローブの中から先程と同型の短剣を取り出した。どうやら、それが彼の愛用する武器のようだ。
彼の持つ短刀の刃渡りは、イグナールの持つ標準的な剣の半分程度。リーチでは圧倒的にイグナールが有利である。しかし、クルトはくるりと短刀を翻すと逆手に持ち変えた。これでリーチ差は依然としてイグナールに有利だ。
対人間との戦闘……実戦としては初めてだが、ディルクから手ほどきを受けたことがある。武器を扱う人型の魔物との戦闘とも違う、人間と戦う方法だ。まず魔物と戦うときと同様、相手の武器を観察する。
クルトの持っている武器をもう一度よく観察する。両刃の刀身は鈍い銀色に光り、柄は飾り気のない機能性重視の短剣だ。
恐らくクルトの戦闘スタイルは短剣に頼ったものではない。先程モニカに繰り出した回し蹴りの威力と精度を見るに、体術こそが奴の武器と見ていいだろう。
ガイィィィン‼
お互いを観察し合うクルトとイグナールを急かすかのように、硬質な物体同士が激しくぶつかり合う音が響いた。
先手で駆け出したのはクルト。辛うじて目で追えるほどの速さで距離を詰める。クルトは短剣を握る右拳を振りかぶる。イグナールの鼻っ面狙いであろう大振りの攻撃。
外に逃げれば短剣の餌食……そうイグナールは判断を下し、奴の内に入るように身体をずらす。余裕を持って避けたと思ったが、クルトの拳はイグナールの左頬を掠り、皮膚を削り飛ばす。
あんなものをまともに受けていれば、頭蓋骨の粉砕は免れないだろう。
さあここから反撃――瞬間、イグナールの下顎に衝撃が走る。
イグナールの下顎を襲った衝撃の正体は、クルトの左から繰り出されたショートアッパーだった。短剣の刃を恐れ、内側に入ったことにより、彼の左の間合いに入り込んでしまったのだ。
視界がちかちかと歪む。意識を飛ばされるほどの威力ではなかったが、面食らったのは間違いない。だが連撃を喰らうのはまずい。
イグナールは後方に飛び退き、間合いを取る。しかし、こちらの体勢を整えさせまいとクルトが迫る。紫電の身体能力強化によって速さを手に入れたとはいえ、脳が即座にその速さに適応したわけではない。
高速戦闘にまったく追いつかない思考が、逆に邪魔をしているようだ。
現状、イグナールにとってクルトは完全に格上だ。実力も戦闘経験も、人を殺す覚悟も。そんなイグナールが頭の中をこねくり回したところで、この状況を打破する妙案が浮かぶはずがない。
考えれば考えるほど、勝てないという事実が如実になるだけだ。だから――
イグナールは目を瞑り、全身の神経に集中する。考えるな、感じ取れ。己だけを信じろ。
すると右斜め上方向からゾワリとした感触を感じた。得体の知れない初めての感覚ではあるが、直感でそれが危険だと全身が警告を発した。その身体からの声に素直に従い、姿勢を低くする。
目を開け上方に視線をやると、クルトの左足が頭上を通過している途中であった。先程まで頭があった部分を、空気の壁を切り裂くような音を鳴らしながらクルトの蹴りが捉えていた。
間近で見たからわかる。間近で見たから感じる。あんなものをまともに貰えば昏倒では済まない。良くて頭蓋骨粉砕。最悪、大輪の血の花が咲くことだろう。
だが、大振りの左回し蹴りが外れた今、クルトは無防備な状態と言える。必殺と言っても過言ではない一撃を放ち、それを外した衝撃もあるはずだ。
イグナールは剣を強く握り、クルトの胸めがけて突き上げた。頭や首を狙う方が確実だろうが、命中の面で見ればこちらの方がいい。欲張るな。胸でも腹でも突き刺されば、それは致命に足り得る。
もう一人の男、ラウレンツがモニカのように優秀な回復魔法を持っていなければの話ではあるが……
足のバネを限界まで縮ませ、紫電を纏い、下から降り注ぐ雷と成れ。今の渾身をぶつけろ。
剣の切っ先がクルトの胸を貫く――そう確信した。
だが、その切っ先は彼を貫くことはなかった。それどころか、どんどんクルトが遠くなっていく。
どういうことだ⁉ 奴は動いているようには見えないのに!
――ドン‼
イグナールは後方の木にぶつかった瞬間、クルトが遠のいたのではなく、自分が吹き飛ばされたのだと、ようやく気が付いた。
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