表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/83

act.48 奪われた静寂

 黒いローブの男達に背後から静かに近づく物体は、彼らに気取られないよう慎重にその距離を詰めていた。次の瞬間、スライムのように蠢いていた球体から生まれるように拳大の球が二つ排出され、弾けたように短刀を持つ男に襲い掛かる。


 背中への直撃は免れないと思ったが、男はすんでのところで回避した。気配を放たず、物音すら立てず、不意に襲い掛かった球を避ける身のこなしと瞬発力は特筆すべきものだ。しかし、唐突なことで華麗に避けたとは言えない。


 体勢を崩されたところに第二の球体が男に襲い掛かる。男は咄嗟に短刀を突き出し応戦しようとするが、それこそが謎の球体の、彼女の目的である。


 いつどこで仕込んだかは不明だが、それは紛れもなく彼女――モニカの魔力で生み出された水弾だろう。


 水弾は男の手に命中し、持っていた短刀を弾き飛ばした。


「クルト!」


 モニカを拘束し、今まで全く声を発しなかった影が口を開く。低めの声で、どうやら今まで交渉をしていた男の名前らしい。


 クルトと呼ばれた黒ローブの男の短剣を弾き飛ばした水弾は、そのままの勢いで低い声の男へと迫る。


「クソッ!」


 モニカを拘束している男は右手だけを離し、水弾を弾き飛ばそうと払った。しかし、その手は空しく水を切っただけで、水弾の勢いは止まらない。水弾は先に飛ばされた水弾と合わさり、男の口元を覆い隠した。


「大丈夫か! ラウレンツ!」


 クルトが相方の影を呼ぶ。だが、ラウレンツは口元を水で覆われ、呼吸ができない状態になり、パニックを起こしていた。予期せず生命活動に不可欠な空気を遮断されるのだ。どれだけ訓練や経験を積んだ人間であっても、落ち着けと言う方が難しい。


 その隙をついてラウレンツの手から逃れたモニカ。しかし、その背後にクルトが迫る。


「危ないモニカ!」


 叫ぶイグナール。だが、この距離では彼女を助けることができない。頭は今の状況を把握するので精いっぱいであり、体は硬直したままだ。だから警告を発することくらいしかできなかった。


 だがその警告も意味はなく、クルトの身体全体を使った恐ろしいほどの回し蹴りが、逃げ行くモニカの背中を襲った。鈍い音と共にモニカの身体が真横に吹き飛ぶ。このままでは堅い木に激突す――


「モニカ!」


 木に激突する直前のモニカをヴィクトリアが抱き留める。しかし勢いは殺しきれず、一本の木を激しく揺さぶった。


 モニカを拘束していた男、ラウレンツの口を覆っていた水がどろりと溶けるように形をなくす。黒いローブの男達の背後にあった巨大な水弾も同じように形をなくし、地にぶちまけられた。


 これは生みの親であり、操者であるモニカが水弾を維持することが困難になった証拠だ。クルトの放った蹴りは凄まじいものだった。


「ヴィクトリア! モニカは⁉」

「大丈夫じゃ。命に別状はないじゃろう。今は気絶しておるがの」


 それを聞いて一安心したいところではあるが、敵がそんな時間をくれるとは思えない。この状況から奴らがイグナール達を見逃すような優しい選択はないだろう。


 今まで出くわしたことがないような強敵を前に身体が震える。剣を持つ手が震える。抜いた剣の刀身がかたかたと震える。正直、怖い。


 モニカは彼女の意思でヴィクトリアを守りたかったのだろう。だから自分の命も顧みず、危険な賭けに出たのだろう。


 なら……俺がそれに応えてやらないでどうする! 彼女が必死で切り開いたこの状況を無駄にできるものか!


 黒いローブの男達、クルトとラウレンツを睨み付け、剣を強く握る。震えは止み、その切っ先は倒すべき、殺すべき敵を捉えた。


 恐怖はある。モニカの気持ちを汲んであげたい。だが、それ以上に奴らを許すことができない怒りが身体中に広がっていく。


 俺の大切な仲間を、俺の大切な幼馴染を、俺の大切なモニカを――傷つけたお前を許さない。


「殺す‼」


 イグナールの人生で初めて口にした言葉。人に対して放つ言葉としては最上級に強い言葉。虚勢や威嚇ではなく、本気の言葉。


 俺に力があれば、モニカは傷付かなかった!

 俺に力があれば、人質に取られることなんてなかった!


 魔王討伐? 憧れの勇者ディルクに追いつく? 大切な人も守れない俺が? 彼女の危機をただ見ているだけしかできなかった俺が?


「『紫電の力よ、俺に力を貸せえぇぇぇ!』」


 自身の内から魔力を取り出す詠唱が、心を乗せた叫びがイグナールに眠る力を呼び起こす。


 紫電の魔力は彼を覆い、剣に帯びて輝きとなす。燃え続けるたき火とは別の光源となって森を照らし出した。


 暗い森の中で紫電が迸る。


「何なのですか貴方は⁉」


 クルトの口調に焦りの色が混ざる。紫電の属性など、見たことも聞いたこともないだろう。何より、扱う本人さえまだよくわかっていないのだから。


 イグナールは地面を強く強く踏みしめ、紫電を纏った身体を……撃ち出した。

読んで頂きありがとうございます!

この作品を「良かった!」「続きが気になる!」と思ってくださった読者様は

ブックマーク登録や下にある『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ