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act.47 反抗の瞳

「あぁ、もちろんそこの少年も、メイドの貴方も動かないでくださいね。君達のお仲間が大事ならね」


 気が動転してわからなかったが、どうやら影の正体は黒いローブを被った男らしい。声が中性的な上、ローブから見える体の線も細いため、推測の域を出ないが。


 短剣の切っ先がモニカの白い肌を裂き、鮮血が流れ出る。モニカの表情が微かな痛みに少し歪む。少しでもモニカが暴れれば、男が手を下さずとも、その切っ先は容易に彼女の命を奪うだろう。


 モニカの首の肌を傷付ける程度の浅さで、短剣の切っ先はぴたりと止まっている。これだけでも短剣を持つ影の実力が高いことを示している。何よりも人の命を、指先の動き一つで奪える立場にあって一切緊張の色がないというところが、いかにその男が人の命を奪ってきたかを物語っている。


 きっとモニカは奴らにとって大事な人質ではない。奴らはその気になれば軽々と彼女の命を奪うだろう。今の状況は、奴らにとって唯一ではなく、数ある選択の中から適当に選んだものに過ぎないように思う。


 なぜなら、ヴィクトリアにとってのモニカが人質としての価値があるか疑問であること。そしてあまりにも刃が近い。モニカの抵抗を歯牙にもかけていないからだ。


「それでわらわになんの用じゃ。お主らが盗賊の一味で、金品が欲しいなどというわけではなかろう。……誰かに雇われたのか?」

「ご推察の通り。さすがはクレヴァリー家の令嬢だ。私達の雇い主は、貴方を生け捕りにしろなどと中々の無理難題を申しつけられました」

「ふん、まるで殺すならば簡単とでも言いたげじゃのう」

「いえいえ、貴方ほどの実力者を殺すなど簡単ではありません。不可能とも思いませんがね」


 頭から被ったローブの中で唯一見える口元が歪んでいく。どうやら嘲笑でも浮かべているようだ。


「ですが、生け捕りという契約ですので少し趣向を凝らしてみました。お楽しみ頂けたでしょうか?」


 彼らとヴィクトリアの間に何があるのかはわからない。唯一イグナールが分かっていることがあるとするならば、そのいざこざに巻き込まれ、モニカに危険が迫っているということだ。


「つまり、モニカと妾を交換ということじゃな? それで妾が捕まった後、彼らが無事解放される保証は誰がしてくれるんじゃ?」

「全くもってありませんね。ただ、現場での裁量は私達に委ねられています。その場の人間を殺すも生かすも私達次第。そして私達は依頼で殺しをしても、無益で殺しをするような人間ではありません」

「妾が大人しくしておれば解放する、と考えてもいいんじゃな?」


 またもや男の口元が静かに歪んでいく。


 ローブを被った男の言葉が信用できるはずがない。そもそも金さえ貰えば人も殺すと堂々と言ってのける人間を信用できる方がおかしい。奴はただ遊んでいるだけなのではないだろうか。


 自分が圧倒的な立場にあることをいいことに、ヴィクトリアを観察して楽しんでいるのではないだろうか。


 かといって、今のイグナールに状況を打開できる術は持ち合わせていない。この交渉においても差し出せるものなどない。唯一ヴィクトリアが大人しく奴らに捕まることだけが、モニカを救う方法かもしれない。


 イグナールは黒いローブの男から目を離し、ヴィクトリアを見る。彼女の瞳の奥から思考が読めないだろうかと観察してみる。もちろん、何もわかるはずがない。ヴィクトリアは恐ろしく無表情だ。逆にイグナールは彼女にどう映っているだろうか。


 きっと無様で情けない、無力な人間が映っているに違いない。


「よかろう。短い付き合いじゃが……モニカ、彼女をわらわは気に入っておる」


 溜息をつき、全身を脱力させるヴィクトリア。奴らに抵抗の意思はないと示しているようだ。持っていた大剣を手放すと、瞬く間に地面へと還っていった。地表におびただしい血痕を残して。


「話が早くて助かります」

「ならばその短剣を引いてくれんか? 彼女も怖がっておるじゃろ」

「そうですね。私も正直このままの姿勢を維持するのは疲れます。手元が狂ってしまっては、せっかくの目論見が水泡に帰すことでしょうから」


 イグナールは再びモニカと黒いローブの男達を見る。現状でモニカを離してくれるわけではないが、突き付けられた短剣が彼女の首から離れていくのを見てほっとした。


 違和感。それはちょっとしたことだった。


 ヴィクトリアには悪いが、イグナールの優先順位はもちろんモニカだ。だから、ヴィクトリアが奴らの申し出に大人しく従う意思を見せたことで、狭まっていた視野が一気に広がった。


 だからこそ分かった。捕まっている彼女、モニカの目がおかしいと……彼女の瞳から垣間見えたのはヴィクトリアに対する哀れみでも、自分の無事を確信した安堵でもない。


 立派に反抗の意思を称えた、強い目だった。


 そして、暗い森の奥で蠢く影。球状であろうとするも、不規則に変形を続ける巨大なスライムのような物体。


「すまんが、この格好のままではさすがに……のう? あの土塊の小屋にドレスがあるのじゃが、取って来てもよいか? 妾の逃亡を考えるのであれば、代わりに取って来てもらっても構わんぞ?」


 ヴィクトリアは向かって左側を指さし、男達もその小屋を確認した。


「ふむ、構わないでしょう。貴方が取ってきてください」


 しばらくの逡巡の後、黒いローブの男は答えた。

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