act.46 血塗れの舞踏
ヴィクトリアと変わらないほど巨大な土塊の大剣を振り回し、彼女は美しく舞う。振り下ろせば相手が手にする武器も含め粉砕し、薙ぎ払えば木々と共に両断する。人間とはこんなにも脆い生き物であっただろうか。
肉を裂くたびに土塊の大剣は紅く、紅く染まる。それは血を飲めば飲むほど、斬撃のスピードが増し、鋭く研ぎ澄まされていくように感じる。
先程まで窮鼠のごとしと言わんばかりに気概を示していた盗賊達。しかし今はもう見る影もない。ただただ、己が蹂躙される順番を待っているだけのように見える。断頭台に並ばされた死刑囚。恐怖という縄に縛られ、大人しくしている。
どちゃりと、それなりの物量と水が混じった物が地面に落ちる音がした。それは下半身から切り離された人間だったもの、男だったもの。その目はただただ虚ろだった。空虚だった。何も映し出してはいなかった。
目にしたくないのに、目が行ってしまう。
切断面が荒い。獣の牙にかけられたような凄惨さである。ヴィクトリアの持つ土塊の大剣は難なく人を切り裂いているというのに。熟練の名工が鍛え上げた剣のごとき切れ味を、今イグナールの前で振るっているというのに。
ヴィクトリアの大剣は相手を切っているのではない。切れ味が優れているのではない。ただ単純な膂力をもって引き裂いているだけなのだ。
昼間見た彼女のゴーレムはすごかった。たった一撃で屈強な男を葬った場面に興奮すら覚えた。そして同時に、彼女と戦うことになってしまった場合、どう対処すればよいかなどと心の片隅で考えていた。
だが、今はそんなことを考える余地はない。
ヴィクトリア・フォン・クレヴァリー、彼女は正真正銘の化物だ。本物の化物を目の当たりにした人の行動とは、膝をついて恐怖すること以外許されないのだ。
時間が経つにつれて増えていく人間だった物。時間が経つにつれて濃くなっていく血の臭い。視覚が胃を焦がし、臭いが頭を酔わせる。
そして、イグナールは胃の奥から込み上げてくるものを我慢することができなかった。
「う、おぇぇ……」
もうほとんど原形を留めていない魚と、ウサギが飛び出した。口の中に不快な酸っぱさと臭いを残し、大地にぶちまけた。一度堰を切って溢れたら、もう止まらない。胃の中を洗浄するかのように全てを吐き出す。
その苦しさからなのか、自分の情けなさからなのか、気が付けば視界を歪めるほどの涙が出ていた。
人が死んでいく。悪人だから、悪人でも、そんな倫理観を争う暇もなく。刻一刻と人が死んでいく。こうやって地面に伏して胃の中をからっぽにしている間も人が死んでいく。
盗賊なんてものはいつの時代も一定の数いた。
しかし、二年間の旅で出くわすことはなかったのだ。その二年間に対峙したのは魔物だけだった。人を殺したことはおろか、こちらに殺意と悪意を抱いた人間と剣を交えたことはない。これも勇者ディルクの名声ゆえである。
ここに来てまた実感する。俺達はそういった意味でもディルクに守られていたのだ。悪意ある人間との邂逅から、人を殺す機会から……
敵は何も魔王だけではない、魔物だけではない。この先も人間に自分達の命を脅かされない保証などどこにもない。そんな時、剣を振るえるだろうか。誰かを守るために誰かを殺す覚悟ができるであろうか。
今もなお、俺達を守るために剣を振るっているヴィクトリアのように。
「クソ! クソ! どうして助けに来ない……契約違うぞ……」
呻いているのは商人だった男だ。ヴィクトリアに手を潰され、強く地面に叩きつけられた男だ。幸い――と言ってもいいのだろうか――地面に倒れているおかげでまだ生きていた。
助けに来ない? 契約?
彼は一体何のことを言っているのだろうか。単純に考えれば、それは盗賊とは関係のない第三者を示唆していることになる。そもそも、こんな事態――ヴィクトリアに蹂躙される――は予測できたはずだ。
昼間、彼女が見せつけた絶対的な力の差を見ているのだ。客観的に見てもあれは演技などではなかった。確かに彼らの考えた奇襲は途中まで上手くいっていた。ヴィクトリアがそれを上回る力を持っていたため瓦解したが……
そもそも彼女が生み出したゴーレムはどうした? あの盗賊達でどうにかなる代物ではなかったはずだ。
「キャアア!」
隣で聞こえる叫び声、モニカだ。
イグナールは起き上がり、彼女のほうへと振り向いた。そこには上半身が何かで抉られたかのような跡をくっきりと残したゴーレムの残骸が転がっている。位置的に見て、あれはモニカを守っていたゴーレムだ。
その隣にはモニカ自身と、男とも女とも判然としない影が二つ。一方の影がモニカを羽交い絞めにし、一方の影がモニカの喉元に短剣を突き付けていた。
「さて、そろそろ止まってもらおうか。ヴィクトリア嬢」
「貴様……何者じゃ。モニカを離すのじゃ!」
「おっと、貴方が今命令できる立場にあると、お思いですか?」
土塊の大剣に、下着に、金糸で編んだような美しい髪に、盗賊達の返り血をたっぷりと浴びた暴風がぴたりと止まる。
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