act.45 奪う者、狩られる者
「やめておけ。今日会ったばかりの妾に、人質としての価値があるとでも思っているのか?」
「それはどうかな? 見ず知らずの人間の頼みを聞くお人好しだぜ?」
奴の考えに賛同するのは非常に腹立たしいことではあるが、たった一日の付き合いではあるものの、目の前でヴィクトリアを見殺しにできるはずがない。
「おっと、さっきの質問に答えてやるよ」
――ピュゥゥイ‼
男は空いている左手で口笛を吹く。それは静寂とした暗い森に響き渡り、ざわつかせる。しばらくすると、茂みをかき分けて剣や斧を持った男達が現れる。年齢や持っている武器、身に着けている衣服や防具、アクセサリーに至っても統一感はない。
こいつらは昼間、ヴィクトリアに襲い掛かり、見事返り討ちにあった盗賊達だ。
つまり、ヴィクトリアを人質にしている商人だった男は、盗賊の仲間ということになる。大方、奪った物品を金に換えるために町へ行く最中だったのだろう。その途中でいいカモ――イグナール一行とヴィクトリア――を見つけた。
「悪いな兄ちゃん、野郎には身ぐるみ剥いで死んでもらう。女どもは変態に高く売れる。まぁ、ちっと味見もさせてもらおう」
ベースを囲む下賎な男どもは、ヴィクトリア、モニカ、マキナをなめ回すような目線で眺めつつ、騒ぎ立てる。
「それよりもお嬢ちゃん、こんな格好で今からお楽しみだったかい?」
下卑た笑みを浮かべ、ヴィクトリアを空いた手で弄る商人の男。下着の上から尻を揉みしだき、腹を伝い乳房に手をかける。ビスチェの上からでも、男の力加減に合わせて変形し、吸い込んでいるように見える。
こんなことをされれば誰でも生理的嫌悪感に表情を歪め、これからの自分の身に起こるであろう出来事を想像し、恐怖するだろう。
しかし、依然ヴィクトリアの顔は冷静だ。むしろ呆れていると言ってもいい。
「はぁ、どうやら妾の見立ては間違っておらんかったようじゃな。しかし、ここまで下種な連中じゃと安心じゃのう」
「どうしたお嬢ちゃん、恐ろしくて気でも触れたのか?」
「昼にも同じことを言われたのう。心配せんでも妾はいつも通りじゃ」
――直後、ヴィクトリアの手が、男の短剣を持つ右手の手首を掴む。
「クソッ! 大人し――なんだ! うごか」
べきりと木の枝をへし折ったような音が聞こえた。男は苦痛に顔を歪め、ヴィクトリアの表情には感情らしいものが見当たらない。
彼女の華奢にも見える手が男の手首を折った。いや、握りつぶしていた。
ヴィクトリアを人質にしていた盗賊の一味は負傷した手を押さえ、後退する。森の中に逃げ込もうという魂胆だろう。しかし、ヴィクトリアはそんな男の首根っこを掴み、地面に叩きつけた。背中を強打し、肺にある空気を強制的に排出される。
その際、どこかの内臓が破損したのだろう。血と唾液が混ざって口から流れ出た。
その光景を見て、先程まで一様にせせら笑っていた、辺りを囲む盗賊達の反応は様々だった。一目散に逃げ出す者、武器を構え直す者、何が起こったのか理解が及ばず呆けている者。
「すまんが、情けをかけるつもりは毛頭ない」
盗賊達に向けて放ったその言葉は、イグナールの背中を凍らせるほどの冷たい声だった。
ヴィクトリアが手のひらで地に触れると、イグナール達のいるベースの遠くから地響きがした。それに続き、彼女の足元から複数の腕が伸びてくる。それは三体のゴーレムとなった。武器を構え直し、戦闘の体勢でいた盗賊達はその光景を見て、じりじりと後ずさりを始める。
よく見ると、手足を震わせている者もいる。昼間の光景を思い出したのだろう。
恐らく各々が頭の中で、必死になって逃げる算段を立てているのだろうが、そこに絶望的な報せが届く。
「壁だ! 土壁で塞がれてるぞ!」
初めに逃げ出した盗賊の一味の情けない声が聞こえる。先程の遠くから感じた地響きは、その壁を作った際のものだったのだろう。
ヴィクトリアの「情けをかけるつもりは毛頭ない」というのは、ここから誰も逃がさないということらしい。ヴィクトリアという狩人と、盗賊団という獲物達の狩りが始まる。その場から逃げ出すという選択が、すでに剝奪された狩りだ。
さすがの盗賊達も状況を飲み込んだ――飲み込まざるを得ない――のか、再び武器に力を込め、抵抗の意思を見せる。しかし、それは全てがヴィクトリアに向かうものではない。イグナール一行達にも向けられる。
「すまんな。できうる限りお主らは守る」
ヴィクトリアによって召喚された三体のゴーレムが、イグナール、モニカ、マキナの元へとやってくる。彼らは盗賊達を駆逐するために造り出されたものではないらしい。彼女の剣ではなく、イグナール達の盾として生み出されたのだ。
ならば、ヴィクトリアは盗賊達とどうやって戦うというのだろうか?
その答えはすぐさまわかる。彼女が再び地に手を触れると、そこからヴィクトリアと同じ身の丈ほどもあろう土塊の大剣が生み出されたのだ。それをまるで重さを感じさせずに振るうと――
「さぁ、覚悟するんじゃな」
盗賊達に向けて死の宣告を放った。
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