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act.40 閑話お悩みモニカちゃん②

 平民の出ではあるものの、英雄と評されるまでとなったバッハシュタイン家。彼らとのコネクションを持つために群がる貴族は多く、モニカの家、ハイデンライヒ家も例外ではない。そんな折、同じ年頃の子供がいると引き合わせられたのが、イグナールとモニカの初めての出会いとなる。


 当時モニカ八歳、イグナール九歳のことだった。


 モニカが彼に抱いた第一印象は「なんだこの生き物は」であった。幼い頃から、貴族の立ち振る舞い、魔法の知識を叩き込まれていたモニカからすると、イグナールという少年は自分とはまったく違う別種の生き物に思えたのだ。


 何と言っても自由。綺麗な衣服を泥だらけにしながら、バッハシュタイン家の大きな庭を駆け巡るイグナール。いまだに属性も発現せず、魔法に関する知識は皆無。こんな様子でバッハシュタインという家はどうするのかと、子供ながらに――恐らくこれから長い付き合いになる――他家の心配をしたものだ。


 両親から「仲良くするように」「バッハシュタイン家の御子息に失礼なきよう」と言われ、彼と二人きりにされ、底知れぬ不安を抱いていたモニカ。怖いもの知らずのイグナールは、庭に植えられた中でも一際大きい木を登り始める。


 危ないと諭すモニカに大丈夫と元気に返事をして、するすると登っていく彼をひやひやしながら見ることしかできない彼女。そして、予定調和のごとく、木から転落するイグナール。


 彼の安否に、気が気ではないモニカ。いくらイグナールの自業自得とはいえ、バッハシュタイン家の御子息の危険を黙って――忠告はしたが――見ていたのでは、両親にどんな叱責を受けるか分かったものではない。


 だが、そんな心配そうに見るモニカに、イグナールは満面の笑顔で返す。彼は空中落下を存分に楽しんだようだ。幸い擦り傷程度で済んで安堵する。それと同時に苛立ちと怒りがモニカの中で湧いてくる。


 そんな中でも冷静に、これはイグナールに、引いてはバッハシュタイン家に恩を売るチャンスではないかと思い至り、彼の衣服が破れ、鮮血が流れ出る膝小僧に水回復魔法をかけてやった。


 モニカから生み出された水が傷を覆い、汚れや血を洗い流し、傷口を癒していく。


 そんな光景に目を輝かせながら凝視する彼が言ったことを、今でもモニカは忘れることができない。


「すごい! すごいね、モーニカ!」


 それはモニカの両親からは絶対に出ることがないだろう、まったく飾り気のない称賛であった。この程度のことは名門ハイデンライヒの一人娘にはできて当然。できないことが恥である。叱られ慣れたモニカが初めてもらった称賛の言葉。


 それは彼女の頭に羽が付いたかのようにふわふわとした浮遊感を与え、胸をキュッと締め付けた。生まれて初めて味わう感覚に、モニカの両目から涙が零れだす。


 叱られたわけでもないのに、悲しいわけでもないのに、悔しいわけでもないのに……余計に叱られるからと、いつからか自ら封じ込めた涙が止めどなく流れ出す。


 まったく制御が利かない涙と初めての感情に混乱し、強引に目を拭うも、ただただ袖を濡らすだけで一向に終わりが見えない。今まで溜め込んできた涙が噴き出すようだった。


 突然泣き出したモニカを見て、心配そうな表情を浮かべ慌てふためく少年イグナール。だが、モニカにとってそれは逆効果だった。溢れる涙は収まることを知らず、彼女はもうそれを止める努力をやめた。


 流れた涙だけ、自分の気持ちが綺麗になっていく。そんな気分になったから。そんな自分を見てオドオドしているイグナールを見るのも心地いい。散々人の気持ちをかき乱したのだ。


 ようやく涙が止まり、気持ちが落ち着いてきたモニカを見て彼は言った。


「大丈夫? モーニカちゃん」

「モニカ」

「え?」

「モニカって呼んでいいよ」


 もしも友人ができたのならば、呼んでもらおうと思っていた愛称だった。


 今までハイデンライヒ家の当主になるために、ただやらされるだけだった魔法の勉強と訓練。それはイグナールとの出会いから変わることになる。彼に褒めてもらいたい、ただ単純に「すごい」と言わせたい。


 そう思うだけで、魔法を学ぶことが、未知を学ぶことが楽しくなった。


 出会うたびに新しく覚えた魔法を披露し、彼から「すごい!」の一言をもらう。それが彼女の原動力となったのだ。しかし、年々彼の言葉は元気をなくしていった。モニカの魔法をキラキラした瞳で楽しんでいたイグナールは過去のものとなっていった。


 そんなある日、バッハシュタイン家のもとにケーニヒ王国から選ばれた勇者ディルクが訪れることになる。モニカ十四歳、イグナール十五歳のことであった。


 どういった経緯かは詳しく知らないが、イグナールが旅に出ることを知ったモニカは、両親の反対を押し切り、家出同然で彼らに同行することになる。モニカを顧みず、ハイデンライヒ家にしか興味のない両親のもとにいるのが嫌だったのもある。


 イグナール自身は覚えていないかもしれないが、彼の一言に救われ、彼女の人生を明るく照らしたのは間違いない。そんな彼の助けになりたかったのもある。


 しかし、何よりもイグナールに会えなくなることが、モニカにとって一番怖かったからだ。


 色のない子供時代を彩ってくれたイグナールに恩を返すために。身心ともに成長し、気が付いた、気が付いてしまった確固たる気持ちのために……彼女の旅が始まることになった。


 そして、彼らと過ごした二年と、イグナールとともに歩み出したここ数日。ヴィクトリアと出会った。女性から見ても素直に綺麗だと言える魅力あふれるヴィクトリア。


 かつての仲間、デボラよりも年が近いのもあるだろうが、そんな彼女とはまた違った大人の女性の魅力を持つヴィクトリアだからこそなのか、同年代の女子との会話を新鮮で楽しいと言ってくれたからなのか……


 モニカは、彼女が抱えた大きな悩みを、今日出会ったばかりのヴィクトリアに牽制の意味も込めて相談しようと考えた。


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