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act.38 土塊の寝床

 取れたての魚と新鮮なウサギの肉――荷物運びはイグナール一人――を持って、モニカやマキナが待つベースに戻った。彼女たちは野営の準備として、たき火と木を輪切りにした椅子を四つ用意して待っていた。


 マキナが手ごろな倒木を解体し、モニカが魔法で水分を抜いて薪にする。火を付けるのには炎属性の魔力を宿した魔石を使う。いつもそんな食卓を彩るのは硬いパンと塩辛い干し肉だが、今日は違う。


「何々それ! すごいじゃないイグナール!」


 瞳を輝かせ、モニカがイグナールの持った荷物を見る。これを得るのに自分が貢献できたのは、せいぜい帰りの荷物運びくらいで、ヴィクトリアがすべてを成したと言ってもいい。


 にもかかわらず、真っ先に称賛の言葉をもらって少し居心地の悪さを感じるイグナール。


「いや、これは全部ヴィクトリアが獲ったものだ。狩りが得意と言うのは本当だった」


 彼女がいかにして獲物を取ったかをモニカに話してやると、尊敬の眼差しをヴィクトリアに向ける。


「ヴィクトリアすごーい!」

「褒めてもこれ以上なんもでんぞ? それに狩りなんぞ、何よりも経験がものを言うもんじゃ。一朝一夕でこなされては狩人が泣くというものじゃ」


 ヴィクトリアはイグナールを気遣い、少しフォローを入れてくれたのだろうか。まあどれだけの経験を積んだところで彼女のようになれるとは思えないが……


 その後、魚とウサギの肉をたき火であぶり、マキナを除く三人で全てを平らげた。久々に膨れた腹を抑えながら、食事の余韻に浸るイグナールとモニカ。食欲を満たした後は、心地よい睡眠欲に襲われる。


 たき火を見ながらコックリコックリと頭を上下に揺らし始めるモニカ。それを見てヴィクトリアが動き出した。


「さて、そろそろ寝るとするかのう」

「ああ、モニカと先に眠ってくれ。火の番と見張りは俺とマキナがやっておく」

「それではそうさせてもらおう。しかし、イグナールも眠ったほうがよいぞ。見張りはわらわが何とかしよう」


 彼女はそう言うとスカートを捲り上げる。その光景にモニカがギョッとして目を見開き、ヴィクトリアを凝視する。一応のマナーとして――ヴィクトリアは全く気にしないだろうが――イグナールは目を逸らした。


「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』『母なる大地よ、我に守護を与えたまえ』クリエイト・ゴーレム」


 魔法の詠唱でもういいだろうとヴィクトリアに振り返ったイグナール。彼女の手から小さな魔石――透明感のある黄褐色――が零れ落ちた。それはまるで水に落ちるように土の中へ落ちていった。


 しばらくするとその地面が盛り上がり、形を成していく。これがヴィクトリアが話していた自立型のゴーレム作成なのだろう。人の形となった魔石入りの土塊に周囲の警戒を命令すると、のそのそと森の中に入っていく。


「奴ならそこら辺の獣や魔物には負けんよ。それが二足歩行の魔物でものう」


 二足歩行の魔物……ヴィクトリアの言っているのは恐らく野盗などの悪意ある人間のことを言っているのだろう。彼女の作るゴーレムの強さは昼間の出来事をもって頭に焼き付いている。


 対峙したときは威圧感に飲まれそうになったが、味方として守護してもらえるならば単純に心強いものだ。


「これならばイグナールもゆっくり休むことができようぞ」

「何もかも世話になって……ありがとうヴィクトリア」

「礼などいらん。それよりも夜の相手でもせい。ウサギの肉を食うとどうも身体が火照ってのう」


 ヴィクトリアは人差し指を口に当て、品定めでもするように舐めるような目線をイグナールに送ってくる。たき火の灯りで彼女の唇が艶めかしく照らし出される。


「ダメダメダメダメ‼ そ、そういうの良くないと思います!」


 ヴィクトリアの目線を遮るように、彼女とイグナールの間に入ってくるモニカ。両手をブンブンと振り上げて邪魔をする。


「ハハハ! 冗談じゃ。やはりモニカをからかうのは面白いのう」

「も、もう!」


 ヴィクトリアに向けて膨れっ面を見せるモニカ。傍から見れば仲の良い姉妹のように見える。まあモニカがいいように遊ばれているようにも見えるが……


「すまん、すまん。詫びとして妾が寝床を提供しようぞ」


 彼女はまたもやしゃがみ込み、地面に手を当てると触れた土がスライムの様に蠢き始め、膨れ上がる。様子を見ているとその土は小屋へと姿を変えた。出入り口には扉もなく、窓が嵌っているわけでもない。しかし、外観は立派な小屋である。地べたで無造作に眠るよりもよっぽど快適と言えるだろう。


「こんなものまで作ることが出来るのか……」


 圧巻の一言である。土属性魔法使いが身近にいなかったため、確かに知識は乏しい。しかし、それを差し引いても彼女の力は驚くべきものだろう。いまだヴィクトリアという人物としても、魔法使いとしても底が見えない。


「まあ、狭苦しいのは許しておくれ。それでは寝床に着くとするかのうモニカ」


 彼女とモニカは土塊の小屋の中に消えた。と思ったらヴィクトリアがひょっこりと顔だけを出してこちらを見る。


「夜這いはいつでも歓迎じゃぞ?」


 悪戯っぽい表情を浮かべてヴィクトリアはすぐさま消えた。小屋の中からモニカの叫び声が聞こえる。これもイグナールというよりも、モニカをからかっている行動の一つだろう。


「はぁ……それじゃあ火の番を頼んだマキナ」

「畏まりました」


 彫像のように立ち、三人の食事を俯瞰していたマキナがたき火の前に座る。イグナールは手ごろな木にもたれ掛かり、目を閉じた。


 ヴィクトリアが生み出したゴーレム、古代の戦闘人形マキナ。下手な宿屋よりも安全な野営である。イグナールは安心して深い眠りへと意識を投じる。

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