act.37 当たらずとも遠からず
茜色に染まった小川の水面を眺める。垂らした釣り糸に変化がないかを観察し続ける。釣り糸を垂らしてからは、両者ともに黙ったままだ。小川のせせらぎ、虫と鳥の声。森の声だけが静かに聞こえる。そんな静寂を破ったのは――
「マキナ……と言ったかのう」
ヴィクトリアだった。
「深い事情があるならば、別に聞き流してもらっても構わん。妾も伏せておることがあるからのう」
神妙な面持ちで話を続けるヴィクトリア。どうやら彼女の興味はマキナにあるらしい。
「あれは誰が作ったゴーレムじゃ? お主か? それともモニカか?」
「なっ⁉」
彼女に、マキナが人ならざる者だと看破されていた。その事実に目を見開き、驚きの表情を浮かべることしかできないイグナール。見抜かれたことにもだが、ヴィクトリアという第三者の一言で、彼女が本当に自ら言っていた通り戦闘人形であることが確定してしまったからだ。
頭ではわかっていても、あまりにも人間と変わらないマキナを、どうしてもそう思えなかった。
「最初は小さな違和感じゃった。しかし、一日そばで観察してようやくわかったのじゃ。あれが何者かに造られた存在じゃとな。まあゴーレムというのはあてずっぽうじゃ。土塊だけであんな代物は、どう頑張っても作れんよ。じゃが……当たらずといえども遠からずじゃろ?」
ヴィクトリアに隠すことはない。行動を共にしているイグナールやモニカにも、マキナの存在は謎が多いのだ。イグナールは彼女にすべてを話した。マキナのことはもちろん、イグナールが雷に打たれ紫電を纏ったことや、その力を知るためにルイーネに向かっていることを……
「にわかには信じがたいことじゃが……マキナという存在が、すでに妾の常識を超えた存在じゃからのう。それを突き付けられたのなら、信じるしかないというものじゃ。しかし、他属性の魔力を糧に動くゴーレムとはのう」
「さっきゴーレムというのはあてずっぽうだと言ったが、やはりゴーレムなのか?」
ヴィクトリアのゴーレム発言は、ただかまをかけただけに過ぎなかったと自分で言っていたのだが、イグナールの話を聞いて考えを改めたのだろうか。
「いや、まだわからんよ。妾の知るゴーレムとは大きく異なるからのう。じゃが、根底にあるのは同じじゃと思うぞ。魔石を核にし、簡単な命令を繰り返す自立型のゴーレムは、妾も幾度となく作成したことがある。マキナの核が魔石とは限らんが、これこそ当たらずとも遠からずじゃろう」
命令を順守する自立型のゴーレム。確かにマキナの根底にはそういった特性があると思う。だからといって、もの言わぬゴーレムとマキナを同じに見るには、やはりまだ抵抗がある。
一通りの会話の後、ヴィクトリアは考え込むように黙ってしまった。マキナについての推測を巡らせているのだろう。しかし、釣り竿に反応があったときはすかさず動き、魚を釣り上げる。彼女の自信が、命令を忠実に実行するゴーレムのようだと思った。
小川での収穫は、大人でも十分に腹を満たせるほどの魚を三匹――すべてヴィクトリアが釣り上げたものだ。それまでイグナールの釣り竿はピクリとも反応しなかった。同じ道具で、さほど変わらぬ条件だったと思うのだが……この違いはなんなのだろうか。
「さて、下処理して引き上げるかのう」
そう言うと彼女はスカートをたくし上げる。すっかり日が沈み、月明かりがヴィクトリアの脚を照らし出す。月光にさらされた彼女の肌は、男の視線を吸い込んでしまう、そんな妖艶さがある。イグナールは生唾を飲み込み、名残惜しくも視線を逸らす。
彼女の脚には数本のナイフと、小さなポーチのようなものが見えた気がする。釣りに使用した針と糸の出どころが判明した。
ヴィクトリアはナイフの背で魚を撫で、鱗を落とし、小川に浸けて腹を開いて内臓を取り出した。ディルクに教わり、イグナールもやったことはあるが、あんなに手際よくは無理だ。しかも月光だけを頼りにそれを成すヴィクトリアの技術には惚れ惚れする。
あっという間に三匹に下処理を施し、植物のツルを使ってまとめ上げる。
「罠が発動した気配がしておる。妾が様子を見てくる故、お主はここで待っておれ」
「あ、ああ」
ヴィクトリアは魚をイグナールに渡すと、躊躇なく暗い森の中に入っていった。正直、イグナールは一人でこの森に入り、無事目的地に着く自信はない。
だが、彼女ならばなんの問題もないだろう。今までの行動からもそうだが、その――胸元同様、大胆に背中を見せるドレスの――背中が頼もしく見えたからだ。
しばらくすると、暗い森から動く影が見える。月光にさらされ、姿を現したのはやはりヴィクトリア。右手には茶色いウサギがぶら下がっている。ぐったりとして動く気配はない。すでにトドメは刺されたのだろう。
「魔物は害をなすから殺す。動物は食うために殺す。自分らのために殺すのはどっちも一緒だ。少しでも慈悲の心があるなら、苦しまないように殺れ」
昔、獲物を捕らえて殺すことに迷いを示したイグナールに、ディルクが言った言葉だ。恐らくヴィクトリアならば、なんの迷いもなくやってのけたに違いない。彼女からは勇者ディルクのような心の強さを感じたからだ。
いくら強い力を持っていたとしても、理由なく振り上げたならば、それはただの殺戮なのかもしれない。自分の力を揮う理由、意味。その振り上げた力に――剣にどんな思いを乗せるのか……それが、一撃の重みとなるのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、ウサギの内臓は取り除かれ、皮をはがされ、立派な肉になっていた。
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