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act.36 森の声を聞く者

 目の前には森と森を分断するように小川が流れていた。ヴィクトリアはこれを探していたのだろう。イグナールには水音などまったく聞こえなかったが……。


「すごいな……どうやって見つけたんだ?」


 先程彼女は、音を拾っていた。その時イグナールも注意して聞いてみたが何も聞こえなかった。常人にはない異常な聴力を使って小川を見つけたと言われても納得できる。


「別にすごい能力を発揮して見つけたわけではないぞ?」


 イグナールの考えていることを見透かされたようで少し怖くなる。


「ほれ、あそこに生えとる植物、あれは十分な水分が無いと育たんのじゃ」


 彼女が指さす方向にはどこにでも生えていそうな雑草が鬱蒼と茂っている。イグナールでは他の植物と一切の見分けが付かないだろう。


「その植物を好んで食す虫の声、その虫を食す鳥の声……(わらわ)は森の声を聞いて案内してもろうただけじゃ」


 事も無げに言うヴィクトリアだが、彼女の言う森の声を聞くにはどれだけの知識と経験が必要になるか、イグナールにはわからない。


 おもむろに地面にしゃがむヴィクトリア。またもや動物の巣穴でも発見したのだろうか。彼女の目線の先を見ると土がポコポコ湧きあがっている。まるで水の中から空気が逃げ出していく光景に似ている。何かしらの魔法を行使したのだろう。


 するとその中から長細く、茶色をした紐のようなものがうにょうにょと湧き出てきた。ミミズだ。モニカなら卒倒していたかもしれない。イグナールは子供の頃、土いじりなどをして幾度も遭遇したことはある。


 一匹ならまだしも、数匹がまとまっているところは見るに堪えない。ヴィクトリアはミミズ同士が集まり、球状になった物体をむんずと掴み上げる。


「ほれ、エサを捕まえたぞ。仕掛けを作る故、持っておいてくれ。逃がすでないぞ」


 それをイグナールの手元まで持ってくる。彼の心は嫌だと叫びつつ、半分反射のように両手を皿にして受け取る。


「ヒィ‼」


 瞬間、手のひらの皮膚をウゾウゾと這いずり回るミミズたち。視覚の気持ち悪さを遮断するためと、逃がさぬように手を閉じる。彼らはイグナールの手を逃れようと狭い手の中を所狭しと探索する。


 指と指の隙間に頭をねじ込もうとしている感触がこそばゆくも非常に不快である。ガッチリと隙間を埋めているにもかかわらず、必死なミミズたちの脱出は力強い。


「頼むヴィクトリア……早くしてくれ」

「なんじゃ、情けないのう。もう少し待っとくれ」


 それからどれ程の時間がたっただろうか。時間にして数十秒程度であろう。しかし数匹のミミズが蠢くのを、手のひらで感じている時間はもっと長かったように思う。


「準備完了じゃ。イグナール、もうよいぞ。ここに置いとくれ」


 ヴィクトリアの指定した場所に手を開けてミミズたちを落とす。手の檻から解放された彼らを待ち受けていた運命は熾烈を極めた。一目散に逃げようとするミミズをヴィクトリアが掴み上げ、引きちぎっていく。


「この規模の川に住む魚なら、まるまる餌にすると大きすぎるからのう」


 ミミズを拾い上げては躊躇なく引きちぎっていく彼女の手際は恐ろしく早い。手慣れているの言葉に尽きる。


「ん? 最初からそうするなら、俺の手に預ける必要はなかったんじゃ?」


 素朴な疑問を口にして、ヴィクトリアの表情を窺い見る。もしかすると……


 すると彼女は口元だけをゆがめ、邪気たっぷりの笑顔を作った。その表情から察するにヴィクトリアはただ単にイグナールをからかっていたのだ。もしかすると準備をしている最中も、彼がミミズと悪戦苦闘する表情を見て楽しんでいたのかもしれない。


「おっと、勘違いして貰っては困るぞ。餌は新鮮なほど良いからな。ほれ、見てみよ」


 彼女の言われた通りに視線を送ると、ミミズが細切れにされてもなお、のたうち回っているところだった。数匹だったミミズが分裂して数十匹に増えたおぞましい光景。


 そんな光景でごまかそうとしているが、彼女がイグナールをからかって遊んでいたのは事実だろう。何故ならば、彼が何も言い出さないうちに先手を打ってきたのだから。だがヴィクトリアの言い分――餌は新鮮なほど良い――もわからないでもない。


 イグナールはもやもやとした気持ちの発散先を探し――


「はぁ……」


 深い溜息として吐き出した。


「なんじゃ。そんな暗い顔をしとると魚も寄ってこんぞ?」


 ヴィクトリアの手には木の棒が二本握られている。その先端にはいつの間にか糸と釣り針が取り付けられている。手ぶらに見える彼女は一体どこからその道具を取り出したのだろうか。依然として動き続けるミミズの一部を湾曲した針の先に突き刺し、針の先端に施された返しで固定する。


 何度か外れないように確認してから、小川の中に投げ込んだ。小さな波紋は川の流れに掻き消され、すぐさま消える。


「ほれ、お主も手伝わんか。釣果を上げるには人海戦術じゃ」


 木の棒の簡易的な釣り竿を渡される。イグナールは彼女を真似てミミズの破片を取り付け、ヴィクトリアから少し離れたポイントで小川に垂らす。


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