act.35 自然の知恵
「いやぁ、モーニカはなんとも愛いやつじゃのう。妾に妹がおったらモーニカのような子が良いのう」
先程散々に叩きのめした相手を、妹だったらよかったと語るヴィクトリア。女性には低めと思われる声色が限界まで高くなっている。彼女は現在とても上機嫌なのだと感じるイグナール。
ヴィクトリアはアレか、好きな子はいじめてしまうタイプの女性なのだろうか? それとも単にサディスティックな一面があるだけなのだろうか。
ヴィクトリアの見え隠れする新たな表情について考えつつ、森の中を彼女の後に付いて歩く。太陽は今だ健在ではあるものの、背の高い木々に阻まれ、その力は森の奥までは及んでいない。にもかかわらず、道なき道を歩き続けるヴィクトリア。
ふわりと咲いた花のようなドレスの裾を、茂みや背の低い木の枝に引っかけることなく進んでいく。それらが、ヴィクトリアのために道を開けているのではないかと錯覚するほどに淀みなく歩を進める彼女。
その後を追うイグナールの衣服には木の葉や、どこから拾って来たのかもわからない蜘蛛の巣などが絡みついている。
「すごいなヴィクトリア……どうしたらそんな風に進めるんだ?」
研究所を目指す際に、マキナも森の中を堂々と直進していた。しかし、それはただ目の前にある障害を障害と認識していないような強行軍である。ヴィクトリアは森の歩き方を知っている、熟知していると言った感じだ。
「それは経験じゃよ。幼い頃、父上に連れられてよく森を駆けたものじゃ」
恐らく狩りが得意というのもその父親から学んだことなのだろう。イグナール自身やったことはないが、上流階級の貴族は趣味として狩りに興じることがあるらしいが……ヴィクトリアの動きは趣味で留まる領域には見えない。
暗い森には不釣り合いのドレスで進む彼女は、現実との乖離具合がお伽噺の主人公のようだ。
そう思っていると、前方を歩いていた彼女が忽然と消え去る。
「――⁉ ヴィクトリア?」
突然のことで狼狽えるイグナール。姿を消した彼女も心配ではあるが、彼女に何かあった場合、ただ後を付いてきた自分は無事にヴィクトリアを連れ帰ることが出来るかも心配だ。
「イグナール、こっちじゃ」
声がした方を見る。ヴィクトリアは別に消えたわけではない。その場にしゃがんだためにイグナールの視界から外れただけだった。彼女に言われた通り、隣まで近づきしゃがむ。そして、無言で指さす方向を見ると木の下に穴を発見した。
大人の頭がすっぽり入るくらいの穴だ。
「どうやらウサギの巣のようじゃな。今の時間帯は外に出とる頃じゃろう」
「こんな半端な時間にか?」
もちろんイグナールは動物のことには詳しくない。ただ漠然と人の尺度からこんな半端な時間から行動を開始することに疑問が湧いたのだ。
「奴らにとっては昼も夜も敵だらけじゃ。だからそやつらとなるべく出くわさんような時間を選ぶ」
昼に行動し、夜目の利かない動物はもう眠る時間だろう。そして、夜に紛れる者たちにとってはまだ少し明るい。捕食者に出くわさないことで自然の中を生き抜く生活リズムである。だが、それも人間相手には通用しないようだ。
「もう少ししたら巣に戻るじゃろう。罠を仕掛けておくぞ」
そう言うとヴィクトリアは巣の前の地面に手を触れる。
「『我に眠りし力よ、我が意思に従え』」
淡く地面が光り、そして程なくして何の変哲もない土へと返る。
「よし、さっさと離れるぞ。今この時、巣の主が帰って来たら捕らえられんからのう」
「あ、ああ」
ヴィクトリアが何か魔法を使ったのは確かなのだが、どんな効力があるのかはわからない。彼女が罠を仕掛けると言ったので、恐らく特定の条件を満たすと発動する条件型の魔法なのだろう。
生活を支える魔法というのはいくつもあり、イグナールも知識としては知っている。しかし、狩猟で使われる魔法は未知だ。モーニカのためにも成果が出ることを祈りながら、さっさと歩きだした彼女の後を追う。
日が暮れつつある森の中、ヴィクトリアははっきりとした目的地があると言わんばかりに、前を進んでいく。すでにイグナールは迷子も同然だ。彼女を見失えば、朝まで立ち往生せざるを得ない。なので必死でヴィクトリアの背中を追いかける。
子供が親の背中を追いかけるように。
――ドンッ‼
イグナールは何かにぶつかった。柔らかくもあるが、まるで地の深くまで根を張った木、そんなイメージを抱かせる。それは突然立ち止まったヴィクトリアの背中だった。
「っつ、すまない」
イグナールにぶつかられたヴィクトリアはよろめきもしない。そして、イグナールがぶつかったことを全く意に返していないようである。彼女は耳に手をあて、音を拾っているようだ。
試しにイグナールも耳を澄ませてみるが、虫の声や鳥の声が微かに入るだけだ。静寂と言ってもいい。まさか、ヴィクトリアは虫を探しているのだろうか……虫は非常に栄養価が高いとは聞くが、出来ることならば一生お世話にはなりたくない。
「ふむ、こっちじゃ」
再び歩き出したヴィクトリア。彼女の足取りが更に速くなる。しばらくして、森が開ける。彼女が何を探し、見つけたのかがイグナールにもわかった。
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