act.34 野営の準備
農作物を荒らすゴブリンの被害。彼女は自領で国一つを賄うほどの食料を作っていたと語っていた。これが本当であるのならば、それは個人の問題ではなく、王国を揺るがすような大問題である。
だからこそ、ゴブリン退治に国が討伐隊を編成したのだろう。それでも解決できていないのが現状ではあるのだが……しかし、繁殖力が高いゴブリンと言ってもそれだけのことをしても全滅に至っていないのは不思議なことだ。
「それでルイーネの討伐ギルドに依頼を出しにいくの?」
んーと唸るヴィクトリア。イグナールが振り返ると、モニカの質問にヴィクトリアは渋面を浮かべている。そんな表情でも綺麗だと思えるほど、魅力的な彼女は日の光で輝く自身の髪をいじりながら、何やら思案している。
国の存亡を賭けたゴブリン退治を経ても駆逐できないのに、わざわざルイーネまで依頼を出しに来るであろうか。
「ふむ、そこは国家の機密というやつじゃ。先程会ったばかりのお主らに軽々しく話せることではない」
彼女が隠していることは気になるが、言いたくないのならば仕方がない。イグナールも困っているとはいえ、先程会ったばかりの彼女に肩入れする理由もない。
「そっか……私とイグナールも討伐ギルドなんだ。まだ駆け出しのBランクだけど、機会があったらよろしくね」
「ほう、そうなのか。それでは、もしやすると世話になるやもしれんのう」
◇◇◇
しばらくして日が傾き始めたので、今日の移動はここまでにする。モニカとマキナはてきぱきと野営の準備に取り掛かる。二年間の旅でモニカの野営の準備も手慣れたものだ。マキナに細かく指示を与えながら、できる限りの快適空間を作り出している。
本人は慣れたくないといつも愚痴っているが……
イグナールの当番は食料の調達である。バージスを出る際に日持ちする食料は十分に買ってあるが、どんな不足の事態に陥るかはわからない。節約できるのであればそれに越したことはない。それに、硬いパンとしょっぱい干し肉にはさすがに飽き飽きしていた。
ここらで新鮮な肉か魚を食べたいところだ。だが、そういった方面のスキルを持ち合わせていたのは旅の先輩であるディルクである。いくつかやり方やコツを教えてもらったことがあるものの、向かって来る敵ならいざ知らず、逃げて行く小動物や気まぐれな魚にはいつも手こずる。
影が伸びてきた森の中の住人である彼らを追いかけるのは、その日の締めくくりにはきつ過ぎる労働だ。それで成果を得られなければ、落胆するモニカの顔をみることになる。彼女は責めたりはしないのだが、それだけ期待を寄せているのであれば叶えてやりたいと思うのが漢心というものであろう。
「イグナール、いってらっしゃい! 旅で疲れてるだろうし、あまり無理しないでね」
イグナールを気遣うような表情を見せるモニカだが、瞳の奥には隠すように光る期待の眼差しがイグナールには見える。新鮮なお肉か魚が食べたい! と言っているように思える。
しかし、それは全て単なる思い込みなのかもしれない。何故ならイグナール自身も硬いパンと干し肉の食事には飽きているからだ。モニカの瞳から漏れ出た心の叫びではなくて、彼自身の叫びなのかもしれない。
「妾も同行しよう。こう見えても狩りは得意なのじゃ」
思いもよらぬヴィクトリアの提案に驚きを隠せないイグナール。日が落ちつつある中、彼女の着るドレスは青が増し、深い海や湖の表面を思わせる。そこに咲く淡い青のバラが非常に映える。
足元から徐々に上へと目線を移しつつ、職人の技術やセンスが光る造形美を堪能していると、突然大胆に開いた胸元に辿り着いた。これはまた一つの造形美、生命が作り出した奇跡である。
昼間はイグナールは先頭を歩いていたのであまり気にしていなかったが、なんとも魅力的な胸元であろうか。かつての旅の仲間、デボラ・イッテンバッハが程よく熟れた果実と評価するならば、ヴィクトリアは少し青さが残るものの熟れ模様は十分と言える。しかし、彼女の堂々とした立ち振る舞いや言動がその青さを微塵も感じさせない。
モニカは……まだまだその髪色のように青い果実だ。
――パンッ‼
「ってぇ!」
後頭部に強い衝撃が走る。少し見惚れすぎたようで危険の察知が遅れた。
「サイッテー!」
後ろを向くとジト目で睨み付けるモニカの姿があった。イグナールの頭を襲ったのは彼女が持っているカバンのようだ。旅の荷物の分、以前よりも重い。心底軽蔑するような眼でイグナールをひたすら睨み付ける。
罵詈雑言を浴びせられるよりもキツい、無言の罵倒である。
「ハハハ! 別に減るものでもあるまいし、目くじらを立てることもなかろう。そこまで熱心な視線を向けられるのはこの体を作った大地も、ドレスを作った職人も本望じゃ。それとも……モニカの考えは別の所にあるのかのう?」
ニヤリと悪戯心が潜むような笑みを浮かべるヴィクトリア。
「男のスケベ心に寛容になることも、男にとっての魅力ある女の必須条件じゃぞ? モニカ」
「そ、そんなじゃないもん!」
「まぁ、妾は人の男を盗って愉悦に浸るような趣味はない。安心するが良い。しかし、情熱的に求められでもしたら、その限りではないがのう。それだけ魅力があると言うことじゃからの」
「ぐぬぬ……」
最早きっかけとなったイグナールを無視して、モニカとヴィクトリアの激しいバトルが勃発している。終始モニカの劣勢で幕を閉じそうではあるが、巻き込まれる前にとイグナールは静かに後退した。
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