act.110 最強の再会、そして押し寄せる戦慄の軍勢
城門内にある仮眠部屋で目を覚ますイグナール。決して寝心地の良いベッドではなかったが、野宿に比べると数倍マシな部類だ。
それに、他の役人達は小さな部屋に雑魚寝状態。それはまだいい方で、あぶれた者は床で眠っていた。貴族だと言う事で特別扱いを受ける気はなかったのだが、すでに用意してあると言われると断りづらいのが正直なところだった。
朝は苦手な方だと自負するイグナールだったが、今朝は比較的スッキリとした目覚めだった。昨日の父との対話で、自分が一方的に抱えていたわだかまりが取れ、安堵して熟睡出来たのかもしれない。
「おはようございます」
身支度を整え、仮眠部屋を出ると目の前にはマキナが立っていた。イグナールの従者と言う事で同じ部屋を割り当てられたのだが、起きたときにはすでに姿がなかった。
オートマトンであるマキナは眠らない。厳密に言えば、人間の睡眠に近い状態になることで、魔力の消費を抑えているらしい。
「ああ、おはよう」
二人並んで城門内にある待合室へと向かう。普段ならば検問を待つ商売人達でごった返す場所なのだが、今はその広さを利用して食堂となっている。
朝食のメニューは乾いたパンとスープ。それに、干し肉と赤い果実が添えられていた。
レッドドラゴンの襲来と定期的にやって来る魔物達により、今は外部から食料が調達出来ない。逼迫はしていないとしても、こんな硬直状態がいつまで続くかわからない状況下では目標のない節約をするしかないのだろう。せめてもの気持ちで添えられた赤い果実は、最前線で戦う皆のために振る舞われたものなのだろう。
「お父さ――アルフレート様はどちらに?」
朝食を済ませて、近くにいた役人に父の所在を問うと、城門の屋上にいるとの事だった。昨日の夜の事が思い出されつつも、父の元へと向かう。
「イグナール、昨夜はよく眠れたか?」
朝でも変わらずアルフレートは快活だ。
「はい、よく眠れました」
「そうか。私は柔らかいベッドに慣れ過ぎて少々疲れが取れんよ。まぁこんな状況だ、寝床があるだけ上等なのだがな」
元々平民であるアルフレートは、野宿であったとしても大した不満は言わないだろう。生粋の貴族、ライムントなんかであったならば、他者に嫌味をまき散らしているに違いないとイグナールは思う。
「……」
軽い挨拶を交わすと沈黙が訪れる。暖かい朝日と涼しい風はとても気持ちがいいのだが、どうも居心地は悪い。それはアルフレートも感じていることなのか、時折咳払いをして様子を伺っている。話すことは山ほどあるのに、それは母ツェツィーリアを交えてからと言う事なので、話題がないのだ。
「アルフレート様! ツェツィーリア様が到着されました!」
そんな状況に助け船を出したのは、母が到着したと知らせにやって来た役人の存在であった。
「久しぶりね、イグナール」
海をも連想させるほどに深く包容力のある蒼い髪、二十代と言っても違和感のない程に若々しく艶やかな肌。久しぶりに見た母、ツェツィーリアは相も変わらず美しい女性であった。
アルフレートは炎属性の魔法使いとして最強と謳われ、ツェツィーリアは水属性の魔法使いとして最強との呼び声が高い。アルフレートは平民の出だが、ツェツィーリアは違う。モニカのハイデンライヒ家ほどではないが、優秀な水属性魔法使いを多く輩出した名家であった。しかし彼女はアルフレートと出会い、家を飛び出して討伐ギルド員になったと言う。
「お久しぶりでございます。お母様」
ツェツィーリアはイグナールに近付き、優しく彼を抱きしめた。イグナールはまるで水の上で浮かぶような心地よさに誘われる。
「み、皆が見ています! それに私ももう立派な大人でございます!」
父と母、そして数人の役人しかいないが、母親に甘やかされ、抱擁されるのは恥ずかしい。あまりの居心地のよさに少々惜しいと思う気持ちもあったが、彼女の腕から離れる。
「あら、いくつになっても、どこにいても貴方は私の子供なのよ」
心身ともに成長途中の子供を微笑ましく見つめる母親の姿。彼女の、イグナールを愛おしく感じる気持ちが強く伝わってくる。
「ツェツィ、そっちの様子はどうだ?」
「ええ、問題ありません。皆元気ですよ」
彼女はレッドドラゴンの襲撃で傷ついた人々の治療を、ハイデンライヒ家と共にやっていたとアルフレートが言っていた。治療魔法は得意ではないと母は言うが、一般の人間からすればすべてが高水準だ。逆に、得意とする魔法をイグナールは見たことが無かった。
レッドドラゴンが襲来するまで平穏であった王都カインでは、アルフレートの魔法も、ツェツィーリアの魔法もお目に掛かる機会などなかったのだ。
「さぁ、せっかく家族が揃ったんだ。水入らずで話がしたい」
「一室開けておりますので、是非そこをお使いください!」
父が言うと、役人の一人が張り切った様子で答える。ではこちらへ、と案内を開始したその時――。
「大変です! い、いま、今までにない程の魔物の軍勢が!」
どうやら魔物達はどうしてもバッハシュタインの家族の話を邪魔したいらしい。息を切らし、真っ青な顔色で表れた兵士に既視感を覚えながら、イグナールは父、母と共に城門の屋上へと向かった。
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