90話 ACT19-20
「ほう、調子づいた小童を俺様がすぐにでも制裁してやろうかと思ったが、セリカとの対決を演出された俺様としても、その返しをしてやらねばならんからな。よかろう、その小童をマリア、貴様が相手してやれ」
マリアの行動がいくばくかガインの苛立ちを緩和させた。今起きているこの一連の流れは、ガインが今まで作り上げてきた状況と違うのは誰が見ても明白だ。ガインがどれだけ崇高な態度を取ろうとも、本当に自信に満ち溢れたシキを目の前にした時に、ガインの態度が低位なものに見えてしまう状況は、体の奥底に湧きだつ怒りとなり、抑えるのが難しくなる。
「はい」
そんなガインへの苛立ちを早く無くす為にもにシキに一矢報いてやりたい。マリアはバトルモードに入る。そんなマリアを横目に、シキは抱きかかえていたサラをゆっくりと地に横たわらせる。
「もう少しだ、がんばれよ」
意識を失っているサラには聞こえていないが、一声かけるシキ。聞こえていないサラはシキの言葉に反応したように少しだけ目を閉じたまま微笑したように見えた。
アサシンにとってはどのような状態の隙でも、隙を見せればそれは絶好の攻撃場面だ。しかしマリアはシキに攻撃を仕掛けなかった。シキやサラに対して別の思いが働いているからか?、否、シキは放つ圧倒的な戦闘力のオーラをヒシヒシと感じてしまっているが為に安易に攻撃を仕掛けられないでいる。
シキのステータスは今だ、××となっており、不透明状態だ。もしかしたらそんなに強くないのかもしれない。ただ今までにないジョブを作り出したからそう見えている可能性だってある。だからそんなに必要以上に警戒しなくてもよいのではないか?マリアの中で色々な想いが交錯した。マリアが困惑している事にガインはおろかシキも気付いている。
サラをそっと横たらせたシキは立ち上がり、マリアとガインに向かい始める。
「来いよ、マリア」
ダガーを出現させ構えるマリアに、構える事なく仁王立ちしているシキ。しばらく沈黙の期間が流れる。マリアは何も仕掛けない。いや、仕掛ける隙が見当たらないのかもしれない。無防備であればこれ以上ない絶好の攻撃機会のはずだが、そのような雰囲気を全く感じさせなかった。ガインもじっと二人の間を見つめている。
「私も進化したのです。あなたには負けません」
その瞬間、マリアの周りからも黒紫のオーラが放たれる。ガインの手によって帰化プレイヤーとなった者は自ずとガインの持つ波動を受け継ぐのだろうか。猫耳メイドだったその格好は猫耳だけを残し、その身体は俊敏性へと特化させたように豹のような獣人の姿と変わっていった。
「【バックキル】」
シキの後ろに突如現れるマリア。普段持っていたダガーは、両腕が光を煌びやかに反射する美しい銀に彩られた先端が前に尖った刃を重ねた鉤爪に変化していた。刃はつけ突き抜けた身体をそのまま削ぎ切る事も可能にしたような作りだ。そしてその鉤爪を持って【バックキル】で背後に入ったマリアはそのままシキの背中を穫ろうとする。
しかし、
マリアに背後を取られ、右腕につけている鉤爪に背中を突き破られたシキのその姿は残像として残り、変わりにマリアのその右腕はシキの左手で掴まれている。
そのすさまじいスピードたるや、マリアはおろか、ガインも驚かされる。
「マリア、目を覚ませ」
マリアの右腕を掴みいつでも攻撃を仕掛けられるはずのシキからは依然、戦闘への強い意思を感じられない。マリアとは結局のところ戦いたくないのだろう。シキの意向を汲み取ったガインは微笑する。
「やはり甘いな、小童」
帰化プレイヤーとなりプレイヤーの殺傷欲求が高まっているマリアにシキの言葉が通じるわけがない。マリアはすかさず右足を軸に回転させ、左足で踏み込み、シキの右脇腹を目指し左上の鉤爪で襲いかかる。シキのスピードには驚かされるが、マリアのジョブであるアサインも、本来スピードを得意とするジョブである。あわせて帰化プレイヤー化による獣人への変身も遂げている。スピードで負けるわけにはいかない。マリアの連撃にはそのような意図も含まれている。
だが、左腕鉤爪もシキの右脇腹の空を切る。そしてシキは左手でマリアの右腕を掴んだ状態で右半身を後ろへ逸らした反動を使い手刀をマリアの左腕に叩きつける。叩きつけらた瞬間に大きな圧がガインの所まで届く。その距離わずか20mほどだが、スキルを発動していないシキの単純な手刀にこれほどのまでの威力があるのはガインも驚かされた。
当然、シキの手刀で左腕を叩きつけられたマリアは左腕に引きづられるように、右腕はシキの手から離れ地面に体ごと叩きつけられる。マリアが衝突する形となった地面はその点を中心として大きな半球の凹みを作り出す。
「く!!」
叩きつけられたマリアは、たまらず起き上がるのと同時にシキから距離を取る。次、同じ攻撃を受けた時のダメージはまずいと体が本能で感じたからこそ、とにかく体勢を仕切り直したかった。
「マリア!!貴様に小童を試すほどの力量がないのを理解しろ!!」
マリアへ注意を促すガイン。指摘されたマリアは一度ガインを振り返り、ガインの温度感を探るように理解を深め、再びシキを見返す。
「悔しいですね。私だって強くなったのに。シキさん、貴方はさらにその上をいくのですね」
シキはここである疑念に当たる。なぜマリアはシキをしっかりと認識しているのだろうか?サラのように完全に以前の自分すら忘れてしまうような状態が帰化プレイヤーとしての通常状態だと思っていた。サラとの違いは一体なんだ?
「そうだな。俺も自分でびっくりだよ。マリア、お前にとって強さって一体なんなんだ?」
シキの問いにマリアは一瞬困惑する。自分より明らかな強さを手に入れたシキから質問が問われるとは・・・、むしろ教えてほしいくらいだ。この世界を変えるために、兄を救うために、愚直に強さを求めてきたマリアにとって、望むべく経緯をたどっているように思えるシキからむしろ答えを求められるのは、心外だ。
選ばれた者であるシキと、選ばれていない者であるマリア自身を再認識させられているようで、これ以上にない苛立ちを覚える。
「強さの意味を理解できていない人との戦いで劣勢に陥るのは、これ以上ない屈辱ですね。強さとは、自分の願いを叶えるための手段なのではないですか?強さを持たない者に願いが叶えられるとは思えない。だから私は・・・」
シキへの問いにマリアは、鉤爪で邪念を斬り払うように空を切り答える。その姿はシキへの苛立ちと共に自身の不甲斐なさに対する抑えられない怒りを振り払っているように見えた。
次回も月曜日19時に投稿します。




