84話 ACT19-14
「・・・」
暗闇にある意識が少しづつ意識への光へと導かれていく。この暗闇に行ったキッカケはもちろん睡眠などではない。睡眠からの目覚めであればどれほど気持ちのいい目覚めなんだろう。あの爆発からいくばかの時が経ったのか。セリカは体中に痛みと重みを覚えながら、霧がかっている視界を次第に鮮明とさせていく。視界がぼやけて見えていた状態ですら、その霧の先にある黒紫のオーラとシルエットが悍ましい存在を露わにしていた。その存在の正体はもちろん暗黒騎士ガインだ。
「お目覚めか、セリカ」
重い体はまるで自分が所有している肉体ではないのでないかと思わせるほど体としての挙動ができず、セリカは全身全霊の力を腕にのみ注ぎこみ上半身を起き上がらせる。その反動を使って立ち上がるところまでは気力でなんとかできた。今にも倒れこんでしまいそうなほど、立ち続ける状態はどこまで気持ちで支えていられるとかと思うほどである。
周りを見渡すセリカ。マリアの姿は見当たらない。
「私達は負けたのね・・・」
「そうだな。中々に愉悦のある時間だったぞ」
マリアは大きな爆発を二度も受けている。最後のメッセージを考えれば自身の生存を気にして、彼女の中で最高の攻撃が出来る状況ではなかったのは十分に伝わっている。セリカは当初自身の犠牲を優先するに戦術を取ったにも関わらず、結果としてマリアを犠牲にしてしまった事実が、自己嫌悪と喪失感に駆られ、穴が空いた心をさらに自身でほじくり返したくなるほどの吐き気といたたまれなさに襲われた。
セリカが放心している様子をガインはただ眺めていた。先ほどの余興の続きなのだろうか。それにしてはからかうような発言もしてこない。結局ガインが何を考え、何を思って、何をしたいのか、セリカは少しは理解していたつもりだったが、それは幻想だったと知った。
「こうなってしまうと私に待つのは、完全な帰化プレイヤーとしての従順な支配思考への道だけね。望んだ未来とは違うけれど、もしかしたら私が思っている以上に世界を俯瞰してみていたガイン、貴方の玩具となるのも私には一つの幸せな形なのかしら?」
何も言わないガイン。しばしの間、二人に沈黙が流れる。セリカは、今、ガインが何をしたいのかもわからない。ただお互い過ごしてきた時間が長いだけに、今まで培ってきた二人の良くも悪くも互いを"理解"しているその関係が終わりに向かっているのを、少しだけ名残惜しんでくれているのだろうか。
「セリカ、貴様にとっての幸せは、この世界から消える事かもしれんな」
そう言うとガインは大剣を消失させ、レイピアを出現させた。
ガインがレイピアを?
あまりにも属性と合わない武器の出現にセリカは驚く。ただもう憔悴しきっているセリカは驚きすら表情に出すレベルで声も出なくなってきているが。終わりは近いのだろう。"この世界から消える事"と発言するガインの意図は分からない。もう一度部下に、そして次こそは完全なる精神支配の下、傍においておけばいいはずなのに。
言動のすべてを理解できないが、出現したレイピアがセリカに最後のとどめを刺すのは勿論理解できている。アバターでできているこの体が、肉体で与えられるほどの痛みを与えられるわけではない。
それでも
ドスン!!と心臓を突き破る、自分の体を別の鋭利な物質が通過するその感触だけは気持ちのいいものではない。
「せめてもの情けだ。華麗に散ってくれ」
大剣で体を大きく真っ二つにされないのが、ガインが言う"情け"なのかもしれない。ガインなりの優しさなのだろうか。鋭利で冷たい突起物から伝わる暖かい振動を感じる。レイピアを抜き、倒れこむセリカの体をガインは抱え込む。
「ご苦労。貴様の苦しみは俺様が引き取ってやる」
体が少しづつ軽くなり、重力がなくなっているのではないかと思う。体の周りからは黄金色の粒が散らばり始め、この粒が自分の体から全てで終わる頃には、体はきっと消えているのだろう。
最後をガインの胸や腕の中で過ごすのは、些か癪だが、これも何かの縁だと思えば受け入れやすい。
セリカの穏やかな顔を見て、ガインはもう一言言葉を付け加える。
「最後に何かあるか?」
「シキにごめんね、と伝えて。貴方なりのエールも兼ねて嫌味にね。そして、貴方の優しさと脇の甘さがまた私を惑わせるのね」
そう言うセリカの視点の先にあるのは、【ボディイン】と呼ばれるキルされたプレイヤーが光の粒子になって消え去る前にその粒子を囲いこみ帰化プレイヤーに転向させようとする儀式スキルに覆われていたマリアの姿だった。この瞬間までセリカの目に止まらないようにガインなりに気を使ったのだろう。ガインらしくもない行動に笑みがこぼれる。
「うむ。しかと受け取った」
「本当、貴方ほど、嫌味な人は居ないわね」
ガインへ最後そう告げたセリカは、大きな仕事を成し遂げて、張り詰めた緊張が安らいでいるそんな表情だった。
時は、シキ、ガイン、マリア、サラ、リンカの場面に戻る。
「お前、何を言ってんだ?」
マリアはまるで普段行われている討伐報告のように、シキにセリカのキルを伝えてきた。シキは心が激しく揺さぶられ頭では理解していても感情が受け入れられず思わず聞き返してしまう。
「安心しろ、セリカに関しては、さすがにマリアではなく俺様が葬ってやったわ。元部下が起こした後始末を上司が処理するのは当たり前だろう」
ガインが続け様にシキに言葉を掛けてくる。誰がトドメを刺したかなど、セリカの安否を気にしている状況においては、もはやどうでもいい。シキは、ガインがからかいを含んだ報告に返しをする余裕もなく、まるで世界が反転してしまったかのような眩暈と胸の鼓動に襲われ、一瞬立っていられなくなるほどに心がかき乱れた。
無論、セリカが無事である保証があったわけでない。
次回も月曜日19時に投稿します。




