71話 ACT19-1
時は遡り、バトルを終え、ひとしきりの抱擁に身を委ねていたセリカは、シキから離れ一呼吸おいてから話し始める。
「それでこの後、どうするのかしら?」
彼女なりの切り替えなのだろう。どうお互いを理解しあっても、二人の事だけですべてが完結する簡単な話ではない。シキにはリンカ、マリア、そしてサラの為に、為さなくてはならない事がまだ多く残っている。
セリカは、シキとの戦闘後に、自身が持つHPとMP回復薬をシキにも与え、自分も飲み干す。お互いHP、MPは万全なステータスに戻していた。10歳近い年下の男の子の胸の中で、泣いてしまったことを恥ずかしく思う反面、この人には、もう自分を偽って見せる事もない。と、まるで長年の信頼から培われてきたような家族や恋人への想いに近しい気持ちになる。そんな気持ちの入り混じりが、セリカの中にはあった。
帰化プレイヤーの状態は、プレイヤーに対して、キル衝動を起こさせる感情の欲求がある。しかし、不思議とセリカには、帰化プレイヤープログラムを搭載した当初のプレイヤーでもあった為か、それほどまでに自我を失うほどの、キル欲求には晒されなかった。
さらにその中で、信頼関係がシキとの間に生まれる事によって、尚更、キル欲求はなくなってくる。
いくらアバターデータに、自身の脳のデータを、移管できるようになったとはいえ、帰化プレイヤープログラムなる、洗脳に近い感情コントロールプログラムは、人間の本質を書き換えてしまうほどの、完全なるプログラムメソッドで作られているわけではない。
そうなると、そもそも帰化プレイヤープログラムとは、どれほどまでの意味があるのだろうか。アップデートバージョンを随時インストールする事を、セリカはもちろん、ガインも、してこなかった。その心は、きっと完全に帰化プレイヤープログラムに浸水しきっているわけでもなければ、EGに対する絶対的な信頼感があったわけではない。
そんな中で、今回のシキとの出来事は、セリカからすると一つのキッカケだったにしか過ぎないが、人に絶望して、世界に絶望した一人の女性は、その世界を否定して作り上げれらた、新しい世界に、元の世界と同じような違和感を覚え始めてきていたのは事実である。そんなセリカが、シキとの契りによって、気づきと再認識、そして、自由な意思と自由な行動を持てるキッカケになれたのは、感謝しかない。
キッカケに過ぎなかったとはいえ、やや依存体質の強いセリカにとって、シキがそのキッカケの人となってくれたのは、うれしい。
10歳も年下である男の子が、またセリカをうまくコントロールして何かをしてくるように思えなかった。それどころか、今の彼の頭の中は、サラを救う事でいっぱいなはずである。少し、嫉妬してしまう気持ちが見え隠れしながらも、こんな純粋で器の広い子についていけば、今度こそきっと、自分を見失わずに居られるとセリカは思う。
「この後は、ガインとマリアの所へ行こうかと思ってる」
「そうなの?それでいいのかしら?なんでなの?」
「無茶苦茶、問いただしてくるな・・・」
「それはそうよ。本心のように、聞こえないもの」
「なんでって、そりゃ、セリカ、普通に考えれば、マリアの所へ行くのが順当だろ?俺がサラの元に行っても、リンカの迷惑になるだけだろ。そもそも、サラを救う為にAHに戻ってきたけど、事の事態がサラを救う云々って話でもなくなってきているしな」
「だから、シーちゃんは、マリアさんのところにいくの?」
「おい、ちょっと待て。なぜ、その呼び名を」
「あらあら、いいじゃない。だって、私も、シーちゃんのパートナーでしょ?もう、坊や。じゃないわよ。いいじゃない?私の人生を背負うんでしょ?」
「いやいやいや、いつから、人生背負う事になったんだよ」
「違うの?また他の人みたいに、言葉だけで私を転がすの?」
エルフのような尖った耳に、美しく光を反射させるくらい光沢のかかった赤髪のセリカ。ジト目で少し前かがみにおねだりされる仕草で求められると、その妖艶さが際立つ。誰もが軽はずみな言葉を発してしまいそうになる気持ちがよくよく理解できる。
今までの連中も、セリカを騙してるんじゃなくて、そもそも、圧倒的な妖艶に惑わされて、求められている発言をしているだけなんじゃないか・・・。
シキは、心の声でツッコミを全力で発しながらも、その言葉を勿論、口にすることはなく、後々に問題にならない程度の言葉を選んで回答する。
「ちょっと待て。俺は、お前が道に迷うなら寄り添っていいとは言ったが、人生を背負うとまでは言ってないぞ。人生を背負う。ってなると、その、色々と、あるだろ?」
「ふうん。そう?そうね。確かにそうだったような気がしたわね。」
ツーンとして、シキに背を見せ、後ろに両手を回し、少し距離を空けて、歩いていくセリカ。
「変な風に受け取ってしまったとしたら、その、悪い。俺は、その、あの、変な意味ではなく、お前の力にはなりたいのは、本当だ」
「変な意味って?」
背を向けながら、少しだけシキを振り返るセリカの表情は、明らかに困っているシキを持て遊んでいるような表情だった。
こいつ、本当に、人に騙されてきたのよ?騙してたの間違いじゃないか。
引き続き、心の声とツッコミを言葉に出すことなく。
「頼むから、いたいけな少年をからかわないでくれ」
「ふふ。困らせちゃったかしらね。大丈夫よ。シーちゃんは、あの子が大好きなんでしょ?私は、愛人でも大丈夫よ」
「ちょっと待て。ツッコミどころが色々ありすぎて、何も言えん。俺の頭は、ショート寸前なんだが」
「あらあら。シーちゃんが、カッコいい大人になるまでは、もう少し色々と経験が必要そうね」
クスクス笑っているセリカに、しょうがねえなあ。とシキは呆れる。セリカの笑う顔や声は、本当に、何かから開放されたようだった。今はこんな事している場合じゃないんだけどなあ。と少しの焦りを覚えつつも、セリカの幸せそうな笑顔を見れた事に、シキは、自分がしてきた事に間違いはなかったと思える瞬間でもあった。
次回も月曜日19時に投稿します。




