68話 ACT18-2
サラは、シキに掴まれた腕を離す事に力を注ぐが、そこはアバターとはいえ、男と女の身体的の違いもあり、振りほどく事ができなかった。振りほどこうとする腕と、相手の顔を直視してはいけないと本能的に思う気持ちが相まって、顔も背けるが、シキは、そんなサラの行動をお構いなしに、顔を近づけてくれる。近づきすぎる顔を、背ける事すらできなくなってきたサラは、シキの顔を直視してしまうはめになる。
直視した瞬間に、サラの中で、何かのタガが外れてしまったのか、今まで張っていた何かが取り払われるように、その固い表情は、信頼している誰かにしか向けないそのモノへと変わっていった。
「・・・、シーちゃん」
その言葉遣い、その呼び名。今、この表現と共に、サラが出している雰囲気は、子供の頃からシキが知っている、あのサラである。
クラスの人気者で、子供の頃、人見知りで、誰ともすぐに仲良くなれなくて、両親の事で苦しんでいた時期も、笑顔で乗りきってきた幼馴染は、シキの事をいつも気にかけていて、時には可愛いワガママを言ってきて、学校で居場所を失っていたシキをAHに引っ張りあげてきた。
かけがえのない、大事な人、サラ。
シキを直視してしまったサラは、涙が止まらない。
「サラ、あの時、あいつから守ってやれなくてごめんな」
「シーちゃん、無事でよかった。こんな事になっちゃって・・・、ごめんね」
「何言ってんだ。俺が強ければ、こんな事にはならなかったんだから、俺が悪い」
「シーちゃん・・・。ふふ、ちょっと前まで、ビギナーだったのに、もういっぱしのプレイヤーさんだね」
「その、お姉さん装い風なコメントはやめてくれ」
「あはは、ごめん。本当にうれしくて。・・・、仲間もできたんだね」
シキの後ろで、二人を見守ってるリンカに少しだけ目を向けるサラ。
「・・・。そうだな。俺に仲間ができるなんて、前の俺を知ってるサラは信じられないよな」
「うん」
「うん。って、そこは少し、否定しろよ」
「ごめんごめん。嘘だよ。私は、分かってたよ。だって前の俺って、シーちゃんが言っているのは、ちょっと前の俺でしょ?いつから、私が、シーちゃんの事を、知ってると思ってるんの?私は、ずっとシーちゃんを見てきてるんだから」
そうだった。サラはシキの事を、昔から分かっていて見守り続けてくれていた。
シキは、改めてサラの言葉で、自分の過去を振り返る。今まで、ちゃんと自分を振り返ることはなかったが、昔を考えれば、友達もたくさんいたし、どちらかと言えば仕切り屋だった。
いつの間にか、誰ともつるまない、一人でいる事を好むようになった事を忘れていた。きっとキッカケは些細な事だったんだろう。仕切り屋で寂しがり屋だった、誰かといつも一緒にいないと落ち着かなかったシキが、本当の自分。いや、昔の自分だった。
どんなキッカケだったかすら覚えていない。覚えていないくらい些細な事で、周りに壁を張り、人に対して距離を置き、"少し前の俺"と名乗るシキ自身を作り上げてきた。仕切り屋で寂しがり屋で、いつも誰かといたかった自分と、余計なコミュニケーションを取る事への時間を極力排除して、自分を理解しようとしない人との接触を、極力なくしていく自分と、どちらが本当の自分なのだろうか。
多様性のある自分を受け入れられなくなったいたのだろう。だけど、その答えを、シキは、分かっている。どちらも本当の自分なんだと。
そして、どちらの側面も持ってるシキに対して、変わらない関係でいてくれたサラは、かけがえのない存在なんだと。
決してサラだけではない。リンカやマリア、彼女達も大事な友達、仲間である。昔のシキを彼女達が知っているわけではないが、人を選ぶようになってしまったシキに対して、距離感を作ることなく、新たな信頼関係を作り上げてくれている。彼女達とは、お互いを必要とし、一緒にいる事が、かけがえのない時間になっている仲間であり、友達である。
改めて考えさせられる、人と人のつながり。子どもの頃の関係値が嘘だったわけではない。大人になっていくうちに、きっと、今まで、無条件でつながっていられた関係が、これからは、条件付きのつながりになっていくのだろう。それを本当の間柄とは、呼ばない人もいるかもしれない。無条件のつながりこそが、本当の友達なのだと。
シキは、その答えを今、出すべきではないと思ってる。どの価値観が正しいかなんて、それは結局、その人や人を取り巻く人々の環境に関係しているのであって、今のシキにとって、昔から知っていて、今も知っていて、昔も今も踏まえて、受け入れてくれるサラはもちろんの事、社交性を失い、条件付きで人との関係値を選んでいる、一見、ドライなシキの側にいてくれるリンカとマリア、過去から今、今から、どの時間軸から始まっていても、経過していく時間を一緒に過ごせている、この二人も含めた三人の存在が、どれだけシキにとって、大事な存在となり、勇気付けられている事か。
セリカとできた関係性もしかりである。
大人の関係値というものを知らないが、今、築けている関係値の延長戦上に、大人の関係値があるのであれば、それは、子供の頃に感じた大人への冷たさとは違う印象を覚えられる。
AHという世界を得て、シキが体験し、芽生え始めてきた感情は、サラから始まり、そして、改めてサラの存在の大きさによって気づかされてきている。
「・・・、そうだな。俺は、いつの間にか、人を拒絶するようになっていたんだな。そんな俺に変わらず接してくれていたのは、サラだけだったな」
「そうだよ。世の中に勝手に絶望して、勝手に壁を作って、勝手に距離を作って、勝手に離れていったシーちゃんについていったのは、私だけ」
「それは、言いすぎだろ」
「ふふ。言いすぎじゃないけど、そういう事にしておいてあげる。でも、そんなシーちゃんの事を分かってくれてて、シーちゃんが私を救うまで、付き合ってくれたリンカさんとマリアさんにも、感謝しないだね」
「おっしゃる通りすぎて、何も言えんわ」
「そうでしょ」
涙で溢れたサラの瞳は、いつの間にか笑顔でその瞳や表情を明るく、軽やかなモノとなる。
いくら技術が進化したデジタル世界のアバターだろうが、プログラムウィルスの洗脳による帰化プレイヤーだろうが、人間の本質に勝てるわけがない。人間がここまで培ってきた進化が、簡単にテクノロジーに負けるわけがない。
いつの間にか、シキが両手で押さえ込んでいたサラの両腕は、力が抜け、二人は、その距離を離そうとする事もなく、自然にお互いが振り上げた腕を自然におろしていった。
まるで、すべてを受け入れるかのように。
次回も月曜19時に投稿します。




