47話 ACT12-5
「これでもダッシュでむかったんだぜ」
この時より少し前、魔女に刃でムキムキ男の背中が突き刺された時点で、リンカはシキに事の状況を緊急事態としてフレンドチャットに送っていた。フレンドチャットはコールを送り、コールを受けたタイミングでしかお互いのやりとりができない。ゆっくりシキがコールから出てやりとりするだけの余裕はなかった。つまり送っただけの形になってしまった為、留守電のような形になり、シキがリンカのメッセージを受けとっているタイミングまでは追えていなかった。無論、リンカだけでこの状況が打破できないとは思ってもいなかったが、最悪のシナリオを想定するならばシキへの連絡は必須であり、時間を可能な限り伸ばしていく事も重視していた。
もちろんリンカは確証をもっていた。
シキなら絶対にメッセージを拾い、最悪の状況においても必ず間に合わせてくると。
「ダメージは大丈夫か?」
「ちょっとまずいかも」
シキはリンカにHP全回復薬とMP全回復薬のビンを投げて渡す。
「これ呑んどきな」
「これってあなた、《時と補正のエリア》においてあった希少回復薬じゃない。」
「くすねてきた」
「くすねてきた。ってそんな事できないわよね?シャドウしか持っていないものでしょう」
《時と補正のエリア》にいるシャドウが本体とのトレーニングの間にのみだけ持っている事が認められていたHP全回復薬とMP全回服薬をシャドウに分からないようにシキの言葉の通りくすねてくるのは理論上不可能である。
「まあ、その辺は深ぼりはしなさんな」
「しなさんな。って。。。。。。でも今は、これほどありがたいものはないわ。ありがたくいただきます」
AHの異変に気づいていたシャドウに、シキはトレーニングの後、異変を作りだしたかもしれない敵と戦おうとしている旨をシャドウに伝えていた。AHを支配しかねない勢力との戦いはきっと想像を絶するような事態ばかりになる。だからもし可能であればHP全回復薬とMP全回復薬を授けてくれないかと。
シャドウが自身の権限を活用できるのは、《時と補正のエリア》の中だけである。その中で使う事が許されていた全回復薬を、まさか外でも使いたいから譲渡してくれとお願いされた時は、シキの常識外の依頼に呆れていたが、AHの正常化は自身の願いでもある。
1ゲームのプラグラムAIでしかないシャドウである自分が、そこまで本体とはいえ、一人のプレイヤーに肩入れしていいだろうか。でしゃばっていいのだろうか。と言う想いもあったが、異変を正す事に一役担えるのであれば、自身がどんなペナルティを受ける事になっても、問題ないと結論に至る事ができた。結果、シキはシャドウからHP全回復薬とMP全回復薬にあわせて全状態異常回復薬を各10個づつ受け取る事ができていた。
リンカは、HP全回復薬とMP全回復薬を飲み干す。
「ち!!ちょこまか、ちょこまかと。全員抹殺してやるわ」
「うわ!!さっきと言葉遣いが全然違う。猫被りは終わり?」
「うるさいわね」
シキの登場によって、明らかに劣勢になった事を理解した魔女からは余裕の言葉は出てこなかった。魔女とムキムキ男、リンカとの一連のやりとりをどこまでシキに把握されているか分からなかったが、この状況をすぐにでも優位に持って行こうと、魔女は再び右手をかざす。しかし、シキはそのタメの時間を見逃すことはしなかった。右手をかざした瞬間には、シキはすでに魔女の傍まで間合いと取る。
「【マジックアロー】」
【マジックアロー】を宿した右ストレートが魔女に放たれる。
魔女はさきほどのリンカの時のように細剣を出現させ、細剣でシキの右拳を切りつけようとするが、細剣は粉々に砕かれ魔女もそのまま細剣もろとも、ふき飛ばされる。
「助けなさい」
シキは、ふき飛ばされ、倒れた魔女のところへ飛び込み右拳でたたみかけようとするが、ムキムキ男がさら上へ飛び込んできて右拳をたたきつけてくる。急遽反転しムキムキ男の拳に自分の拳をぶつけるが、圧倒的な体の大きさの違いもあり、攻撃力の強さに負けてしまい地面にたたきつけられる。
魔女の呼びかけに応じたムキムキ男の行動は、さきほどの【ボディイン】のスキルがなんらかの意味を持って完了した事を意味していた。
魔女はシキとムキムキ男の衝突によってできた時間を使い距離を空け、再び特殊スキルの発動を始める。
「これで散りなさい。【ブレイザーレイン】 」
再び巻き起こる刃の雨がシキに降り注ぐ、この攻撃範囲からしてシキだけでなくムキムキ男もその攻撃に巻き込まれる事になる。
「【アイスウォール】、【マジックバリア】」
氷の壁を作り出しダメージを減らす【アイスウォール】と、ダメージをHPの代わりにMPで受ける【マジックバリア】を、発動させる事でシキは魔女の最大スキル攻撃を最低限に防ぎきる。
そばにいたムキムキ男に限ってはシキの発動したスキルの対象にあらず無限の刃の雨が襲い掛かる。
止むことのない【ブレイザーレイン 】。
そこにリンカのスキルが魔女に向かって発動される。
「【ダブルスラッシュ】」
小剣によって斬りつけられた際に生み出される2つの剣の波動が魔女を斬りつける。攻撃を受けた魔女はまたもやスキル発動を止めることになる。
「ち!!」
「同じ2対2でも、仲間を仲間とも思っていない人と、仲間の為にに何ができるかを考えられるのじゃ、大きく違ってくるわね」
「小娘が、戯言をほざくわね」
「余裕がないのがバレバレよ」
【ダブルスラッシュ】を食らってスキルを止められた魔女は、シキとリンカを睨んだまま次の攻撃を仕掛けてこない。分が悪いと判断しているようだった。
「おい、なんでこいつまで攻撃したんだ?」
シキは魔女に向かって、【ブレイザーレイン】をくらい倒れているムキムキ男を指し、問いかける。ムキムキ男まで攻撃した魔女の行動が許せなかった。リンカも思いとしては、シキと同じ気持ちがありながらも、ムキムキ男が魔女を主として認めた以上、魔女の意向に従う事が絶対なのだろうと捉えていた。シキの感情的な魔女への言葉は、そう捉える事でどこか割り切っていた自分を少し恥ずかしくさせる。
「何を言ってるのかしら。そいつは新米帰化プレイヤーよ。大先輩であり幹部である私の為に動くのは当たり前ではなくって?」
魔女から明確な言葉を発せられた事は、この時点を持って、シキやリンカに対して、状況規制をする為の駆け引きを、もうする必要がない事を意味していた。また、シキとリンカをPKする事までを視野に入れている事も含まれているのだろう。
新米帰化プレイヤー。大先輩。幹部。この言葉の点と点は、EGという線によって結ばられる。
それによりここの戦いで、幹部と遭遇してしまったシキとリンカが、よもやマリアの作戦にあわせて事前に潜入することを事実上難しくさせたのは確定となる。今の段階においては一番よくない方向にばかり向かっているキッカケを作ってしまった事をリンカは悔やむ。
そんな悔やんでいるリンカの尻目にシキはなぜかムキムキ男にHP回復薬を飲ませている。
「ちょっとシキ、何やってるのよ?」
次回も月曜日19時に投稿します。




