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102話 ACT19-32

 リンカはシキとAH(アストラルホライズン)で出会ってから今に至るまで少しの期間でしかないが、シキはサラの為に己の安否を考えず、現実世界から遮断されたこのAH(アストラルホライズン)の世界に身を投じてくる無鉄砲さがある。

 自分の弱さが原因でサラを救えなかったと、だから少しでも強くならなくはいけないと、自分を追い込んだ姿勢には父に通ずるものがあった。


 それでもギリギリ追い詰められた場面ではシキは父とは違った。最後の最後で自分の事でいっぱいであっても人の気持ちに深く汲み取ろうとする姿勢がシキにはあった。そんなシキですら変わり果ててしまったサラを見てシ放心状態になった時、研究に圧迫されて家族と疎遠になってしまった父をリンカは思い出した。父にはできなかったけどシキだったら乗り越えられるはず。だからリンカはシキに喝を入れた。


 そんなリンカの想いはシキを立ち直らせた。相手の深層心理まで踏み込む行動には勇気がいるが、シキだったら受け入れてくれるとリンカは信じてた。そんな信頼関係が父とシキとではリンカの中で違っていたのだと気づいた。


 どこかで父に遠慮していた。だからもしAH(アストラルホライズン)に父がいて、昔のように研究以外の事に目がいかなくなっているのだとすれば、その時は昔できなかった喝を入れたい。父にとって本当に大事な事は何なのだと、と問いたい。





 そんなリンカの強い意志と想いを【ログスティール】によってシキはインプットする。


「なんだ、全然忘れてないじゃないか」


 額に右手を寄せて何も思い出せない事に苦しんでいるリンカに右手を差し出し【ログスティール】を放ったシキはニコリと笑う。リンカは自分が今【ログスティール】によって自分の想いや記憶の根幹を見られた事に気づいていない。


「あんたはさっきから何を言ってるのよ」


 リンカからすればシキの言動は全く意味が判らない。戦う意味を問われ、問われたかと思えば何かをし始めて、「忘れていないな」と言い出す。しかしリンカはさきほどから変わらない。何かを忘れてしまった自分、この人の言う事を聞かなければいけないと本能が指示してくる暗黒騎士ガインの存在。


 そしてリンカがキル衝動に駆られる対象の魔法拳士シキ、自分と同じように何かを忘れてしまって自分の意思だけど意志じゃない判断をしているのだろうと思われるセミロングの銀髪で褐色肌の少女サラと、横になって荒い呼吸をしている猫獣人の少女マリア。


 人は、自分の本当の気持ちと違う状態が続くと不安に駆られるはずだが、リンカはそうではなかった。不思議な気持ちだった。不安はもちろんある。今この瞬間の記憶しかないのだ。


 明確な理由もなくシキに対して湧き上がる抹殺衝動。ガインという全く知らない人からの指示を聞いてしまう自分。冷静になればなるほど頭がおかしくなってしまいそうだが、まるで愛しい人の肌の温もりを感じるような安心感が少しだけ漂った。


 きっとそれは・・・。


「まあ、大丈夫だ、何も言わなくていい。俺には全て見えた。後はお前倒すだけだ」


 と一人で何かを解決できた目の前にいる魔法拳士にどこかで何かを期待してしまっている自分がいる事にリンカは気づいている。目の間の敵は抹殺しなくてはいけないという考えと、何か自分の範疇で考えられない事をしてくれると期待する想いが交差する。おかしな感情だとリンカは微笑する。


 シキはリンカがマリアやサラのように情緒不安定でないのは感じ取れた。それはきっと【ログスティール】で見れたリンカの記憶や想いがあまりに明確だったからだ。


 しかしながら、ここまで明確な記憶や想いが見れるのに、当の本人はなぜ何も覚えていないのか。むしろその疑問がシキの中で浮かび上がってくる。忘れているのとは違うのだろうか。


 アバターに人々の意識が移っている中で、その仕様は記憶というメモリーがフォルダ毎に分かれているだとする。帰化プレイヤーウィルスには、帰化プレイヤーの状態を保つ為に不都合なデータを保持しているフォルダを消去しているのではなく、すべて鍵をかけてアクセスできないようにしているのではないか?とシキは仮説を立ててみる。


 そう考えれば、サラやリンカのようにシキをシキと認識できない状況や、マリアのようにシキとシキとして認識はするが敵としてだけみなす状態にも整合性がついてくる。


 サラやリンカはシキという存在やAH(アストラルホライズン)での日々が認識できていると帰化プレイヤーとしての稼働に支障をきたす為、その記憶フォルダへのアクセスができないようになり、マリアのようにシキという存在やAH(アストラルホライズン)での日々が認識していても帰化プレイヤーとしての稼働に支障をきたさない者は、その記憶のフォルダへのアクセスができるのかもしれない。


 その記憶のフォルダに掛かっている鍵のセキュリティは大きな気持ちへのインパクトを与えれば、解放できるのはサラとマリアとのやりとりでシキは実証できている。


「おかしな人ね。あなたと話をしていると私が何をすべきなのか見えてくる気がするわ。でもきっと会話だけじゃダメなのでしょうね。私はあなたと話したい気持ちと、あなたを抹殺しなければいけない衝動が、交差してるの。だから戦いに身を投じてくれるのは助かるわ」

 

 リンカの体から黒紫のオーラが放たれる。これはセリカにもマリアにもサラにも起きている事だ。ガイン自らが手を下し、帰化プレイヤーになった者達に与えられたスキルであり、周りのステータスを落とし自身のステータスを大きく上げていく事ができる。


 だがシキはその黒紫のオーラが近づいてきてもステータス低下にはなっていない。以前であれば、ガインやセリカが放つ黒紫のオーラに触れてしまうだけで、気持ち悪さがステータスの低下にあわせて併発していたが、それもない。これもまた魔法拳士というAH(アストラルホライズン)にてガインが掌握できていないジョブだからこそ起こせる状態なのかもしれない。


「全力でこい。俺を抹殺したいその衝動の全ての次のスキルに託すつもりでな」

次回も月曜日19時に投稿します。

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