100話 ACT19-30
【マジックアロー】の威力はリンカがシキとのレベル差をはっきりと自覚するには十分だった。【マジックアロー】を交わした後、10mほどの距離を取るリンカ。
リンカとて帰化プレイヤーになり自身の限界を超えた力を手にしている。シキの実力を測る為に仕掛けたとはいえ、四重もの斬り込んだ波動【クラドラプルスラッシュ】も通常のプレイヤーでは発動できない代物だ。
それを基本職ウィザードが放つ【マジックアロー】程度のスキルでいとも簡単に破られ、ここまで凄まじい威力を放たれてしまうとリンカの脳裏には惨敗の言葉が過る。
新しい君主となったガインの顔色も伺いシキのほうに視線をやる。
リンカがシキに対して圧倒的な戦闘力差を感じている事にシキも分かっている。向けられた視線を返すようにリンカを見返す。その先にいるガインやサラの行動にも注意しながら。
「リンカ、今ので分かっただろ?お前は俺には勝てない。だけどお前達は勝てない相手であろうともその身を賭して戦ってくるのはわかっている。だから、お前の信念を教えてくれ。なぜお前は戦うんだ?」
リンカは先ほども問われた質問をシキからされる。攻撃の最中に突然聞かれた質問にリンカは応対する事なく攻撃を仕掛けていったが、ここまでしつこく聞いてくるシキの意図に関心は向いていく。確かに自分は今、”何か”が違う自分。今のこの瞬間のやりとりにしか記憶がないリンカは、自身に”何か"が起こっているのは理解している。
その上でリンカは考える。
「私が戦う理由・・・?」
「そうだ。俺を敵とみなしガインの指示に従って戦いを挑んでくるお前の行動の理由は何なんだ?」
帰化プレイヤーがプレイヤーを敵視し、その存在を抹殺させて同じく帰化プレイヤーに移管させようとする衝動は、5大欲求の本能よりも強い欲求を持つ。AHで帰化プレイヤーにのみ与えられたウィルスで抹殺衝動を湧き起こすものだ。
だが、シキが今まで帰化プレイヤーを見てきて分かっている事を言えば、帰化プレイヤーとはいえ、根底にあるのは人としての精神だ。思考はプログラムによって洗脳に近い形に持って行かれるが、トリガーはそもそもプレイヤー毎の根底にある”業”を全うする手段として、帰化プレイヤーを選択したと錯覚する形で認識しているように見える。特にセリカやマリアとのやりとりから気づかされた点だ。サラに関してはその根底まで探れていないが・・・。
思えばリンカと行動を共にした時に彼女が漏らしていた発言にいくつかの伏線があった事をシキは思い出す。彼女はシキと同じく誰かを探しに来ていた。日常生活をAHに殆ど使っていた人が突如消息不明になり、その人を探しにきたのだと。
同時期に現実世界とAHが切り離され、現実世界に戻ってこれなくなる人がいる事件を知りながら、リンカはシキと同じく己の危険を顧みず現実世界から乖離されたこの世界に残ることを決意している。
リンカがふと語ったその内容を確かにシキは聞いていた。だが当時シキは自分の事で精一杯だったので深くは考えてなかった。今改めて考えればそこまでの決意をしてAHに残ったのだ。
シキにとってサラのような、マリアにとって兄のような、かけがえのない人なのだろう。その人を見つけてリンカはどうしたいのか?マリアのようにただ側にいたいだけなのか。リンカがその人に求めている根底にある想いが彼女のAHでの言動の指針であり、帰化プレイヤーとなった今、その”業”を果たす為のトリガーとして帰化プレイヤーになる事を自らが選んだと錯覚し、侵されたプログラムによって本来の目的に関連しないはずプレイヤーへの抹殺衝動が第一優先事項として改変されているのだろう。
「・・・、判らないわ」
少しひきつった表情をしたリンカを見逃さないシキは言葉を被せる。
「お前には探し人がいるんだ。その人を探してAHに来たんだ。お前の本来の目的はプレイヤーを抹殺し帰化プレイヤーを増殖する事じゃない。忘れてしまった記憶を思い出すんだ」
「・・・、私は・・・」
リンカは額を右手で支え始める。そしてシキはここで【ログスティール】を発動する。記憶を失った彼女の根底にある情景を探しに。
◇
「私が一番大好きで尊敬している人はお父さんです」
小学校で家族の事を発表する作文の時、リンカは父ばかりを立てた。あまりに父親贔屓をする作文に、聞いた他の親御さんが何かあの家族はおかしいのではないかと心配してしまうほどだったが、リンカの家でそれが当たり前だった。
母も父を尊敬し父を一番に考え、本来普通の家族であれば娘を優先するような時ですら父親を優先する家族の意向があった。子供ながらに甘えたい気持もあったリンカだが、その想いとは別に尊敬する父親を優先する家族としての考えは嫌いじゃない。
リンカの父親は経営者であり研究者だ。父は母やリンカの想いを汲み取ってか、常に激務な中、自分を支えていくれる家族に仕事以外の許された時間は全てを注いだ。そんな父の想いもわかっているからこそリンカも母も父に尽くせたのだ。
リンカは一度だけ母親に連れられてサプライズで父親の会社に行った事がある。社長室と呼ばれる部屋で待っている間、父親がいつも座っているであろう大きな机、その机の前には打ち合わせ用のテーブルとソファを見ているだけで胸の高鳴りが鳴りやまなかった。ソファに座って母と待っていると父親は社長室に戻ってくる。入ってくるまで険しい顔をしていた父はリンカや母を見かけると、どうしてここに?と驚きと喜びの表情を見せた後、優しい顔になった。
そんな父の色々な一面を知る事がリンカにはどんな催し物より嬉しい出来事だ。
愛しい愛娘と奥さんへのハグを済まし、ゆっくりしていきなさい、と声をかけすぐに父は研究施設に戻っていく。何十人といた研究者らしき人達に次から次へと声をかけられては応えて行きながら、色々な場所へ移動している父の姿をちょうど研究室の上にあった社長室から見ていた時、リンカは子供ながらに自分の父親が”未来"を作っているすごい人なんだと思い、誇らしかった。
それほどまでに父に心酔しているリンカが将来は父親の助手になりたいと思うようになるのは自然な事だ。小学生になってテストで好成績を出せばいち早く父や母に報告する。褒められるとリンカは必ず「将来は、リンカもお父さんと一緒に仕事する」と言って二人を喜ばせていた。
毎週のように休みがあるわけではなかった父親だったが、家にいて時間がある時はいつも構ってくれた。母にもよく技術革新の話をしていた。構ってはくれていたが、難しい話をしている時、父と母の間には入れない。
だから、大人になったら絶対に一緒に難しい話をするんだ、という向上心にリンカは駆られた。
そして何よりも父と同じ仕事に就けば、父ともっと一緒に入られる気持ちも大きかったと思う。
だが、その願いが叶う事はなかった。
次回も月曜日19時に投稿します。




