一つ目の話
僕が小学生の時の話。僕には友人がたくさんいた。たくさんと言っても十人いるかいないか。その全員がどこかしら、壊れていた。
算数のできないやつ、言葉が詰まるやつ、体育のときだけ人に対して威張るやつ、物を隠す癖があるやつ、親が腐っていていつも悪臭がするやつ、下ばかり見ているやつ、顔のパーツがゆがんでいるやつ、教師に難癖付けられるやつ、教師に難癖付けるやつ、外面だけのやつ。
とにかく、いろんなやつがいて、みんなどこか歪んでいた。
僕はその歪みを時に慈しみ嫌った。心でその面を嫌いながらもそれ以外の面では好ましく感じるよう考え、優しく振舞っていた。
僕は人気者だった。答えられない問題はないし、毛嫌いする生徒もいない。教師から見たら万能的なカード。友人からは頼れる友人。僕はその有能で無色な自分に酔っていた。誰の腹の底ものぞける自分のコミュニケーション力が好きだった。
六年の修学旅行のとき、班分けがなされた。僕は、問題が最も回避できる方法を考えた。
まず、最初に男女別で三、四人で班を組み、その後、男女混合の班を組もうと提案した。僕は、どうせクラスから仲間外れにされてしまうだろう臭いやつを真っ先に班に加えて、待機した。
次に、班分けであまりそうだった、言葉が詰まるやつを加えた。最後に男女の班を組み合わせて、僕の班には外面とクラスメイトAを加えた。
簡単だった。余りそうな人間を集め、彼らをまとめて班を作る。さらに、各班の代表者の能力が偏らないように組み合わせればいい。クラスの雰囲気を読みながら、僕は班分け全体を整えていった。僕の班以外についても、僕が提案したとおりに、最も争いが起こりにくいと思われる組み合わせが作られた。
このときは、すべてが思い通りだった。リーダ格がいない班には班行動のプランを与えたし、問題児の半数は僕の班が引き受けた。これですべてがうまく回る、はずだった。
問題が生じたのは、いや、その前から何度も兆しはあったはずなのに、僕はそれを見落としてしまった。
それが露呈したのは、修学旅行二日目だった。些細な喧嘩が女子の部屋で起きた。僕はクラス長として、仲裁したかったが、女子の部屋で起きたことに男子の関与するわけにもいかなかった。
このときは、女子のクラス長が仲裁したらしい。僕は、この問題を修学旅行において些細な思い出であると勝手に判断した。それが問題なのかもしれない。
「クラス長、仲裁って誰と誰が、もめていたの。」
「(算数のできないやつ)さんと(クラスメイトA)さんが、お土産代について、どちらが多いかでもめていたの。それで(算数のできないやつ)さんの方が、お金が少なくて、そしたら誰かが私のお金を盗んだって、騒ぎ出して、、、」
「どう仲裁したの、先生は?」
「ううん、先生は呼んでない。そこまで大きくしたら、修学旅行が楽しくなくなっちゃう。(算数のできないやつ)さんがないって言っていたのは千円だから、私が代わりに渡してあげた。」
「それでクラス長がいいなら、良いけど。それでよかったのか?」
「私、そんなに、物欲ないから、千円くらい、いいよ。」
「そう」
単純な会話。これだけからも読みとるべきだった。読み取れるはずだった。なのに、
「●●は犯人は気にならないの?」
「なんとなく、分かっているから。いいや。」
「え、、、」
「いいよ、楽しく修学旅行を終わらせよう。」
そう、僕にとってこんなもの作業でしかない。うん、そうかもしれない。ドキドキすることもワクワクすることもない。そう思っていた。ませたガキだ。
三日目の班行動。僕らははぐれた。クラスメイトAが地下鉄をわざとらしく乗り遅れた。外面さんとクラスメイトA、そして僕らの二つに分断された。
こういう時のために各班に渡されている携帯電話も、班員同士がはぐれてしまえば、ほとんど意味をなさない。僕らは次の駅で降り、人混みの中、二人を気にかけながら、担任に電話をかけた。
「先生、ごめんなさい。地下鉄の駅のホームで班員とはぐれてしまいました。」
「は、ふざけんなよ、、、」
そこからは、担任から僕へ罵詈雑言が飛んだ。もともと信頼されていた僕が失敗したことへの叱責。そして、教員三年目の教師が、これまで大きな問題もなく過ごしてこられたことへの焦り。修学旅行という状況そのものが、担任に重くのしかかっていたのだろう。
担任は一人で待機所にいたのだろうか。いろいろなことを考えながら、焦りを募らせていたのだろう。そして、期待を裏切られたと言わんばかりの言葉が、電話越しに伝わってきた。
僕は震える手を押さえ、恐怖を押し殺しながら、電話越しの言葉に一つひとつ丁寧に答えた。待機所に来るよう指示され、確認を終えると、残った二人を連れて待機所へ向かった。
到着すると主任もいた。担任は泣きっ面で、ただ一言、「大丈夫か?」と尋ねた。
人に対する諦観が、一つ深くなった気がした。そして、大人たちは僕に尋ねた。
「なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、、、」
僕は「昨日、先生たちに隠した」話をした。
クラス長が金銭問題を把握していたこと。教師に報告せず、自分で問題を収めようとしたこと。そして、彼女がいじめの現場に居合わせていたこと。
それらを一つずつ話せばよかった。クラス長がいじめに関与していた、と付け加えるだけでもよかった。
それだけで、彼女はただ現場に居合わせた人間ではなく、いじめを主導していた人間に見える。金銭問題を知りながら報告しなかったという事実も、その疑いを補強する。
僕は、何を話せば大人たちがどう判断するのか、分かっていたのだと思う。
それは、狡く酷いことだと思った。他人を馬鹿にするような予想。この予想はすべて外れていてほしかった。でも、僕の予想は外れなかった。
はぐれた班員は、勝手に(算数のできないやつ)のいる班に合流していた。その班では、ジャンケンに負けた人間に代金を肩代わりさせる遊びをしていた。そして、たまたまその班に合流したクラス長は、その遊びを摘発しようとしていた教師と鉢合わせたのだった。
そうして、僕たちのクラスでは、修学旅行最終日の遊園地観光に三分の一が参加できない事態となった。僕は何も知らないふりをしながら、責任を他人に押し付けるように反省会に参加した。
事件は大々的に取り上げられ、僕たちは好奇の目にさらされた。その日から向けられるようになった視線に耐えられず、そのほとんどは不登校になった。
(算数のできないやつ)は何の責任を感じてか、その一ヶ月後、昼休みに発狂しながらベランダから飛んだ。死んではない。ただそれだけで、クラス崩壊の決定打は十分であった。担任は薬の飲み過ぎで口から泡を吹いて倒れ、主任が事の始末を図った。
僕が予想を話さなければ、これほど追い詰めることはなかったのかもしれない。僕はいたずらに言葉の暴力を振るった。そして起こってしまった。
卒業式の前夜。エスカレーター式に進学する公立中学校への門出を控えた、そんな日に僕は電話をした。
「こんばんは、(外面)さん」
「こんばんは。夜分にごめんなさい。私はどうしても貴方を許せない。でも、憎めない。どうして。私はどうしたいいの、おしえてよ。」
「知らないし、分からないよ。全部、きみが悪いんだろ。クラス長のくせに、もめ事をあえて起こしやがって。」
「違う、私じゃない。信じてよ。私は何もしてない。(算数のできないやつ)からお金なんて盗んでないよ。そんなことするはず、」
「なら、何であの時、はぐれてあの班にいたんだ。君は正義を執行するかのように振る舞いたいから、わざわざあの班に出向いたんだろ。」
「そうじゃない、ただ見て欲しかったから。私は悪くないし馬鹿じゃない。みんな、何で、なんで、信じないの。」
「きみが、いじめの首謀者。その方が議事録を作りやすいんだよ。クラス長。信用の問題じゃない。立場の問題。分かるか?君は終わったんだよ。」
「ねぇ、私は、私は君のことが好きだよ。だから、問題を解決したくてここまで動いて、勝手に犯人扱いされて、半年も学校休んじゃって、これからも同じ環境で。●●君くらいは私を認めてよ。助けてよ、何で、先生の前であんな風に責めたの、」
「いやだよ、無理だ。そんなことしても、なにもならない。自分でどうにかしろ。僕に頼るな。」
そうだ、僕が原因。追い詰めたのも、クラス崩壊をさせたのも、それを止められたのに、止めなかったことも、その上で、被害が最小になるように責任を一か所に集めたのも、そのために大人の信頼を握り続けたのも、すべて、僕の仮定で他人の判断を読んでここまで話を進めた。人を傷つけることを前提にして。
何が被害最小だ。何度も何度も、クラス長との電話口で、脳が自問自答する。あれから半年、良く持った方だ。クラスはボロボロ、地域ニュースに取り上げられ、修復不可能まで壊れた。その原因を僕が、(外面)に押し付けている。
この全能感。そして、最悪な自分に酔った僕は、電話先の彼女に何一つ気配りができずにいた。
「もう、死にたいよ。ママもパパも終わってるよ。もう無理だよ。」
「(算数のできないやつ)さんを、ベランダから落としたのは僕だ。そうしたら君は壊れるから。それが楽しくて。そうだ。僕は、外面で苦しむ君が壊れて、本心をさらすのを待っていたんだ。ほんと最高に楽しいよ。」
こんなの嘘だ。でも、でも、言ってしまえば壊れる。ああ、最低だ。壊してしまう予定なら、もう、最後に全部消してしまえ。
「優等生を演じてる君が嫌いだ。二度と関わらないでくれ。」
電話の向こうで息を殺したような音が聞こえた。
「ごめんなさい。ありがとう。じゃぁ、」
僕はみなまで聞かずに、電話を切った。予感はあった。その予感が当たれば、僕はかぎりなく全能で、最も罪人だ。追い詰めた人の、最後の希望として差し出した手を僕は今、踏み抜いた。
卒業式、僕のクラスは半数と少ししかいなかった。そして、本来なら答辞を読むだろう僕は、6月の一件で学校から可哀想な児童として丁寧にされて、このような代表はやらせてもらえなかった。返事のない卒業証書授与が終わり、例年通りの式が終わり、最後のクラスミーティングが始まる。
何事もなかった。ただ、昨日電話した。(外面)がいないことが気になった。僕は今、クールだ。そう、ならば、
「先生(主任)。(外面)さんは今日も体調不良ですか?」
「あぁ、きみか。今日は連絡が来てないなぁ。今日は先生と少し偉いさんが、(外面)さんの家に訪れるつもりだよ。そうだ。もし良ければなんだが、先に(外面)の家に行っておいてくれないか。君がいた方が彼女も落ち着くだろう。頼んだよ。」
「わかりました。」
僕は、手提げを二つ抱えて、親に会い、親に片方を預けた。僕は歩いて一人、彼女の家に向かった。
肌寒く、梅も桜も咲いていない端境期。空は少し曇っていて、あまりに想像通りの状況で笑みがこぼれる。
そうして、門をくぐり、階段を上がりマンションの一室にたどり着いた。ピンポンを鳴らしても(外面)さんは出てこない。もう二回ほど鳴らしても出てこなかった。
鍵は、なぜか開いていた。
少し建付けの悪い扉の向こうから、鉄のにおいと水の流れる音がした。予想通り。最悪だ。嬉しい。吐き気。死んだ。焦り。考える。僕は生まれて初めて救急車を呼んだ。
死ぬかもしれない。
そこまで理解したうえで、殺した。全部分かっていた。あのあと、彼女の家庭が崩壊したこと。ネグレクトが生じ、児相が動き出していたこと。そして、昨晩の電話が、最後のSOSであることも。僕はただ、この予想が本当であることを確認したいがために、見て見ぬふりをした。
僕はただ可哀想な人として、臨床心理士と会話をした。それで、僕の大事な、人として大切な何かが壊れてしまった気がした。心理士さんも、なんとなくそれに気づいたのだろう。だからか、こう呟いた。
「三猿は分かるかい。見ざる聞かざる言わざる。目を瞑りなさい、耳を閉じなさい、口を閉ざしなさい。●●君のそれらはまだ早いのよ。そう。●●君はまだとても幼いの。もっと考えなくてはいけない。可能性は他にもあったのでしょ。知ったうえで●●君は自分のために動いている。それが悪いとは言わない。でも、●●君が今回選んだ可能性はあまりにも無慈悲なものだよ。事の重大さは自分でも理解しているはず。もう無闇に人に関わらない方が、介入しない方がいい。冷静に動きなさい。」
煮え切らない心理士さんの言葉は、痛いほどわかった。先見は大切なスキルである。一方で、その視野が狭く一点であると言われた、気がした。これが僕の一つ。人を言葉で傷つけた。君ならきっと分かってくれるはず、だよね。




