【第33話】魔女ちゃんの学校戦争②
早朝のグラウンドにて、高身長な二人の男が対峙する。一人は先端に炎を揺らした刺股を握る男子生徒。もう一人は竹刀を握る学校の生徒でもなんでもない青年。互いの武器で競り合う二人の衝突は、決して早朝のグラウンドで見られる筈のない光景だった。
このまま競り合っていては埒が明かないと、二人は硬直状態から距離を開ける。信介の背後には、護衛対象である日和が立っていた。
「俺が来たからにはもう大丈夫だ。日和、決して俺から離れるんじゃ」
「ありがとう信ちゃん! ここはよろしくね!」
「日和!?」
信介の言葉を皆まで聞かず、日和は一人校門へと走り出してしまう。日和を狙っているのは目の前の守雄だけではない。学校中の桃の眷属が日和を狙っているのだ。日和は信介の言葉よりも、御影の言葉を信用する事にしたらしい。
小さくなっていく日和の背中を、信介は開いた口の塞がらないまま見つめる。ここで身を挺して日和を守り、頼れる眷属としてアピールする算段だったのだが、信介の計略は早速出鼻を挫かれた。
「どこの誰だか知らんがここは学校。関係のない部外者にはとっととお帰り願おうか」
取り残された信介に励ましの言葉を掛ける訳もなく、守雄が刺股を構え直す。先端で燃える炎は、まるで信介を挑発するかの様に揺れていた。
「部外者だと?」
守雄の挑発に、信介が振り返る。
「俺はこの服巻高校に通う日和の第一眷属だ。決して部外者などではない」
世間的な基準でいうなら部外者の範疇かと思うが、そんな基準は信介には通用しない。大事なのは日和を守るという使命だけだ。
「日和の第一眷属として、貴様にはここで倒れてもらう!」
竹刀を握る右手に力を入れて、信介は守雄に立ち向かう。互いに忠誠を誓った主人の為、熱き戦いがグラウンドにて幕を開けた。
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学生にとって、朝の登校程憂鬱な時間はない。限られた青春を授業に費やす為、わざわざ自らの足で向かわなければならないのだ。着いてしまえば気も楽なのだが、それまでの道なりが随分長く感じられる。今も登校している彼女が憂鬱に感じているのは、それだけが要因ではなかった。
そもそも普段ならこの時間、真琴は既に教室に到着していた。それなのにどうして今日はまだ通学路を歩いているかというと、本田家で起きた些細な事件に起因する。
いつも通り目覚まし時計に起こされた真琴がリビングに行くと、突然姉が「今日は私が朝ごはんを作る」と言い始めたのだ。現在地元の大学でスローライフを満喫する姉は、誰かの発言にすぐに影響を受けてしまう。今回もなにかの動画を見て影響を受けたのだろう。
そう言って母親からキッチンを奪い取った姉だったが、料理初心者の姉が見様見真似で料理など出来る筈がない。結果完成したのはカリカリどころかガリガリになってしまったベーコンと、最早スクランブルエッグと称した方が相応しい目玉焼き、更には炭の様に焦げてしまったトーストと、姉の初料理の出来栄えは散々だった。無論味の評価がどうだったかは言うまでもない。
それよりも大変だったのは、なんとか朝食を完食したその後だ。姉が暴走したキッチンはシンクが山の様な洗い物で埋め尽くされており、コンロが跳ね返った油の海に。その惨状は正に世紀末の様な荒れ具合だった。ひとまず姉のキッチンへの出入りを禁じ、母親と二人で片付けをしていたら、いつの間にかこんな時間になっていた。
慌てて家を出た真琴だったが、再度スマホを確認すると、そこまで慌てるような時間でもないと気付いた。現に周囲で歩いている他の生徒も、その歩調に焦りは見えない。なので真琴ものんびりとした足取りで学校に向かっていた。
ここまで説明しておいてなんだが、真琴の憂鬱の要因は姉ではない。寧ろ真琴の足は、その要因に近付きつつあった。
日和との接触を断ってから、真琴の心はずっと鉛の様に重たかった。接触を断つと決めたのは真琴自身だ。そこに後悔はない。なにかの拍子で桃の命令を耳にして、また日和に危害を加えるかもしれないから。それでも入学当初からずっと一緒に居た友人を失うというのは、とても苦しい事だった。それこそ今朝のトーストの味が可愛く思えてくるくらいに。
また日和と話がしたい。でも日和を傷つけたくない。頭の中でひしめき合う葛藤は、真琴を更に苦しめるだけだった。真琴の知らない間に、日和はそれだけ真琴にとって大切な存在になっていたのだ。
今頃日和は、自分の後方の席で授業の準備を進めているだろう。今日はどのようにして心の整理をしようかと、真琴は深い溜息を吐いた。
目的地が近くなって、真琴はふと学校の周囲が騒がしくなっている事に気付いた。なにか騒動が起きているとかではなく、ただ校門付近に人が密集している。反対車線から真琴が目を凝らしていると、突然人だかりの中から一人の生徒が跳び出してきた。その生徒は、真琴の憂鬱の要因とも言える少女だった。
「日和……!?」
反対車線に居る真琴に目も暮れず、日和は全速力で走り去る。それはただ走っているというより、世にも恐ろしいなにかから逃げているように見えた。
事態の異常を察した真琴の足は、気付けば校門の先へと駆け出していた。
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教室棟と職員棟を繋ぐ渡り廊下には、いくつもの生徒の体が転がっていた。
額に炎を揺らしながら接近する眷属に、御影は右手に構えた櫛を突き刺す。左側から近付いてきた眷属には左足を鳩尾に入れ、右側から近付いてきた眷属には回り込んで首元を櫛で斬り裂いた。中には女子の眷属も居たが、そういった眷属には背後からトンと手刀を入れるだけで、紳士的に意識を失わせている。御影の計らいにより、渡り廊下に倒れる眷属達に大きな外傷は見られなかった。
それでも御影を襲う眷属の数は一向に減少しない。その様子は正しくゾンビ映画のワンシーンだ。数に上限はある筈だが、未だに底は見えてこない。日和の走った職員棟に向かおうとした眷属をまた一人倒し、御影は櫛を改めて構え直した。
その時突然、背後から灼熱の炎が吹き上がる。
「!」
焦げそうな熱から退避した御影は、体を直して警戒を強める。そこに居たのは眷属達を割って歩いてきた、おかっぱ頭にまとめた糸目の女子生徒だった。
「その方達には桃様より言い渡された大事な使命があるんです。妨害はやめていただけませんか?」
自我を失った眷属達とは明らかにオーラが違う。先程の炎は彼女の仕業と考えてまず間違いないだろう。
「君は一年三組の生徒だよね」
その少女については、御影も調査済みだった。
「三角京花。一年にして穂村桃の側近についているみたいだけど、どうしてそこまで穂村桃に固執してるのかな? 一年の君じゃあ、関わってまだそんなに時間も経ってないでしょ」
御影の調査では、京花は他の眷属の中でもかなり桃に近しい位置に居た。実際日和と大我も、映画研究部の部室に訪れた際に京花と接触している。一年生にも関わらずその地位を獲得している京花に、御影は少しながら疑問を抱いていた。
「……貴方には関係のない事ですよ」
京花はそれだけ答えると、すーっと音を立てる程に口から空気を大量に吸い込む。肺が満杯になるまで吸い込むと、それを一気に吐き出す要領で口から炎を吹き出した。
御影は即座に回避するべく、バック転で距離を開ける。口から火を吹く女子生徒など普通なら考えられない、完全にアニメの世界観だ。しかしこの世界はアニメではない。彼女が火を吹く原理も、御影は理解していた。それは彼女が炎の魔女の眷属だからだ。
「さて、速やかにこの道を開けてください。さもなくば貴方の自慢のそのお顔が、火傷で大変な事になってしまいますよ」
嘲笑の合間に、京花は口から小さな火を吹く。京花の背後に並ぶ眷属達も、依然として臨戦態勢だ。
「それは困るな……お手柔らかに頼むよ」
それでも御影の表情は、まだ王子様の輝きを残したままの微笑だった。
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校門に群がる人の波から抜け出した真琴は、一目散に校舎へと走り出した。グラウンドで起こる男二人の熱き戦いには目も暮れない。今は日和が校舎から走り去ったその理由を知る事が、なによりも大事だと感じたからだ。
昇降口から校舎に入った真琴は、まずその光景に目を疑った。複数人の生徒が瞳を虚ろにして、まるで己の意思を失った操り人形の様に校舎を彷徨っていたのだ。女子生徒は気味悪がって離れていき、男子生徒は友人なのか肩を揺らして声を掛け続ける。それでも呼び掛けられた生徒は、男子生徒の呼び掛けに一切答えようとしない。否、答えられる状態ではなかった。
「なにこれ……」
正しくゾンビパニック映画の冒頭の様な光景に、真琴は唖然とする。するとその生徒の中に、真琴の見覚えのある顔を見つけた。
「千晶先輩!」
中学時代からの先輩である千晶に真琴が駆け寄る。千晶も他の生徒と同様、その瞳を虚ろにしていた。
「しっかりしてください! 一体なにがあったんですか!?」
どれだけ肩を揺らしてみても、どれだけ耳元で声を大にしても、千晶が真琴にいつもの眩しい笑顔を見せる事はない。まるで魂が千晶の体から抜け出してしまったみたいだ。
これ以上訊いても千晶から情報は得られないと、真琴は声掛けを諦める。ひとまず自分の教室がどうなっているかを確認するべく、足を目の前の階段に向かわせた。
上り終えた先の光景も、実に凄惨だった。同じく正気を失った生徒が廊下を彷徨い歩き、周囲の生徒達が困惑する。ただ少し違って見えたのが、意思を失った生徒達の足取りが、どこか同じ場所に向いているように思えた点だ。
一体どこに向かっているのかと、真琴は同じ方向に足を向ける。その時とある生徒が、教室の扉から勢いよく跳び出してきた。
「!」
跳び出した生徒は意識を失った生徒の体を掴み、廊下に倒れるようにして押さえつけている。押さえられている生徒に馴染みはなかったが、押さえつけている生徒の目の下のクマには、随分馴染みがあった。
「佐藤!」
「本田さん!」
真琴に名前を呼ばれて、桂馬も真琴に気付く。桂馬が跳び出してきた教室は、真琴も属する一年二組だった。
ふと扉を覗くと、教室に侵入してきた複数の傀儡の生徒達を一人で相手取るコレットの姿が見えた。コレットは机を片手ずつに掴んだ両手持ちで生徒達と格闘しており、周囲のクラスメイトからは「やり過ぎだ!」と抑制されている。なによりも驚きだったのは、小柄なコレットにそんな力が秘められていた事だ。
「一体これはなにが起きてるの!?」
事態を把握するべく、真琴は桂馬に問い掛ける。桂馬は一人の生徒を押さえつけながら、真琴の問い掛けに答えてくれた。
「それがさっき穂村先輩がいきなり校内放送で話し出して、放送が終わった途端にデカオ達が暴れ出したんだ!」
「放送!?」
桂馬の説明により、真琴は今学校でなにが起こっているのかを大方理解した。桃の放送、それに一体どんな意味があるのかを真琴は理解している。その被害者として千晶やデカオの名前が挙がっているのも、真琴の解釈を裏付けていた。寧ろもし姉の朝食が成功し、いつも通りの時間に教室に居たと考えると、真琴の背筋はゾッと凍りついた。
そこで気になるのは、桃の放送の内容だ。
「その放送って!? どんな内容だったの!?」
真琴の解釈が正しければ、今正気を失っている生徒は全員ももえんの入会者だ。そうだとするならば、入会者は以前の真琴同様に桃の命令に従って動いている筈。
「それが……天宮さんを捕まえて、私のもとに連れてこいって」
それは出来れば信じたくもない内容の命令だった。
「そしたら急にデカオ達が天宮さんに襲い掛かってきて、取り敢えず天宮さんは逃がしたんだけど……俺もうなにがなんだかさっぱりだよ」
桂馬の疲れた瞳は、いつも以上に疲れているように見える。つい吐露した本音は、学校中の誰もが思っている事だった。
その時まるでタイミングを見計らったかのように、ポケットに入れていた真琴のスマホがバイブする。通知を確認するような状況ではないような気もしたが、嫌な予感を覚えた真琴はスマホを取り出して画面に目を向ける。そしてその予感は的中した。
「……佐藤、しばらく耐えてて」
「え?」
惚けた桂馬を置いて、真琴は踵を返すとどこかへと走り出してしまった。
「本田さん!? ちょっ、どこ行くんだよ!」
追い掛けようとする桂馬だったが、押さえつけている生徒を自由にさせる訳にもいかずにその場で硬直する。ただ血相を変えて走り去る真琴の背中を眺める事しか出来なかった。
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窓から朝日の差し込む自室に、秒針の音が響く。本当はもうしばらく眠りにつきたかったのだが、人間の習慣というものは恐ろしいもので気付けば目が覚めてしまっていた。仕方なく大我は、体を起こして今日もぬいぐるみ製作に取り掛かる。
ここ毎日はこのルーティーンの繰り返しだ。外に出ると同じ制服を着た生徒達に出逢いそうで気分が乗らない。ただ椅子に座って、ひたすらに布と布を一筋の糸で繋いでいく生活を続けていた。
そんな静かな大我の日常を壊すように、机に置いたスマホが揺れる。
「………」
画面に表示された名前は、連絡先こそ交換しているものの連絡など取った事のない人物だった。電話に出るべきかしばらく悩んだが、それでも鳴り続けるスマホに大我は手を伸ばした。
「……なんだよ」
『お前今なにしてる!?』
電話の相手は真琴。あまり声を張らないタイプの人間だと思っていたが、電話越しの彼女は騒がしい場所で随分と息を荒げていた。なにか緊急の用件でもあったのだろうか。
「お前に関係ねぇだろ」
『日和は一緒か!?』
不意に上がったその名前に、大我の口が一瞬止まる。
「……俺があいつと関わる事はもうねぇよ」
きっと今までの方が間違っていたのだ。ひょんな事故が起こったせいでしばらく共に過ごしていたが、素行の悪い不良と生真面目な学級委員など、本来であれば交わる事のない人種だ。呪いが解けた今、今後自分が日和と関わる事はないだろう。大我はそう考えていた。
『……なにがあったかは訊かない。とにかく今は私の話を聞いてくれ』
場所を移したのか、電話越しの真琴は騒がしい場所から物静かな場所に変わる。乱れていた息も、徐々に落ち着きを取り戻していた。
一体なんの用件か、大我も気になってスマホに耳を傾げる。
『日和が襲われてる』
「!」
それは衝撃的な用件だった。
『今朝学校で、彼女による校内放送があったらしい。その時私は学校に居なかったから大丈夫だったけど、学校に居た他のファンクラブの奴が全員暴走してて、今学校中大騒ぎだ。日和はもう学校の外に出て行ったけど、これからどうなるか……』
真琴から語られた現在の状況に、大我は驚愕する。命令の影響か真琴は名前こそ上げなかったが、彼女とは十中八九桃の事だろう。魔女である桃が校内放送で命令を告げたとなると、学校の混乱は想像を超えるものになっている筈だ。
「……信用ならねぇな。お前はあっち側の人間だろ。お前の言ってる事が全部罠の可能性だってある」
大我の言う通り、真琴も桃の眷属だ。今の真琴の報告が、全て虚実の可能性も捨ててはならない。
『……確かにそう。これは罠かもしれない。現に私のスマホには、桃からとある場所のURLが送られてきてる。多分桃も既に学校から出ていて、日和の事を追い掛けてるんだと思う』
恐らく日和を追っている桃が、現在地を真琴に送信したのだろう。それをどうして真琴に送信したのか。その理由が真琴には、そして大我にも分かっていた。
『でも……例え罠だったとしても……!』
きっと真琴のこの行動も、桃の策のうちだろう。あまりの悔しさに、握ったスマホが粉々に崩れてしまいそうだ。それでも真琴には、こうする事しか出来なかった。
『お願い……日和を助けて』
通話越しに、真琴の涙が落ちる音がする。
「……本田」
真琴の声を聞いた大我は、製作途中のぬいぐるみを机に置く。
「その場所俺に送っとけ」
気付けば大我の足は、寝間着から着替えるのも忘れて部屋の外へと跳び出していた。
桃の眷属になってから、真琴には辛い役ばかりさせてきました。そんな真琴を嫌って欲しくないと思いながらこの回を書きました。




