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魔女ちゃんの仰せの儘に!  作者: 越谷さん
【第2章】二人の魔女ちゃん

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【第32話】魔女ちゃんの学校戦争①

 割れた空の隙間から日光を浴びる服巻高校。今日も普遍的な学校生活が始まる予定だったその校舎は、今や混沌に見舞われていた。

 窓際の日和の席に倒れ込んだデカオが、ゆっくりと体を起こす。そこにいつもの無邪気な笑顔は見られない。眉間にはゆらりと小さな炎が揺れており、虚ろな瞳は逃げ出した日和をじっと見つめている。彼は今、主人である桃の命令に操られているのだ。

「なぁこれどういう状況?」

「これってさっきの校内放送となんか関係あるの?」

「天宮さんをどうのって言ってたけど」

「取り敢えず先生呼んできた方がよくない?」

 混乱する教室中の視線を掻き集めるデカオは、再び日和に向けて足を伸ばす。またいつ襲われてもおかしくないと、日和も逃げる準備を整えた。

 その時デカオの体を、桂馬が両腕で捕まえた。

「佐藤くん!」

「デカオ! お前一体どうしたんだよ!」

 日和に向かって突撃しようとするデカオを、桂馬が正面から抑え込む。耳元で叫ぶ桂馬だが、デカオの耳にはなにも届いていないようだ。

「デカオくんは今、桃先輩に操られてるの!」

「操られてる!?」

 デカオの身に起こっている異変について語る日和だが、桂馬には理解ができなかった。

「そう! 額に小さな炎が見えるでしょ!?」

 日和に指摘されて、桂馬はデカオの額を覗き込む。穴が空く程に凝視してみたが、日和の言う炎とやらはなにも見えなかった。

「炎なんて見えねぇぞ!?」

「えっ!?」

 ――もしかして……私にしか見えてない!?

 改めてデカオの額に目を向けても、日和の瞳には小さな炎がしっかりと確認できる。しかし桂馬が嘘を言っているようにも見えない。他のクラスメイトの様子から見ても、人体発火という異常現象は起きていないように思えた。

「天宮さんなんか知ってんの!? どうしたらこいつを元に戻せる!?」

「それは……」

 そうは言っても日和も初めての状況だ。桃の一言さえあればデカオの暴走は止められるが、肝心の桃がどこに居るかは全く分からない。

「ちょっと落ち着けって!」

 デカオの力は次第に強まっていく。普段のデカオとは思えない謎の力に、桂馬一人で抑え込むには厳しくなってきた。

「佐藤どいて」

 不意に声が聞こえて、視線は教室の前方に集まる。そこでは自分の席から移動していたコレットが、両手で教卓を悠々と持ち上げていた。

「コレットくん!?」

「おいコレット! 流石にそれはマズいって!」

 桂馬の説得も間に合わず、コレットは窓際へと教卓を放り投げる。桂馬はなんとか紙一重で躱したが、一緒に居たデカオは間に合わずに教卓の下敷きとなった。

「マジかよ……」

 教卓の重量は約20kg。それを枕投げの感覚で投げられたとなると、それなりの傷を負う事になるだろう。小柄な体格のコレットが教卓を軽く放り投げた事に、クラスメイトは驚きを隠せない様子だった。

 デカオの安否に心配して教室が静まる中、教卓がぐらりと揺れる。そのまま反対方向に倒れたと思うと、下に居たデカオが静かに立ち上がった。驚く事に教卓の下敷きになっていたにも関わらず、デカオの体には一切傷がついていなかった。

「無傷……?」

 魔女と契約を交わした人間は、身体能力も向上するという。桃と契約を結び、命令に従うだけの眷属となったデカオの体は、常人よりも丈夫になっているようだ。

「キャッ!」

 すると今度は後方から、女子生徒の甲高い悲鳴が聞こえてくる。目を向けるとそこでは別の男子生徒が、デカオと同じ虚ろな瞳をして一年二組の教室に入り込んできていた。名前は知らないが、何度か見覚えがある。恐らく隣のクラスの同級生だ。

 彼もまたももえんの入会者なのだろう。やはり先程の校内放送によって、百人以上居るももえんの入会者が桃の命令に付き従う奴隷となったのだ。

 男子生徒は眉間に炎を揺らしたまま、日和に向けて歩き出す。背後にはデカオも居り、日和は挟み撃ちにされていた。逃げ道を探す日和の前で、桂馬が男子生徒に向かって突進する。

「逃げろ天宮さん!」

 男子生徒を抑えたまま、桂馬は日和に声を投げた。

「佐藤くん……」

「なにが起こってんのかさっぱり分かんねぇけど、友達を酷い目に合わせる訳にはいかねぇよ!」

 彼もデカオと同じように身体能力が向上し、押し出す力も上がっている筈だ。それでも桂馬は迷いなく日和の為に立ち向かってくれた。後方ではコレットが、デカオに次々と机を投げている。手段は野蛮だが、コレットも日和を守る為に戦ってくれていた。

「二人共ありがとう!」

 日和は床に転がっていた自分のボールペンを拾い取ると、二人のおかげで開かれた逃げ道へ走り出す。前方の扉から教室を跳び出ると、廊下には放送を聞いて日和を探していた眷属達がうようよとうろついていた。跳び出た日和に気付いた眷属達は、日和に向けて足を伸ばす。その様子はまるでスクリーンで上映されるゾンビパニックだ。眷属達から逃げるべく、日和は一心不乱に走り出した。

 どこに逃げればいいのかなど、日和にも分からない。しかし眷属達に捕まってしまえば、きっとろくな目に合わないだろう。とにかく今は眷属の居ない方向へと走る事しか出来なかった。

 走った先は廊下の突き当たり。右は下り階段、左は職員棟への渡り廊下だ。階段を下れば昇降口まで近道となるが、途中の階には上級生の教室が待ち構えている。案の定階段からは、上級生の眷属達が日和を探して上がってきていた。

「あの人は!」

 階段を上がってくる人影の中に、日和は見知った顔を見つける。眼鏡の奥の瞳は、例に漏れず虚ろ。普段はジャージ姿しか見た事がなかったが、制服姿でも日和は間違いなくその人物だと確信した。

「マネージャーさん……あの人が桃先輩の眷属だったんだ」

 日和が体育倉庫に閉じ込められた日。体育倉庫に行くよう仕向けた彼自身が、日和の入った体育倉庫の鍵を閉めた。そう考えればあの日の謎は綺麗に解決する。よく見れば先輩の隣に居るのも、当日に見掛けた陸上部員だ。つまり本当に偶然見かけただけだった桂馬に、あらぬ疑いを掛けてしまったようだ。

 しかし今はそんな事を考えている余裕はない。まだ入学して数ヶ月の一年より、二年三年の方がももえんの入会者は遥かに多い。このままでは日和が捕らえられるのも時間の問題だろう。眷属の手はすぐそこまで迫ってきていた。

「離れて」

 その時日和の背後から、突如として右足が飛び出した。

 右足は迫ってきていた眷属の顎に衝突し、脳を揺らした眷属はそのまま廊下に倒れる。日和が振り返ると、そこには眩しい程のイケメンが美しく金髪を靡かせていた。

「月山くん!」

「怪我はないかい天宮さん」

 日和の前に立った御影は、さり気なく日和を気遣う。この超常的な事態を前にしても、御影のエスコートが狂う事はないようだ。

「どうしよう月山くん! 桃先輩が放送でファンクラブ会員全員に命令しちゃって!」

「落ち着いて。僕だって放送は聞いてたよ」

 桃の放送は服巻高校全体に流れていたのだ。既に登校していた御影も、当然その放送は耳にしている。

「放送が流れてすぐ、僕は放送室に行ったんだ」

「え!?」

「放送を流してるって事は、彼女はそこに居る筈だからね」

 確かに御影は放送室のある職員棟から日和の前に現れた。放送室から戻った道中に、日和を見つけたのだろう。桃の放送が流れた瞬間、御影は真っ先に動き始めていたようだ。

「でも僕が着いた時には、放送室はもぬけの殻だった。既にどこかに移動した後だったみたいだね。寧ろ放送を聞いて駆けつけた先生達と鉢合わせて大変だったよ」

 教師達もまた、放送を聞いて動き出しているようだ。そもそもどうやって桃が放送室に潜入できたのかと考えたが、放送部の部員を眷属にしていたのならそれも容易だろうと、日和は考えるのを放棄した。

「先生達は?」

「当然大騒ぎだよ。今は警察に連絡するべきかどうかで話し合ってるみたいだね。話し合ってる間に、天宮さんが捕まっちゃったら元も子もないけど」

 学校側としてはあまり警察沙汰にしたくはないのだろう。そもそも警察を呼んだところで、解決できる騒ぎかといえば微妙なところだ。やはり教師に頼らず、自分達で解決するのが賢明だろう。

「とにかく天宮さんは逃げて」

 一歩ずつ近寄る眷属達を前にして、御影は日和に伝える。

「穂村桃の行方が分からない以上、天宮さんは逃げるしかない」

「逃げるって言ってもどこに!?」

「眷属達の居ない場所、一旦は学校の外に逃げた方がいいかな。その間僕は眷属達を足止めしつつ穂村桃を探す」

 事態を解決するには、まず元凶である桃を見つけなければならない。日和を守りながらでは、捜索はより困難となるだろう。

「……探して、どうするの?」

「……この騒ぎの責任を取ってもらうだけさ」

 御影はそれ以上の言葉を使おうとはしなかった。

 我を失っている眷属達が話の終わりまで待ってくれる筈もなく、一人の眷属が日和に向かって襲い掛かる。御影は日和の手を引いて躱すと、眷属の鳩尾に重い蹴りを入れた。今も増えていく眷属の数にいつまでも素手で対抗する訳にもいかず、御影はそっと制服の内ポケットに手を伸ばす。

「月山くん! あの人達は桃先輩に操られてるだけなの!」

 林間学校で使用していた御影の武器を思い出して、日和が制止する。あんな物騒な武器を使用されては、眷属達も無事では済まないだろう。

「大丈夫。僕だって一般人に凶器を使う程愚かな人間じゃないよ」

 その心配は杞憂だと、御影が日和に笑い掛ける。

「ただ……ちょっと大人しくしてもらうだけ」

 そう言って御影が懐から取り出したのは、主に髪を梳く為に用いられるプラスチック製の櫛だった。

「櫛……?」

 御影は櫛を右手に構えると、襲い掛かる眷属達を迎え撃つ。まず一人の腹部を櫛で斬り開くと、もう一人の背後に回って首筋を櫛で斬り裂く。たった数瞬の間に、気絶した二人は御影の足元に倒れていた。もしこれが櫛ではなく本物のナイフだったなら、今頃廊下は血の海と化していただろう。

「さぁ早く逃げて!」

「う、うん!」

 華麗なナイフもとい櫛捌きに見惚れていた日和は、御影に急かされて職員棟へと走り出す。突き当たりには大人数の眷属と、御影一人が残された。

「さて、知ってる人はさっさと主人の居場所を吐いてもらおうか」

 声が届いていないと分かっていながら、御影はそう口を開く。その口から漏れる笑みは学校の王子様のものではなく、悪魔と対峙するエクソシストのものだった。


♡


 職員棟の階段から一気に一階へと駆け下りた日和は、上履きのまま校舎の外へと跳び出した。なんの荷物も持たないまま走っていく日和に、登校したばかりの生徒達は皆不思議そうな顔をする。きっと校舎に来た時には、もっと不思議そうな顔をする事になるだろう。

 職員棟から出た事で、校門を出るにはグラウンド側に一度大回りしなければならない。おさげの髪を左右に振りながら、日和はグラウンドを走っていた。

「天宮日和!」

 不意にグラウンドに、日和のフルネームが高らかと叫ばれる。今足を止めている場合ではない事は百も承知だが、そのドスの効いた声を聞いて日和の足はぴたりと止まってしまった。

 声のした方向へと、日和がくるりと踵を返す。そこに立っていた巨漢の男に、日和は見覚えがあった。確か日和が映画研究部の部室に訪れた際、扉の側に立っていた筈だ。あの時と同じく何故か刺股を持ち歩いているので、まず間違いないだろう。

「貴方は……」

「服巻高校三年、長谷川(はせがわ)守雄(もりお)。桃様に忠誠を誓う、ももえんの用心棒だ」

 髪を空に高く立てる守雄は、礼儀正しく自己紹介する。てっきり桃と同級生だと思っていたのだが、まさか最高学年とは予想外だった。

「天宮日和。お前に恨みはないが桃様の為だ。その身柄、俺が預からせてもらう」

 守雄は口上を述べながら、日和に向けて両手で刺股を構える。校舎で逃げおおせてきた眷属達とは違う。彼には確実に意思が残っていた。

 すると二つに分かれた刺股の先、そして反対方向の先の合計三ヶ所に、突然人魂の様な赤い炎が点火した。まるで南の島で見られるファイヤーダンスの様だ。間違いない。彼は炎の魔法を理解して操っていた。

「炎……!」

 刺股に点いた炎が、ゆらりと日和に接近する。逃げなければいけないと分かっているのに、日和の体はどうにも動こうとしなかった。

「悪く思うなよ!」

 炎の刺股を構えて、守雄が確保に動き出す。今から逃げ出して間に合う筈もなく、日和は強く瞼を閉じた。

 しかし日和の体に、その炎が触れる事はなかった。

「全く……嫌な予感が止まらないので様子を見に来たが、やはり俺の予感は的中していたようだな」

 それは単なる偶然か、それとも防衛本能故の必然か。瞼を開けた際に見えたその背中は、実に日和の身近な存在。その背中とは、つい数分前に別れたばかりだった。

「信ちゃん!」

 竹刀を両手に構えた信介が、炎の揺れる刺股を食い止める。信介と守雄の視線が、刺股の先端の炎の様に熱く火花を散らしていた。

『学校戦争』と書いて『スクールウォーズ』と読むつもりです。

ここから第2章の山場となる為、色々な役者に舞台に上がってもらいました。しかしまだ重要な役者が揃っておりません。どのような形で舞台に上がるのか、楽しみにお待ちいただければと思います。

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